二十二章 はじめの一歩
桃玉会議から一ヶ月が経った頃、予定通り『かふぇまにまに』に、小ぶりのワゴンが置かれていた。
これが届いた時、私の第一歩だと思うと嬉しくて、何度も何度も磨いた。
今では木目がピカピカに光っている。
そのワゴンに今日は、いろんな種類の桃玉が、陶器の器に入って並んでいた。
ワゴンの綺麗さに負けず劣らず、私の桃玉も淡い香りと共に自らの輝きを放っている。
お守り用、アクセサリー用に分けて並べた桃玉は、こうしてみると一つとして同じものは無い。
形がほぼ同じでも、中のデザインが少し違ってくるからだ。
ここにあるものは全て、私の手から願いや思いと共に出来上がった物。
そんな桃玉を見ていると、胸の奥が熱くなってくる。
ふと悠璃さんの気配を感じた。
顔が緩みっぱなしの私の横に、さりげなく悠璃さんが並ぶ。
今日は白檀の香は軽めみたいで、爽やかな香りが辺りに漂う。
もうそれだけで私の心音は、速くなってしまうのだ。
「おめでとうひまり」
良く頑張ったね、と顔に垂れていた私の髪を、耳に掛けてくれた。
「悠璃さんも、ありがとうございました」
本当に、桃玉作りからコスト削減作戦とか色々助けてくれた。
「どういたしましてー。お礼はまた別に貰うよ」
耳元で、あの約束覚えてる? と囁かれてこくこくと頷く私。
言葉が出ません。
そして指に絡めて遊んでいた髪をするすると解くように手を引くと、悠璃さんは最終確認をしに椿さんたちの元へ向かった。
背中の尻尾がご機嫌に揺れている。
隣が空いてすぐ、すすすっとやって来たのは玖呂さんだ。
何となく顔がニヤけて見えるのは、気付かないフリをした方が良さそうだ。
「あいつなんか最近ご機嫌じゃん」
何かした? と玖呂さんに聞かれて、私は顔が赤くなるのを堪えきれず、両手で隠した。
気付かないフリは、意味がなかった。
隠し事は苦手だ。
そのままもごもごと、悠璃さんとの会話をかいつまんで説明した。
「なるほどね〜。月羽に可愛い服探しとけって言っとくわ」
玖呂さんは笑いながら手を振って月ちゃんの元へ軽やかに歩いて行った。
『今度二人で出掛けようよ』
そんな約束を交わしたのは――二日前だった。
私は夕涼みで縁側に座っていた。
そこに悠璃さんが絶妙な距離感で隣に座って、そこから桃玉の話になった。
そしていつの間にか、二人で出掛ける話になったのだ。
何がどうなってそんな流れになったのかは、覚えていない。
悠璃さんがどういう意味を持って誘ってくれたのかは分からないけれど、私は真っ赤な顔で頷くしかなかった——
だけど、『別にお出かけなだけでデートじゃないよ』という自分と、『でも二人だけでお出かけはやっぱりそういう事なんじゃ……』という、自分がせめぎ合っていて、どう感情を処理したらいいのかわからないまま、今日を迎えた。
そうです。
この桃玉のお披露目の後、一旦帰ってからのお出掛けなんです。
「ひまり!」
悶々としてた私を現実に戻す声。
いつの間にか店がオープンしてて、椿さんが営業してくれていた。
私は慌てて呼ばれた先へと向かう。
「こちらのお客様が夫婦円満の桃玉を見たいそうよ?」
がっつり仕事モードの椿さんに、お客様第一号を紹介された。
「あ、はい! それならこちらの器の物が夫婦円満の加護をのせたものになります」
「貴方がお守りを?」
おっとりとした女性が探るように私を見ている。
「はい。全て私が」
ここで、さっと月ちゃんが前に出た。
「彼女は常桜神社の、御神木の縁者です。御神木が彼女を歓迎して、力を交わらせていたので御安心を」
「まあ! 貴方あの『散らない桜』の!?
それは本当に縁起も良いわね。ならこちらの小さい物を巾着で頂けるかしら」
取り出した桃玉を一旦、絹のハンカチを敷いた器にそっと置いた。
ふわりと香りが漂う。
「あら……微かに甘い桜の香り……」
ゆったりと、手に取った女性は少しだけ驚いた表情を浮かべると、私に微笑んだ。
「……このお守り、とても温かいわ。貴方の想いや祈りが流れて来て、心が柔らかくなる」
「……嬉しいです。ありがとうございます!」
早くも涙目の私は、思わず月ちゃんを見ると、僅かににやりと口角が上がっていた。
尻尾もぶんぶん揺れていて、同じように喜んでくれたのが分かった。
それから二人目までは間が空いた。
やっぱりそんなに甘くは無いかと思っていた矢先、「お勧めされて」と桃玉を見に来たお客様が増えた。
どうやら、最初のお客様がお友達に『手に取れば分かる!』という事を触れ回ってくれたらしい。
もう、感謝しかなかった。
実際手に取ってくれた人達は、様々な表情で嬉しい感想をくれた。
御守りとして成り立つ事に、改めてほっとした。
お披露目はランチ前に無事終える事が出来て、少し肩の力が抜けた気がした。
かふぇ自体に迷惑も掛けられないから、と思っていたけど、お守りを見に来た人がそのままかふぇのお客になるので、役には立てたみたいだ。
別件で先に帰った悠璃さんを除いて、私、月ちゃん、玖呂さんと三人でワゴンを片付け、ほくほくしながら屋敷へと戻った。
居間に入ると、ずっと緊張していた体がじわじわと解けていくようで、達成感と安堵感に包まれた私は長いため息を吐いた。
「ひまー! やったじゃねーかー!」
バシバシと背中を強めに叩かれて、私は思わず前によろけてしまう。
相変わらず、加減をされてもかなり強めだ。
「い、痛い、痛いよ玖呂さん!」
でも、嬉しい痛みで顔がにやけた。
玖呂さんは一際優しい表情で、私を軽く抱きしめた。親愛のハグ。
「あのな、ひま。桃玉があってもなくてもお前は初めから俺たちの家族なんだよ。もう分かるな?」
私は返事の代わりに、玖呂さんの背中をきゅっと掴んだ。
きっと桃玉を作る前の私は、何を言われても心のモヤモヤが消える事はなかったと思う。
だから玖呂さんは敢えてこのタイミングで諭したんだろう。
じんわりと、温かい涙が滲む。
背中をぽんぽんする玖呂さんが、なぜかそこで力強く宣言した。
「でも俺はお父さんポジではない!」
私の涙は、泣き笑いに変わった。




