二十章 想いのかたち
「見ましたか、玖呂さん」
「見てねぇ見てねぇ」
「私たちが見ている事、気付いてましたね」
「こっちから見えない所に連れてってるしな」
「悠璃様は本気何でしょうか、玖呂さん」
「ん〜、それはあいつにしか分からんけどなぁ。ひまが来てからあいつは変わったてのが答えじゃねぇの?」
「そうですね」
縁側に座った二人は、冷たいお茶を仲良く飲んでいた。
「……ん? おわ! すっげぇ桜舞ってんじゃねぇか!」
「……悠璃様、事と次第によってはお仕置きです」
後日この話を聞かされた時、私は恥ずかしさから、花びらを大量に出したのだった。
「そろそろ降りようか」
そう、悠璃さんが提案したのは桜吹雪が落ち着いてからだった。
何とも微妙に気まずいし、目も合わせられない私は答えるのが一拍遅れた。
「あれ、まだ降りたくないとか?」
「降ります〜!」
地に足がついて、心の底から地面のありがたさを感じた。
とりあえずしゃがみこみ、深呼吸を何回かすると、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
め……ちゃくちゃ怖かったです!
あとすっっごい緊張した……。
もう高くて怖いし、恥ずかしいしで頭の中ぐちゃぐちゃだ。
悠璃さんなんか、もう余裕だし。
……やっぱり慣れてるのかな。
なんて、どうしようもない事が頭を過ぎる。
よし! 今日はもう戻ろう!
これ以上は、今日は無理!
決意を込めて立ち上がった私。
「すみません、先に戻りますね!」
ぎこちなく歩き始めた私を、悠璃さんがさりげなく遮る。
「何で戻るの?」
「え?」
「訓練。するんじゃないの?」
教えてもらえるんだ、という嬉しさがぎこちなさを跳ね飛ばしてしまう。
「はい、はい!……します!」
しゅぱっと手を上げる私。
拳を握って、やる気をたぎらせる私に、悠璃さんがぷっと笑った。
「ひまりのそういう所、好きだよ」
「ありがとうございます」
言葉は冷静。
でも内心は——激しい動揺。
分かってる。
そういう類の『好き』じゃないと。
そんなこんなで、私たちは庭の東屋で訓練を行う事にした。
木製のベンチに並んで座った。
「両手でこう……してくれる?」
「こうですか?」
水を掬う時の形。
「そうそう。まずはそれで一枚じゃなくてもいいから、少なめを意識してやってみて」
手の中から桜が咲くイメージ――
「わぁ!」
手の中からもわっ! と花びらたちが現れてしばらくして消えていった。
「ふは、結構出たね」
悠璃さんが笑うと、肩が触れ合いそうになる。
「一枚とは程遠いですね……」
何もない。今は訓練、練習中よ。
集中しなさい。
「なら今度は手を……こう」
「手を……って、手!?」
「そう、これでやってみて」
無理です。
悠璃さんは、形を教えるために私の手を包み込んでいた。
さっきの器の形から、右手を蓋のように被せる形。
虫とかを捕まえた時によくやるあれ。
口で説明してよ〜、気が逸れてしまいそう。
「あの、離してもらって大丈夫ですよ? 形は分かるので」
横を見ないように手だけに集中して話す。
「嫌?」
覗き込まれてそんなん言えません!
「い……や、じゃないです……けど――」
声が小さくなりすぎて『困ります』が風の音で飛ばされた。
「なら、はい! 集中」
「……鬼がいる」
「妖狐でーす」
意地悪気に笑う悠璃さん。
なのに、じゃあもう一回やるよ? と言った時の彼は、既に真面目モードだった。
私も切り替えて、気を引き締める。
「さっきの練り方もいいけど今からやるのは、手の中で回転させて凝縮する感じで」
「は、はい!」
「最初は一緒にやるから、力がどう動いてるのか感じて」
一気に手の中が、熱を帯びる。
回転させて……固める……。
すっと力が扱いやすくなった。
自分のじゃない力がそっと誘導してくれてる。
手の中でゆっくり大きく渦巻いていた力が、段々と速度を上げて小さな渦に変わっていくのが分かる。
それが止まると、中心でふわふわと柔らかな力に変わった。
「開けてみて」
悠璃さんの手が離れた。
そっと右手を開けると、丸くて桃色のガラス玉のような物が一つコロンとあった。
「うわ、綺麗……」
陽に透かすと、銀色に光る粒が見えた。
「俺の力が少し入っちゃってるね」
桃玉を見ている悠璃さんが近くて、耳飾りのシャラという音が間近に聞こえる。
……耳が熱い。
「次は一人でやってみて良いですか?」
誤魔化すように、耳にかけていた髪を下ろした。
「なら次は加護をのせてみようか」
「祈りや願い、ですよね」
悠璃さんが突然、私の髪に手を入れて、隠していた耳を暴く。
「誰かを想って――とかね」
ぎゅーっと鳩尾の辺りが痛くなって、胸が苦しくなる。
耳の奥もじんじんする。
この感じは、どういう感情なのかな……
初めてだらけでもう分からないよ。
透き通る青い瞳が、何かを探るように見つめてくる。
……切ない、のかな?
やっぱり分からない……
「え……と、やってみますね」
ぱっと視線を外して目を閉じる。
さっきと同じ様に力を練り始める。
ぐるぐると、渦ができ始めた。
『誰かを想って』か。
そんなの……一人しかいない。
私は手の中に彼への想いを込める。
複雑な感情は整理なんかしなくて良い。
そのままを、想いとして込めてみよう――
目を開けなくても分かる。
私の周りに今花びらが舞っている。
……こんなの、もうバレバレだよねぇ。
何だか可笑しくなってきて、自然と顔が緩む。
もう、いいよね?
バレても。
私はそっと目を開けて、同じように手も開いた。
穏やかな気持ちで彼を想いながら練り上げた桃玉は、濃淡の違う桃色が複雑に絡み合い螺旋をえがいていた。
悠璃さんは私が一人で作り上げた事を喜んでくれた。
それに、よく頑張りました、と褒めてもくれた。
「お守りにするなら花びらよりこっちの方がいいと思ってね」
「そうですね、アクセサリーにもしてもらえそうです」
まだ手の中にある桃玉を見る。
迷いなく一度ぎゅっと胸に抱き込んだ。
私の気持ち、全部、全部この中に――
そして悠璃さんの手にぐいっと押し込む。
手が触れて、お互いの熱が混じり合う気がした。
「……大した力はないかもですけど、貰ってください」
……悠璃さん、耳がぴんと立って固まっちゃった。
だけど、恥ずかしすぎて顔は見れないので、横を向いた。
ははっ! と軽やかな笑い声がして、尻尾が勢いよく揺れている。
「――喜んで」
わざわざ私の耳元で話す声は、いつもより弾んでいて、楽しげだった。
「ずっと手放す事なく、大事に大切にすると誓うよ――」
低く甘いその声は、いつまでも私の耳の奥、胸から消えることはなかった。
「見ましたか玖呂さん!」
「お前そろそろ怒られるんじゃないか?」
「詳しく見えませんけど、何やら桜も舞って良い雰囲気ではないですか」
「俺はこの後の悠璃の事を考えると、胃が痛くなる……」
「そんな事言って。わざわざ使役してる鷹を使ってまで、覗き見したの玖呂さんですよね」
「俺は可愛がってる妹分が心配なんだよ」
「それで納得させられますか?」
「……さ、俺は別件の任務行ってこよ」
すたこらと、空を飛んで逃げた玖呂を月羽は手を振って見送った。
そして今回ばかりは、ひまりに怒られて耳も尻尾も、ずっと垂れたままの月羽だった。




