十八章 消えない花びら
今日もかふぇまにまにで、休憩中の私と月ちゃん。
よく案内される窓際のテーブルで、向かいに座る月ちゃんの、ぴょんとした耳を眺めた。
「可愛い……私も耳とか尻尾とか出ないかな」
「ひまりちゃんは動物のあやかしではないので出ませんね」
相変わらずのばっさり月ちゃん。
でもそんな所も可愛い。
「いいじゃない、花びら出せるんだから。乙女ちっくよ」
「それは出したくて出してるんじゃないよ〜!」
かふぇまにまにで仕事中の椿さんが、わざわざからかいにやって来た。
私たちの席から離れてるのに、そんな聞こえるの!?
女子会ですっかり慣れた私は、敬語なしでも、もう大丈夫。甘える事はまだ出来ないけど、裸の付き合いで確実に仲良くなっていた。
「ご注文は?」
「気分がすっきりして落ち着くもので」
「私はひまりちゃんはと同じので」
「あんた大概そうだけど、別々の物頼んでシェアするのも楽しいわよ?」
月ちゃんにの耳がぴく、と動いた。
「……では、おすすめを下さい」
「は〜い、少々お待ちくださいませ」
軽やかに椿さんは去っていった。
「ねぇ月ちゃん、私の力ってどんなのかな」
「そうですね……今はまだ発現しきってないのではっきりとは言えませんが」
私は何となく背筋を伸ばした。
「加護の力はあるのでは、と思っています」
「加護の力?」
「ひまりちゃんのルーツは御神木の枝垂れ桜と、前回判明しました。御神木自体が加護の力を持っているので、ひまりちゃんが持っていると仮定してもおかしくはないなと」
月ちゃんの薄紫の瞳が、興味深そうに私を見つめている。
その時コトン、とテーブルにカップが置かれた。
柑橘系の甘酸っぱい香りが湯気でふわりと広がる。
「お待たせ、これはひまりの柑橘ハーブティーで、月羽のはこっちの淡雪ホットミルク」
「うわぁ……!」
淡雪みたいなふわふわの何かが、ホットミルクの上にのっていて、甘い様なすごく良い匂いがする!
「お先にどうぞひまりちゃん」
「え! 私が先に飲んでいいの?」
こくこく頷く月ちゃんから、カップを受け取って一口飲んでみる。
「甘いのにそこまで甘くなくてすごく美味しいよ!」
じゃあ、と私の分を月ちゃんに渡した。
「美味しいです。すごくサッパリしていて」
「どれどれ〜……本当だスッキリする」
「シェアって楽しいですね」
耳がぴょこぴょこしてて、本当に楽しそう。
「あのね月ちゃん、私の力で何かお仕事になりそうなのってないかな……」
「前の話ですね」
「うん。やっぱり今のままだと居候だから、私も何か役に立ちたいなって」
ふっと私の後ろから影が掛かった。
振り向いた先にいたのは紫苑くん。
よお、と声をかける彼は、金色の短髪がとても爽やか。
他にお客さんがいない時、こうやって紫苑くんや椿さんが、休憩がてら一緒に座るのは珍しくなかった。
そのまま私の隣に座った紫苑くんは、ふっと笑った。
「妖化、進んだって聞いたけど、いい感じじゃん」
「本当? ありがとう」
紫苑くんはそのまま私の髪を少し摘むと、上にあげてさらさらと落ちていくのを楽しそうに繰り返した。
「うお、めっちゃきれい」
「ね、自分の髪とは思えないの」
紫苑くんはいつでも自然体で、一緒にいるのがとても楽ちん。
「さっきの話さ、お守りを作って売るのは?」
今度は髪を指でくるくるして遊んでいる。特徴的な耳がぴこぴこ動いていて面白い。
……そういえば紫苑くんも椿さんも角あるんだよね。
あぁ……
好奇心に負けそう——
「ごほん! ん!」
月ちゃんが珍しく咳払いをした。
「大丈夫? 月ちゃん、何か引っ掛かった?」
「大丈夫か? なんか飲むか?」
月ちゃんがなんとも言えない顔をしてる……?
耳だけがぺたりと寝ていた。
「だ〜めよ、二人とも。その距離感は友達以上よ」
紫苑くんの手をぱしりと叩いた椿さん。
ようやく思い至った私達は、ごめん! とお互い言いながらすすすっと椅子を少し離した。
「この二人にはちゃんと言わないと伝わらないのよ。初心者同士なんだから」
何か急に恥ずかしくなって、そんなつもりは! と声を合わせた私達に、椿さんは笑いながら月ちゃんの隣に座った。
「休憩の札出しといたからしばらくゆっくりできるわよ。仕事の相談でしょ?」
両肘をついて、組んだ手の甲に顎を乗せた椿さんは、相談されるの待ってたのと、言って微笑んだ。
「そうでした! ね、紫苑くんお守りって?」
「お、おう。ひまりがだす花びらあるだろ? あれが何かを願ったり祈ったりした時に出せたらそれが加護にならないかなって」
腕を組みながら、紫苑くんが続けた。
「あえてその花びらは消えない様にするのと、加護の力がのってるか視てもらわないとだけどな」
出来るかな……まだ勝手にでて勝手に消えてるからなぁ……
「それ視れる人誰かいたかしら」
椿さんが呟く。
私は、なんとなく、本当にただなんとなく、テーブルの真ん中にある生け花に目をやって――
――目が合った。
「うえぇ!」
ガタッと椅子ごと後ろに下がる私。
紫苑くんがびっくりしながらも椅子を支えてくれた。
待って、何か……
「わたくし、視れますわよ」
「……!」
驚きで声にならない声がでた。
「あら雅さん、お目覚め?」
「椿さん、おはようございます。今回は少し長めに寝てましたわね」
「そうか、雅さんなら視れるな」
「ですね。お久しぶりです雅さん」
「あら、月さん、随分と明るくなられて」
ふふふ、あははと、目の前で談笑が繰り広げられてるけど私はその雅さんが気になって仕方がない。
……だって。
だってテーブルの生け花サイズの可愛い日本人形が動いてるんだもーん!
……ぇえー? どうしようすごく可愛い。話しかけていいのかな……
「あなたがひまりさんですね」
私が悶々としてる間にひと段落ついていたみたいで、みんなにすごく見られてた。
「は、はい! ひまりです、初めまして!」
「初めまして、雅と申します。わたくしは、そこの花器の付喪神でございます」
「付喪神……様ですか」
「神格化はしておりませんので、様など付けなくて結構ですよ。ただ長く存在しているだけで」
おほほ、と笑う雅さんは少女の見た目で口調は老婦人というアンバランスさだった。
「少しお手をよろしいかしら?」
「あ、はい」
そっと手を差し出すと、テーブルの上の雅さんが手のひらの上に乗って、優雅に座った。
う……わ! 何これ!
彼女が乗った手のひらから、凄まじい勢いで何かが身体中を巡っている。
熱く、でも冷たい何かが全体を何周も巡ったあたりで、私は頭がフラフラして、意識が飛びそうになった。
「おい、大丈夫か?」
心配そうな顔で、肩を支えてくれる紫苑くんに、目だけでお礼をする。
最後に一際強い熱が体を駆け巡って、それは終わった。
「……あれ?」
あんなに辛かったのに、何もなかったみたいに体は普通だ。汗もかいていたはずなのに、肌もさらさら。
「ごめんなさいね、中を暴くのにはそれなりの力が必要でして少し強引に……でもきちんと修ふ……回復はさせていただきましたので」
うふ、と雅さん。
今、修復って言いかけなかった!?
……体が辛くなくてよかったけど……ちょっとなんか……怖い!
「さて、ひまりさんの力ですけれど――」
そう言いながら私の手のひらから降りて、花器まで戻って行く。
焦らすなぁ……雅さん。
その間に私も結果を受け入れる準備をした。
淵にちょこんと座るとにこりと笑う。
「お持ちですね、加護の力」
ふわっと胸の奥が軽くなって、自然と顔がにやけた。全身が熱を持って、武者震いが走る。
すごく嬉しい!
――そう思った瞬間、ぶわっとたくさんの濃い桃色が空中を跳ねる様に舞った。
いつもはひらひらと落ちながら消えるのに、落ちそうになるとまた上がって、本当にゆっくりと跳ねている。
うわぁ、何かいつもと違って見てて楽しい……!
それに、楽しそうに舞う花びらを見てると、何か――
「……なぁ、ひまりのこれって生きてないよな?」
……紫苑くん、私も今それ思いました。
「ふふ! 生きてはいませんよ。ただひまりさんの感情によって動きを変えるみたいですけれど」
素敵な花びらね、と雅さんはようやく落ちてきたそれをそっと掴んだ。
……消えない?
「え……どうして、雅さんが持ってるのだけ消えてない?」
雅さんは微笑むとその花びらをそっと渡してくれた。
「これはいわゆる幻視と言われるもので、幻の花びらなのです。ですが、力あるものが消える前に故意に触れると、それは現実のものとなり消えません」
全て解決しましたね? と、片目を瞑る雅さんを、手で掬って抱きしめそうになった。
「これ、この花びら! あの、お守りになりますか?」
もう興奮しすぎて、全然上手く話せない。
隣で紫苑くんが、落ち着け! と笑ってるけど、そうあってほしいという願いが先走って落ち着けない。
「その花びらは、喜びの感情で舞ったものなので、落ち込んだり気分が上がらない時に効きそうですね」
……それはつまり?
本当に焦らすな、雅さん!
「うふふ。少し訓練をしなければなりませんけれど、使いこなせたら守護の加護なども作れそうですわね」
「やったー!」
私は思わず立ち上がって震えながら両手でガッツポーズをした。
「ひまり!」
隣でガタッと聞こえたと思ったら、紫苑くんも立っていて、私に手のひらを向けてきた。
紫苑くんと私の手が軽く弾けた――言葉のないハイタッチ。
私の人生で、トップレベルに最高だった。




