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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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十七章 桜咲く狐

 


 夜がほどけるように群青から淡い橙へと空の色が移ろいでいく。


 屋敷の庭では、朝露がその光を受けて金色に輝き、足元を照らす。

 ゆっくりと、まだ淡い朝の光が庭を輝かせ始めた。


 その光が己の直感に従って、珍しく早く起きてきた悠璃を照らす。


 少し冷たい風が吹くたび、白銀の髪がさらりと揺れて、毛先の青をもてあそぶ。

 立派な尻尾は優雅に揺れて、金色が混じり始めた空を見る瞳は青く澄んでいる。


 彼の耳がぴくりと動く。

 聞こえるのは微かな足音。

 軽やかに石畳を踏むそれは、確実に近づいて来ていた。

 淡い桜の香りが風に混じる。


 知らず悠璃の口が、弧を描いていた。


「俺の勘はよく当たるなー」


 *


「う〜ん、今日の朝は爽やかだ」


 背伸びをしながら縁側から庭へと降りる。

 昨日あんなに騒いだのに、疲れを感じないし、いつもより早く目が覚めた。


「空に金色が混じってる……」


 足元の草花は、朝露で虹色に輝いていて、この世界は本当にいつどこを見ても綺麗で見惚れちゃう。


 突然、朝露の香りを孕んだ風が強さを増した。

 下ろしたままの髪を巻き上げる。


「わ、わ、わ!」


 視界を埋める髪は昨日、全て薄桃色に変わって、光が当たると少し白みがかってもみえる。


「昨日の今日で慣れるはずないよね」


 手櫛で髪を整えながら、風が吹いていった先に目をやると、そこには見慣れた背中があった。


 ――悠璃さんだ


 途端、穏やかだった心臓がぎゅっと掴まれた様な感覚になって、それから激しく鼓動を打つ。


 声……掛けなきゃなのに、すんなり出てこない。


「おはよう、ひまり」


 空を見たまま挨拶をする悠璃さん。


 バレてた。


「おはよう……ございます」


 うう、なんか気まずい!


 ゆっくりと振り返る悠璃さん。

 朝日に照らされて輝く髪は、さらりと肩から落ちて思わず目を奪われた。

 逆光で表情が読めない。


「すごく、綺麗だね」


 その言葉でぎゅっと胸が痛くなった。

 静かな庭の空気に悠璃さんの声が重なる。

 ――私の心臓の音も。


「髪が朝日に透けて煌めいてる」


 ……だよね。

 すっっごく心臓に悪いよ、もー……

 色んな恥ずかしいが混ざって、居た堪れない。


 俯きながらお礼言おうとした時――


「綺麗だよ。薄桃と琥珀が混じり合ったその瞳も――ひまりも」


 ……いつもの軽口?


 彼の表情を見たくて私は、ゆっくり顔を上げた。


 ……まだ逆光で見えない


 雲が上を通ったのか、私たち二人は影にはいった。


 悠璃さんは、とても優しい笑顔で私を見つめていた。


 こんな顔……してたんだ。


 見惚れてしまいそうになるのを堪えて、何か言葉を探す。


「え……っと、あ、あ、悠璃さんの髪も瞳も……とても綺麗です! もちろん!」


 目を丸くする悠璃さんを見て――あ、これ、やらかしたな――と、思った。


 案の定悠璃さんは可笑しそうにお腹を抱えて笑っている。ご丁寧に尻尾までくるんとお腹を抱えている。


「……!」


 言葉にならない文句が口を出たけど、恥ずかしさに負けて頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。


 もちろん、て、なに私!


 少し落ち着いた悠璃さんがしゃがんだ気配がした。

 私の視界に悠璃さんの足元がうつる。


 え、近くない?

 ますます顔を上げられません!


「ひーまーり?」


 ……絶対首傾げてるよ、悠璃さんは。

 だけど、私も今顔をあげるわけにはいかないんです!


「ひーまーりー」


 ……負けられない戦いに瞬殺した。

 そっと少しだけ顔を上げると、案の定悠璃さんは悪い顔で首を傾げて、覗き込んできた。


「……あざといー!」


 顔を元に戻す私に、悠璃さんは軽く吹き出した。


「使えるものは使わないとね?」


 花びら出てるよ?

 と、頭をぽんぽんされて、安心感より心臓が飛び跳ねた私は、その場から逃亡した。


 逃亡する寸前に悠璃さんが言った『こっちの勘も当たればいいな』の声は、耳に届いたはずなのに、心臓の音にかき消されてしまっていた――


 心臓の鼓動で部屋までの距離がやたら長く感じて、やっとたどり着いたのは自分の部屋。


 音もなくベッドに飛び込んで突っ伏して、枕に向かって小さく叫んだ。


「花びらでちゃうのやだよ〜!」


 枕を抱えてゴロゴロ転げ回ってたら、脳裏にあのあざとい悠璃さんが浮かんだ。

 悪い顔で私を見る瞳に、間近で香った甘く爽やかな彼の匂い。


「……あれはズル過ぎる! 耳までぴこぴこさせて!」


 可愛いと格好いいと色気が混じってもうなんとも言えない。


 途端、辺りに桜の香りが濃く漂ってきた。

 はっとして周りを見ると、花びらがくるくる降っては消えてを繰り返していた。


「もうやだー!」


 私は朝の準備の時間まで、自分の力と格闘する羽目になった。


 迎えに来てくれた月ちゃんに『今日は一段と香りが濃いですね』と言われ、私は自分に敗北した。

 

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