幕間 紫苑
「ただいま」
「おかえりなさい紫苑。で、どうだった? お屋敷帰りなんでしょ?」
屋敷での仕事を終えて帰って来た紫苑は、いきなりそんな事を聞く椿にため息をついた。
「どうって……別にどうもしないって」
「何よ煮え切らないわねぇ。あの子はどうだったか聞いてるのよ」
「だから、どうって、どう言う意味だよ」
紫苑は、疲れてるのに、と愚痴を溢しそうになるが今は堪えた。
椿は、内と外での顔が違う。
それは、親しい物しか知らないが、多分客の皆も薄々勘付いてはいるだろう。
「だーかーらー! あの子は危険かどうかって事よ! 私達は悠璃様の安全を第一に考えなきゃなのよ? それなのに悠璃様ったらいつの間にか人間の子供なんか拾って来ちゃって――」
長くなりそうだと感じた紫苑は、スッと気配を消して風呂場へ向かった。
疲れているのは本当で、汗もすぐに流したい。
「それにしても……」
あの子が危険?
紫苑にはそうは思えなかった。
名前のない下級のあやかしを黄色丸と呼び、それがおでこに跳ねてきて、固まった彼女が?
びたん! と乾いた音と同時に固まった顔を思い出したら、また笑いそうになった。
「そもそも、悠璃様が受け入れた時点で何も問題ないって分かるじゃないか」
それに紫苑は帰る前に、彼女が半妖だという事も聞いた。
着物を荒々しく脱いで籠に放り入れた紫苑は、配膳時の事を思い出していた。
ひまりと二人で居間に入った紫苑は、悠璃の態度に少し驚いた。
顔は笑っているのに目が笑っていないのだ。
確かに紫苑とひまりはあの短時間で仲良くなった。
その空気感が伝わったとして――
紫苑に向けられたあれは、明らかに嫉妬だ。
「あの悠璃様があんな顔するなんてな」
――本当に危険なのは、あやかしの執着に捕まった彼女の方ではないだろうか?
あやかしは執着心が強い。
それは高位の存在であればあるほど強くなる。
紫苑は要らぬ考えを流すかの様にザバっと頭から湯を被って、早々に湯船に浸かった。
「椿も、気になるなら自分で確かめればいいのに」
椿への愚痴が止まらない紫苑。
椿は別に悠璃に対して主人以上の気持ちは持ち合わせてはいない。
ただ主人が――家族が心配なのだ。
それが分かっているから紫苑もそこまで椿に強く言うつもりはなかった。
少し、面倒くさいとは感じているが。
「風呂から出たら、屋敷で聞いた話を説明しないとな……」
それで少しはひまりに対する椿の感情も落ち着くだろう。
椿は短い命の人間が苦手なのだ。
ぶくぶくと口元まで浸かる紫苑。
今日も一日疲れた。
だけど、久しぶりに年の近い相手と話した気がした――そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。




