表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/30

九章 変わる狐、変わる桜③ 服屋編


 しばらくして店を出た私達は、同じストリートにある『紡衣堂』という洋服屋さんに来ていた。


「ではここからは私が舵取りですね」

「言い方古くせぇなぁ」

「うるさいですね、持ってる服、真っ白に入れ替えますよ全部」

「それ地味ーに、嫌だなぁ」

「玖呂さんて、黒以外は着ないんですか?」

「んー、着ないわけじゃないんだが、黒が仕事上でも便利なんでね」


 なるほど?


「まぁ、ひまは色んな服買ってもらえよ!」


 頭を“ぽん”された。

 親戚の少し歳の離れたお兄ちゃんてこんな感じなのかな……思わず緩む頬にそっと手をやった。

 玖呂さんのぽんは、何だかくすぐったくて幸せな気持ちになる。

 その間にも月ちゃんは奥の棚から何着か籐の籠に入れている。

 籠までお洒落だ。

 あやかしの世界は、人も物もこだわりがあってとてもセンスが良い。

 天井には和紙のランタンがいくつも連なって、色をゆったり変えている。

 焚かれているお香はきつ過ぎなくて、落ち着く匂い。


「ひまりちゃん、ちょっと当ててみて下さい」


 月ちゃんが次々と私の背中に服を当ててサイズ感を見てくれる。


「ごめんね月ちゃん。私、今まで服にこだわった事なくて、どういうのが良いのかもわからなくて」

「お任せ下さい。私、ひまりちゃんのドレスを見た時から洋服に目覚め、色々研究を始めました」


 尻尾がいつになく俊敏に動いてる。


「ありがとう……!」


 ここは素直にお任せしよう……

 奥の棚では悠璃さんが服を広げて見ていた。


 月ちゃんはその後も、小物やアクセサリー、靴などを籠に入れて満足気だった。

 悠璃さんは嫌な顔ひとつせず、さらっとお会計を済ませてしまった。


 私は、必ず皆に何かお返しをしようと心に決めた。


 皆それぞれ自分の服を買っていて、持って帰る玖呂さんは大変だと思ったけど、余裕でひと足先に帰って行った。

 ちなみに試着は、月ちゃん曰く『初見の感動が薄まるのでしません』との事だった。



 屋敷に戻る頃には、空が茜色と紫色が混じっていた。

 そこに、ご飯のいい匂いが漂っている。


 玖呂さんが出迎えてくれて、紫苑さんはまだ数品作っていると教えてくれた。


 一人炊事場に向かうと、紫苑さんが汗を拭いている所だった。


「お邪魔じゃなければ何か私にできる事はありますか?」


 少し驚いた様子だったけど、直ぐにそうだなぁ、と考えてくれる。


「なら後一品、副菜を頼むよ。食材はそこにある」


 見た事のない食材が多い中、ほうれん草の様なものを見つけた。

 葉っぱを少し千切って味見をする。

 少し苦いけど味は似てる……

 それなら、簡単にお浸しにする事にした。

 ……本当に簡単だけど。


「このお野菜、お浸しにしても良いですか?」

「何、和食作れるの? いいよ、苦味があるからこれと一緒に茹でて」


 渡されたのはまたも見たことのない、小さくて黄色くて丸いほわほわの何か。

 なんか、あれだ、アニメに出てくる真っ黒お化けの黄色版に見えちゃう……


「そいつは苦味が好物だから一緒に茹でると苦味を食べてくれる」


 何でもないみたいに言ってるけど、凄いこと言ってない!?


「一緒に茹でるんですか!?」

「茹でる。大丈夫、熱さ感じないから……多分」


 最後めっちゃ声小さいです、紫苑さん……


 微妙な空気が流れ始めた所で、私は綺麗に手を洗って準備を始めたのだった。



「まさか黄色丸が緑丸になって元気になるとは……」

「黙ってた方が面白いかと思って?」


 そう、私は少し戸惑いながらも葉野菜と黄色丸を一緒に茹でた。


 数分経ったところで、黄色が緑に変化し始めたと思った時――


 鍋の外にビヨーン! と、飛び出して、勢いよく私のおでこにびたん! と、当たってからスーパーボールの如く跳ねて消えていった。


 菜箸片手に、呆然としていた私を見て、紫苑さんはお腹を抱えて笑ったのだ。


「おでこ……痛い」


 まだ少しびっくりが抜けない私。

 そっとおでこをさする。


「どれ、見せて?」


 紫苑さんが私の手を取っておでこを見てくれた。


「あー……、赤丸になってる」

「そこはもう、赤い丸でいいです」


 ○○丸に寄せようとしないで、と言うとまた笑った。

 笑うと、本当に同級生のように見えるなぁ。くすぐったい気持ちになる。


「痛かったのに、悪かった。あと俺のことは呼び捨てでいいよ、歳近そうだし」


 いや、結構離れてると思うけどなぁ!

 ……多分


「呼び捨ては流石に難しいので『君』でも良いですか?」

「良いよ、呼びやすい方で。追々敬語もなくしてくれたら嬉しいんだけど」

「それはあと少ししたら出来そうです」

「よし、じゃ味付けしようぜ」


 意外に紫苑君は話しやすくて、笑いのタイミングも心地良い。

 すっかり打ち解けた私たちは、全てを作り終えるとハイタッチをした。


 ……私、茹でただけですが


 ――この時、炊事場の裏から何かが動いたような小さなカタッという音が聞こえた気がしたけど、緑丸の仕業だと思って、特に気にはしなかった。



「……見ましたか玖呂さん」

「おい……今何か緑が転がって行かなかったか?」

「私もパチンやりたいです」

「そこかよ!」

「『最大の敵は身内だった』ですね」

「……お前また変なドラマ見たな?」

「悠璃様危うし」

「余計なことするなよ?」

「分かってま……」

「す、まで言え!」


 あの時、炊事場の裏でこんなやり取りがあったと教えてもらったのは、かなりの時が経ってからだった。



 ――その夜



 私はひとり、縁側に腰を下ろしていた。

 風が庭の桜の枝を揺らし、葉の影が月明かりに揺れている。


「さっきまでの賑やかさが嘘みたい……」


 紫苑君と配膳のために居間に入った時の、玖呂さんと月ちゃんのあの生ぬるい視線……

 すごく気になる。

 同じ視線で悠璃さんの事も見てたけど、鋭い視線を返されていた。


 ――その時、強めの風が縁側をふきぬけた。

 後ろからふわりと香りが流れてくる。


 あぁ……悠璃さんだ。


 まだかすかに残っていた胸の奥の強張りが静かに解けていく気がした。


 白檀を基調とした香りに、わずかに雪を思わせる冷たい静けさが混じる。

 だけどそれは穏やかで落ち着く香りで、知らずに肩の力が抜ける。


「まだ起きてるの?」

「はい、今日は楽しかったので、ちょっと目が冴えちゃって」

「そうか。気配消してたのに驚かないんだね」

「はい」

「何で?」


 私は悠璃さんを真似して、ニッと笑った。


「悠璃さんの香りがしたから」


 彼は目を丸くすると小さく笑って、そっと私の隣に座った。

 視線を合わせ、首を傾げて微笑む。


「どんな香り?」

「……雪が降る夜のような香りです」

「雪?」

「はい。ひんやりして、静かで、でも落ち着く感じで安心します」


 悠璃さんは少し目を細め、興味深そうに頷いた。


「へぇ、そんな風に感じるんだね」


 低く柔らかな声が、夜に溶けた。

 そのとき、悠璃さんの手がほんの少し私の指先に触れた。

 ピクリと動いた指先。

 ……気付かれただろうか。


「……安心するんだ?」


 静かに言われて、ぼっと顔が赤くなる。

 少し触れただけの指先が、熱を持ち始めた。


 月ちゃんが音もなく縁側に現れ、お盆を二人の間に差し入れる。


「悠璃様、そろそろお部屋に戻りましょう」

「来ると思った」


 悠璃さんは軽く笑っておやすみと言うと、部屋へと戻った。


 私は詰めていた息を吐き出して、その場にぺしゃりと崩れた。


「大丈夫ですか?」

「……悠璃さんっていつもああなの?」

「はいであり、いいえです」

「……」

「はいであり――」

「わ、わかった、ありがとう」

「ではお部屋に行きましょうか、送りますよ」

「……はい。お願いします」


 その後部屋に戻った私は、お布団にくるまって散々悶えた後、考えれば考えるほど月ちゃんの言葉の意味が分からなくなって、最終的に考えたら負けだと悟った。

 でも指先に残った手の感覚は消えて欲しくないなぁ、と心の中でそっと思いながら眠りについた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ