でも、私は知っています
東京都庁の会議室では、一台の機械が火を吹いていた。
白衣姿の男たちが大慌てで、
「現在の状況を、可能な限り細かく確認しろ! ただし、内部データの保護を最優先とする! あと、機械の電源だけは絶対に落とすな!」
「第一ブロックより途中報告。内部のプログラムに大きな不具合はない模様。念のためバックアップデータを、本体から切り離すことを進言します!」
「その提案を承認する! ただし、感電対策を怠るなよ! 切り離し作業には必ず、ゴム手袋を着用するように!」
「第二ブロックより途中報告。今のところ、不具合は見当たりません」
「こちら第三ブロック、異常を発見しました! 主要回路に大規模な損傷を確認。『緊急バイパス手術』を進言します!」
「その提案を承認する! すぐさま『バイオペ』開始!」
会議室の中には、白衣の男たちの他に、東京都知事もいた。
こんな状況で口を挟むのはお邪魔かな、と思いつつも、
「あの・・・・・・何が起きたんですか?」
都知事は白衣の男たちに尋ねる。
最初は無視されてしまったが、一分後に同じ質問をすると、
「インターネットを経由して、何者かがサイバー攻撃を仕掛けてきた模様です。まさか都庁の防衛システムを突破してくるとは、想定外です」
「・・・・・・それは一大事ですね」
そんな風に口では言いながらも、都知事は内心でホッとしていた。
困ったちゃん状態だった秘密兵器が、とにかく止まってくれたのだ。どこの誰がやったのかは知らないが、このタイミングでのサイバー攻撃に対して、こっそり感謝せずにはいられない。
パソコン画面上では、オークションの首位にいる馬が停止していた。
とはいえ、二位以下とは大きな差がついている。こっちは『1ドルドル』ずつだったのに、恐ろしい連打速度だ。あれだけの時間で、『9000万ドルドル』を超えちゃっている・・・・・・。
――それでこそ、俺たちのラスボス!
そう思われるのも、無理もないかも。
この秘密兵器はやばすぎる。都議会から「追加実験」の要請があっても、さすがに断ろう。
すでにオークションでは、多くの県が「棄権」していた。
しかし、まだあきらめていない県がある。グンマ県と栃木県だ。
「都知事、急ごしらえながらセッティングを変更しました。これより先、そのパソコンからでも入札が可能です」
「・・・・・・」
「どうされました? セッティングに問題がないかの確認として、まずは『1ドルドル』の入札をお願いします」
そんな要請に対して、都知事は言う。現時点で、これ以上の入札は不要。そう判断したと、白衣の男たちに伝えた。
その上で、彼らの考えを聞く。
「未だに走り続けている県がありますが、東京が勝てると思いますか?」
「当然でしょう。圧倒的な差がついているんですよ」
そこでふと何かに気づいたらしく、白衣の男たちの表情がわずかに曇った。
しかし、それは一瞬だけのことで、
「たとえば、こちらの秘密兵器と同等のものを、相手が所有しているのなら、逆転の可能性はありますがね。ですが、相手は栃木とグンマだ。そんなことはあり得ないでしょう。したがって、東京の勝利は揺るぎません」
「ですね。私も大部分は同じ考えです」
そう言ってから、都知事はほんの少し笑うと、
「でも、私は知っています。グンマや栃木の方々は根性がありますよ」
前回の『フロンティア・オークション』、その翌日にグンマ県知事に言われたことを思い出す。
――海を持っている者に、海を持っていない者の気持ちはわからない。
東京がいるのは、『9000万ドルドル』の少し先だ。二位のグンマとは、かなりの差がついている。
しかも、今回の『フロンティア・オークション』にも前回と同様、『一分間ルール』と『十分間ルール』が存在するのだ。
落札者が決まるのは、「誰も新たな入札を行わずに、一分間が経過した」場合。この場合、現在首位にいる東京が勝つ。
もしくは、「ある入札者が十分間、首位を維持した」場合。つまり、このままでも東京が勝つ。
ただし、『一分間ルール』による決着はないだろうと、都知事は考えていた。
勝負がつくのはおそらく、『十分間ルール』の方。
あとは、自分以外の入札者全員が「棄権」した場合だろうか。
残っているのは、東京とグンマと栃木だけ。この内の二つが「棄権」しても、今回の勝者が決まる。
そういったオークションでの勝ちパターンを、順番に頭の中で確認してから、東京都知事は再びパソコン画面に集中した。
二位のグンマが必死になって追いかけてきている。
しかし、今の速さでは絶対に追いつけない。首位との差が開きすぎている。奇跡でも起きない限りは・・・・・・。
(でも・・・・・・)
都知事はもう一度、あの言葉を頭の中で繰り返す。
――海を持っている者に、海を持っていない者の気持ちはわからない。
そして、今なおグンマは走り続けているのだ。まだ月面の海をあきらめていない。
(もしも、この絶望的な距離を追いついてくることがあれば、その時は・・・・・・)
都知事はにっこり笑うと、両手の指のストレッチを始めた。




