第八章 明日も来れば
第八章 明日も来れば
スーパーに着いてから、何を食べるか決めていないことに気が付いた。
直樹が弁当売り場へ曲がると、野田が隣で足を止めた。
「ここで五つ買うの?」
「食うでしょ」
「いや、まとめて作った方が安くない?」
直樹は値札を見た。
五人分を頭の中で足した。
「何作るの」
「カレーとか」
「鍋、ある?」
武藤が聞いた。
「あるよ」
直樹は答えた。
実が空の籠を持ち、野菜売り場の方を見た。
「じゃあ、玉ねぎ?」
何となく、カレーになった。
*
野田が辛口の箱を取った。
「待って」
武藤が言った。
「俺、それだときつい」
「辛いの苦手?」
「辛すぎるのは」
野田は箱を棚へ戻し、中辛を取った。
「これなら?」
武藤が頷いた。
肉売り場では、直樹が豚こまを指し、野田が鶏肉を指した。
「カレーは鶏じゃない?」
「豚でもいいじゃん」
「牛は?」
実が聞いた。
直樹は値段を見て首を振った。
「今日は豚」
久世は籠の中を確かめていた。
「ご飯は、ありますか」
「米ならある」
「何合、炊けます?」
「三合」
久世が実を見た。
実も久世を見た。
「僕、いっぱい食べるけど」
「……そうですよね」
全員が米売り場の方を見た。
「米を買っても炊飯器は大きくならないだろ」
直樹が言うと、野田が笑い出した。
結局、足りなければ使うことにして、パックのご飯も籠に入れた。
*
会計の前で、直樹は四人へ顔を向けた。
「食費、割っといて」
久世がスマホを出しかける。
「五人で?」
武藤が聞いた。
「四人。俺、場所出してるから」
野田が直樹を見た。
「カレーも食べるよね」
「電気も水道も使うし」
「じゃあ、俺らが食べなくても今日は水道使わなかった?」
「量の問題だろ」
「米は三浦さんのだし」
実が言った。
直樹は頷いた。
「そう。米も」
野田は何か言いたそうに口を開いたが、レジが空いたので籠を進めた。
久世がスマホへ数字を入れた。
「端数は、どうしますか」
「そこまで細かくなくていいよ」
直樹が言うと、野田がこちらを見た。
「払わない人が言う?」
*
部屋に戻り、直樹は流しの下から鍋を出した。
野田が袋から玉ねぎを出す。
武藤が鍋を見る。
袋を見る。
「……これに作るんですか」
「鍋あるって言ったじゃん」
直樹は答えた。
「あるけど」
鍋は、一人暮らしなら困らない大きさだった。
五人は買ってきた材料を見た。
「フライパンは?」
野田が聞く。
「ある」
「深い?」
「鍋より浅い」
「それはそうだけど」
久世が二つの持ち手を見比べた。
「分けて作れば」
「味、違っても知らないからな」
直樹が言った。
武藤がカレーの箱を裏返した。
「書いてある通りにすればいいんじゃないですか」
「小説もそうなら楽なんだけどね」
直樹は米を量り始めた。
その話に返事をする者はいなかった。
*
台所に五人は立てなかった。
米を炊飯器に入れた直樹は、机の前へ押し出された。久世がその横で箱を読み、必要な分を野田へ伝える。
武藤が玉ねぎを切り、野田が肉を炒めた。
実は野菜を洗い、使い終わった道具を順番に片付けた。
「大山さん、それ、あと使う」
野田が言うと、実は洗いかけた木べらを止めた。
「あ、ごめん」
「いや、こっち。炒める方」
狭い流しの前で、手が行き来した。
直樹は机を拭き、積んである本をベッドへ移した。
「鍋敷き、ある?」
「新聞なら」
「それでいいや」
野田が言った。
玉ねぎの匂いが、部屋へ広がっていた。
直樹は換気扇の音を聞いた。
いつもは湯を沸かすくらいしか使わない台所に、人の肩と背中が並んでいる。
「コップ、出してくれる?」
実に言われ、直樹は立ち上がった。
コップは三つしかなかった。
足りない二つは、マグカップにした。
*
カレーは、鍋とフライパンに分かれて出来上がった。
武藤が二つを見比べた。
「こっち、ちょっと濃くない?」
「煮詰まったから」
野田が答えた。
「書いてある通りにした?」
「箱は鍋二つで作ることまで考えてないでしょ」
直樹は皿へご飯を盛った。
皿も大きさが揃っていなかった。五枚目に深い丼を出すと、実が受け取った。
「僕、これがいい」
全員座ると、膝と膝が近かった。
武藤が本の山へ足をぶつけかけ、直樹が止めた。
「そっち、本」
「知ってます。ずっと本です」
実が丼を両手で持った。
「いただきます」
残りの声が、ばらばらに重なった。
直樹は一口食べた。
普通のカレーだった。
凝ったものは何も入っていない。店で売っているルウの味だった。
「うまいね」
実が言った。
「うん」
武藤が頷いた。
久世は小さく一口ずつ食べ、野田は熱そうに口を開けていた。
直樹は二口目を食べた。
「こっちも食べてみて」
野田がフライパンの方を指した。
「濃いやつ?」
「こっちの方がうまいかも」
武藤が立ち上がりかけ、直樹に肩を押された。
「待って。皿、置いてから。こぼすと本にかかる」
「本、別の部屋に置けばいいのに」
「別の部屋なんかないよ」
*
三合のご飯はなくなった。
パックのご飯も二つ使った。
それでも、カレーは残った。
「作りすぎたね」
直樹が鍋を覗くと、野田も覗いた。
「箱の分、全部使ったし」
「明日もカレーだ」
武藤が言った。
「俺だけでこれ食うの?」
「場所代に」
直樹は武藤を見た。
武藤は視線を逸らし、水を飲んだ。口元が少し曲がっていた。
食器を洗い終えると、久世がスマホを見た。
「そろそろ」
その一言で、皆が時計を見た。
武藤がケースを袋へ入れる。野田は机の下に転がった自分の靴下を直し、実は座っていた場所を確かめてから立った。
直樹は残ったカレーへ蓋をした。
「明日も来れば?」
四人が振り向いた。
「これ、あるし」
直樹は鍋を指した。
「ご飯は?」
野田が聞いた。
「炊いとく」
「今度は、うちから少し持ってきます」
久世が言った。
直樹が顔を向けると、久世は鞄の持ち手へ目を落とした。
「ご飯。炊いたものなら」
「じゃあ、俺、飲み物」
武藤が続いた。
実が鍋を見た。
「僕も食べていい?」
「五人で作ったんだから、いいでしょ」
直樹は答えた。
実は頷き、玄関で靴を履いた。
野田が最後に棚のラジオを見た。
「あれ、まだ音が変なんだよな」
「明日も開けるなよ」
「まだ何も言ってない」
扉が閉まった。
急に、冷蔵庫の音が聞こえるようになった。
直樹は机の前へ戻り、途中まで読んでいた本を取った。
ベッドに移した本の山を崩さないよう、一冊ずつ床へ戻す。
二冊戻したところで、手を止めた。
明日、またどかすことになる。
そのままにして、直樹は本を開いた。




