第七章 本を踏むな
第七章 本を踏むな
月曜日の昼、直樹が曜日を聞くと、武藤は火曜日なら、と答えた。
野田も実もよかった。
久世は一度予定を確認すると言い、午後の休憩で直樹のところへ来た。
「明日、大丈夫です」
「あ、そう。じゃあ明日ね」
それで決まった。
直樹は、その晩になってから部屋のことを思い出した。
床に積んだ本を眺める。
五人が座るとしたら、机の向こう側にも場所が要る。
直樹は読みかけの山を持ち上げ、壁際の山の隣へ移した。
空いた床を見て、もう一山動かす。
三山目を持ち上げると、探していた文庫本が出てきた。
「ここか」
腰を下ろし、栞の位置を確かめる。
次に顔を上げたときには、片付けを始めてから四十分経っていた。
*
翌日、五人は工場の門を出て、同じ方向へ歩いた。
自転車の三人は押して歩いたので、少し横に広がった。向かいから人が来るたびに、実が後ろへ下がる。
「どの辺?」
野田が聞いた。
「あのスーパーの裏」
「へえ。俺、いつも前通るよ」
武藤は肩に掛けた袋を直した。
「暗くできますよね」
「雨戸はないけど、カーテンはある」
「電気、消せれば」
「それは消せるよ」
直樹は答えた。
久世は少し後ろを歩いていた。
実が何か話しかけ、久世が小さく頷いた。何を話したのかは、直樹には聞こえなかった。
*
アパートの階段を上がると、実は踊り場で足を止めた。
「自転車、あそこでよかった?」
「空いてるとこなら大丈夫」
直樹は鍵を出した。
扉を開け、先に入って電気をつける。
「どうぞ」
野田が最初に顔を覗かせた。
「本屋みたい」
「本屋は、もっと整理してあるでしょ」
直樹は靴を脱ぎ、床の雑誌を一冊拾った。
「そこ、本あるから。踏まないで」
武藤が足を止めた。
「靴、どこに」
「その辺」
「その辺に本があるんですけど」
直樹はもう二冊拾った。
久世が身体を斜めにして入り、最後に実が頭を下げた。
玄関に五人分の靴が並ぶと、扉が閉まりにくくなった。
実がしゃがみ、向きを揃え直した。
「閉まるよ」
「ありがと」
直樹は本を抱えたまま、部屋の隅へ寄った。
昨日空けたはずの場所に、四人が立っている。
「座って」
「どこに?」
野田が聞いた。
「だから、その辺」
四人が床を見た。
直樹は抱えた本を、元の山へ戻しかけてやめた。
戻すと座れなかった。
*
武藤がケースを開ける間に、直樹はカーテンを閉めた。
「電気、もう消していい?」
「まだ」
武藤が袋から説明書を出す。
野田が横から手元を覗き、久世は低い机の端に座った。
実は膝を抱えるようにして、入口の近くに収まっていた。
「狭くない?」
直樹が聞くと、実は頷いた。
「大丈夫」
狭いか聞いたのに、どちらの意味か分からなかった。
「それ、先に首へ掛けてください」
武藤が言った。
直樹は紐を掛け、今度こそ電気を消した。
部屋の隅も、床の本も、まとめて暗くなる。
覗き込む。
ぼんやりと、机の端が現れた。
「おお」
顔の向きを変えると、誰かの膝が見えた。
その上に両手が載っている。
「これ、大山さん?」
「うん」
「見える」
少し持ち上げる。
実の顔が大きく現れた。
「近い」
「動いてないよ」
「いや、見え方が」
野田が笑った。
「俺も」
「待って。まだ見てる」
直樹は本棚へ向けた。
背表紙の並びが見えた。いつも見ている棚なのに、別の場所のようだった。
「これなら、あの廊下も見えるかも」
「どのくらい離れているかにもよるので」
久世の声がした。
「あとで本見よう」
「……はい」
「先に回して」
野田が言った。
直樹はようやく顔から離した。
暗い中で手渡そうとして、武藤に止められた。
「一回、明かりつけてください」
直樹は手を伸ばした。
指が壁に当たった。
スイッチは、もう少し右だった。
*
順番に覗くたび、電気をつけたり消したりした。
野田は見終えてからも本体を手放さず、武藤に掌を差し出された。
「返して」
「ちょっと、ここの継ぎ目だけ」
「見るのは終わったでしょ」
久世は短く覗いて、すぐに返した。
実は皆が見終わってから受け取り、紐を掛けたところで聞いた。
「眼鏡、外す?」
「大山さん、眼鏡してないよ」
直樹が言った。
「あ、久世さんのとき。聞こうと思って」
久世が自分の眼鏡に触れた。
「僕は、そのままで見られました」
「そうなんだ」
実は安心したように頷き、ようやく覗いた。
四人が黙って待った。
「見えるね」
しばらくして、実が言った。
「うん」
「三浦さん、本、いっぱいあるね」
「明るいときにも見えただろ」
野田が吹き出し、武藤も声を立てた。
実が顔を上げた。
「そうなんだけど」
続きを待ったが、実は何も言わず、もう一度棚を見た。
*
電気をつけたあと、野田が立ち上がった。
机の横の棚を見ている。
「そのラジオ、動く?」
「たぶん」
「たぶんって」
「最近使ってないから」
野田が手を伸ばした。
「触っていい?」
「音出すだけなら」
直樹は念を押した。
スイッチが入り、ざあ、と音がした。
野田がつまみを回すと、途切れ途切れに歌が聞こえた。
武藤はスコープをケースへ戻していた。久世は机に置いた小説の見取り図を見ている。
実が時計を見た。
「そろそろ、帰った方がいい?」
直樹も時計を見た。
思っていたより時間が経っていた。
「何か用事ある?」
「僕はないけど」
「俺も別に」
野田がラジオを持ったまま答えた。
武藤はケースの留め具を閉じ、久世はスマホの画面を確かめた。
「……少しなら」
久世が言った。
直樹は立ち上がり、冷蔵庫を開けた。
卵が二つ。半分の麦茶。期限の切れた納豆。
閉めた。
「腹、減ってない?」
「減った」
実が答えた。
野田がラジオを棚へ戻した。
「俺も」
直樹は財布を取った。
「スーパー、すぐそこだから」
実が膝を伸ばし、ゆっくり立ち上がった。
狭い部屋で五人が一斉に動くと、また本を移さなければならなかった。




