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馬鹿者どもが夢の跡  作者: もちむぎ


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第五章 昼休みの続き

第五章 昼休みの続き


 月曜日、野田航平はトースターの写真を見せてきた。


 直樹が頼んだわけではない。


 弁当の袋を開けていると、向かいに座った野田がスマホを差し出した。


「これ、昨日」


「何?」


「家のトースター」


 銀色の板と、線と、白い欠片のようなものが、新聞紙の上に並んでいた。


「壊れたの?」


「いや」


「じゃあ、何でこうなってんの」


「開けたから」


 直樹は卵焼きを口に入れた。


 説明になっているようで、なっていない。


「お母さん、怒らない?」


「もう怒らない」


「諦めたんだ」


「朝までに戻せばいいって」


「怒ってるじゃん」


 野田は写真を次へ送った。


 組み上がったトースターが写っていた。


 その次には、焼いたパンがあった。


「ほら」


「パンは分かるよ」


「ちゃんと焼けた」


 野田は満足そうだった。


 武藤健太が弁当を持って通りかかり、写真へ目を落とした。


「あのスコープ、やっぱり渡さなくてよかった」


「返すときは、ちゃんと戻すって」


「一回こうなるんでしょ」


 武藤は、分解されたトースターの写真を指した。


 野田は否定しなかった。


 武藤が隣の椅子を引いたので、直樹は自分の鞄を床へ下ろした。


     *


 火曜日は、武藤が先にいた。


 直樹が向かいに座っても、雑誌から顔を上げなかった。


「何読んでるの」


「靴」


「靴を?」


「靴の記事です」


 雑誌には似たような色の靴が、似たような向きで並んでいた。


「違い、ある?」


「ありますよ」


 武藤の指が、写真の下の文字を辿った。


 底の形。足首の支え。重さ。


 直樹は話を聞きながら、自分の靴の底など最後に見たのはいつだろう、と考えた。


「そこまで違うんだ」


「だから、合わないのだと疲れるんです」


「二分でも?」


 武藤の指が止まった。


「待ってる時間もあるんで」


「ああ、そうか」


 直樹は頷いた。


「ほら。準備して、待って、それから始まるから」


 武藤はページを戻し、今度は靴底の写真を見せた。


 昨日のトースターよりは、直樹にも違いが分かった。


     *


 水曜日、久世が隣のテーブルに座った。


 直樹は箸を止めて呼んだ。


「久世さん」


 久世は少し身体を強張らせて、こちらを見た。


「この前、下の名前、聞いてなかった」


「……智也です」


「ともや。どう書くの?」


「知る、の下に、日で」


 久世は空中に小さく指を動かした。


「ああ、そっちの智か。也は?」


「なり、の」


「分かった」


 久世智也。


 直樹は胸の刺繍を見てから、顔を見た。


 久世は視線を弁当へ戻した。


「こっち、空いてるよ」


「いえ、ここで」


「そう?」


 直樹も弁当へ戻った。


 野田が紙パックの飲み物を持ってやって来て、久世の向かいに腰を下ろした。


「こっちの椅子、がたがたする」


 それまで座ろうとしていた椅子の脚を、野田が軽く押した。


 かたん、と音がする。


「直せばいいじゃん」


 直樹が言うと、野田は椅子の下を覗いた。


「勝手にやると、また言われるから」


「そこは気にするんだ」


 武藤が笑った。


 久世は弁当を少し手前へ寄せ、野田の飲み物を置く場所を空けた。


 テーブルは二つに分かれていたが、野田が椅子を斜めにすると、誰の顔も見えた。


     *


 木曜日、大山実が食堂へ来たのは、また遅い時間だった。


「大山さん、ここ」


 直樹は手を上げた。


 実は立ち止まり、テーブルの上を見た。


「座っていいの?」


「空いてるし」


 野田が空の缶を自分の方へ寄せた。


 実は弁当を置き、椅子を引いた。


 その動作を見て、野田が身を乗り出した。


「それ、昨日の椅子じゃない?」


 実が腰を下ろしかけたまま止まった。


「え?」


「がたがたするやつ」


「大丈夫」


 実は立ち直り、椅子を持ち上げた。


 床に落ちていた小さなプラスチックの欠片を拾い、脚の近くに置く。


「これ、踏むと危ないね」


 それから別の椅子を持ってきた。


「こっちは平気」


 野田が頷いた。


 実はようやく座り、弁当の蓋を開けた。


「いつも遅いね」


 直樹が言うと、実は口を動かしかけ、飲み込んでから答えた。


「今日は、途中だったのを終わらせてた」


「頼まれたやつ?」


「うん」


「断ればいいのに」


 実は少し考えた。


「でも、あと少しだったから」


 直樹は、そういうことではないのだが、と思った。


 実は残りの昼休みを時計で確かめると、また弁当へ箸を伸ばした。


 直樹も時計を見た。


「まだ七分あるよ」


「うん」


「そのくらいなら食えるでしょ」


「うん」


 実は少し笑って、ご飯を食べた。


     *


 金曜日、直樹は食堂の入り口で一度立ち止まった。


 いつもの辺りの席は空いていた。


 まだ、いつもの、と言うほど座っていないはずだった。


 直樹は窓際の椅子を引き、本を鞄から出した。


 読みかけの続きに目を落とす。


 女が男に向かって、あなたの気持ちは分かっている、と言っていた。


 分かっていない。


 前の章をきちんと読めば分かる。この女は肝心なところで、いつも話を聞いていない。


 直樹はページをめくった。


「また本?」


 野田の声だった。


「そりゃ、続きがあるから」


「何の話?」


「これがさ、最初は恋愛の話だと思うんだけど」


 直樹は表紙を見せた。


「違うの?」


「うん、違うんだ」


 そこへ武藤が来た。


「三浦さん、例の本、持ってます?」


「例の?」


「暗視スコープが出てくる方」


「ああ、あるよ」


「説明のところ、久世さんがもう一回見たいって」


 少し後ろに、久世がいた。


「そんなに、急ぎじゃないんですけど」


「いいよ。待って」


 直樹は鞄から別の本を出した。


 久世が椅子を引き、野田が横から覗き込む。


 武藤は弁当の蓋を置く場所を探していた。


 直樹は読みかけの本を閉じ、二冊を重ねた。


「今日は大山さん、まだ?」


 野田が聞いた。


 誰に聞いたのか分からなかったが、武藤が入り口を見た。


「さっき、弁当温めてた」


 野田は隣の椅子へ置きかけた上着を、自分の背もたれに掛けた。


 久世が、直樹の開いた本の一行を指した。


「ここなんですけど」


「うん」


 実が弁当を持ってやって来た。


 野田が引いた椅子に座り、皆の手元を覗く。


「何の話?」


「昨日の続き」


 直樹は答えてから、違うな、と思った。


 昨日は、この本の話をしていない。


 けれど実は、そうなんだ、と頷いた。


 訂正する前に久世が喋り始めたので、直樹はそちらを向いた。

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