↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬鹿者どもが夢の跡  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/39

第三十五章 もう一踏ん張り

第三十五章 もう一踏ん張り


 亮太が帰ってきたとき、祖父の田辺源次は居間のテレビを見ていた。


 日曜の夕方だった。画面の中では、知らない町の名物を、知らない若者が食べている。


「爺ちゃん」


「ああ」


「ちょっと、話あるんだけど」


 亮太は隣へ座らず、テレビの横に立った。


 源次はリモコンを取り、音を下げた。


「金ならないぞ」


「違うって」


「じゃあ、座れ。そこじゃ見えん」


 亮太は座布団を引き寄せた。


 しばらく膝を擦ってから、機械を直した野田の話を始めた。


 源次は頷いた。


 あの家の孫だということは覚えていた。昔、修理へ持っていった機械のそばにしゃがんで、帰るまで離れなかった子どもだった。


 亮太の話は、花火に行き着くまでが長かった。


 町の工事。夜の車。杉浦の蔵。


 途中で一度、話の順番が戻った。


「それは聞いた」


「ああ、うん。で、そのあと」


 亮太が言い直す。


 源次は黙って聞いた。


 湯呑みの茶は、すっかり冷めていた。


     *


「つまり、あの杉浦が困っとる横で、花火を上げろと」


 源次が言うと、亮太は口を閉じた。


「……まあ、そうなる」


「けったいな注文だな」


「うん」


「客が怒る花火なんぞ、頼まれたことがない」


「客じゃないけど」


「自分の土地で勝手に上げられりゃ、怒るだろ」


 亮太は頷いた。


 しばらくして、顔を上げた。


「嫌なら、断っていいから」


 源次は亮太を見た。


「お前は、やってほしいんだな」


「……うん」


「杉浦が憎いか」


 亮太はすぐに答えなかった。


「腹は立つよ。でも」


 両手を膝へ置いた。


「爺ちゃんが、また花火の話してるとこ、見たい」


 テレビの中で、若者が笑った。


 源次は画面へ目を向けた。


 何を食べていたのか、もう分からなかった。


 家の者たちが施設の話をしていることは知っていた。


 そこへ入るのも悪くないと思っていた。息子も嫁も、自分の暮らしがある。いつまでも気にかけさせるのは、気が引けた。


 それを、亮太だけが何とかしようとしている。


 この頃は、出かけた先のどうでもいい話まで、わざわざしに来た。今日も、こんな話を抱えて帰ってきた。


「爺ちゃん?」


 源次はテレビを消した。


「その連中、連れてこい」


 亮太が顔を上げた。


「上げてくれるの?」


「話を聞くと言っとるんだ。お前の説明じゃ、何が何だか分からん」


「さっき、まとめたじゃん」


「大体は分かった」


「どっちだよ」


 源次は湯呑みを差し出した。


「茶、頼む。熱いやつな」


     *


 翌週の夜、野田から連絡が来た。


『源次さんが会うって。亮太から連絡来た』


 直樹は読み返してから、電話をかけた。


「本当に?」


『会うだけだよ。そこ、間違えないで』


「うん。会うだけ」


 机にあった紙を引き寄せる。


 電話を切ったあと、直樹は自分が何から話せばいいか考えた。


 小説の話なら、いくらでも出てきた。


 今度は、そこから始めない方がいい気がした。


     *


 五人が訪ねたのは、その週末だった。


 母屋の隣に、古い作業場があった。入口に重ねられた空箱が、片方へ寄せてある。


 源次は奥の椅子へ座っていた。


 野田が頭を下げると、源次は作業台を指した。


「いい具合になったな」


 修理した箱が載っていた。


「まだ使えるよ」


 野田が言った。


「うん。分かる」


 源次は短く答えた。


 亮太が椅子を運んできた。実へ渡そうとして一度見比べ、少し大きいものへ取り替えた。


「すみません」


「いえ」


 直樹が座ると、源次は顔を向けた。


「お前が、言い出したやつか」


「はい。三浦です」


「亮太から聞いた。今度は、お前の話を聞こうか」


 直樹は鞄から紙を出した。


 いつもの机とは違った。相手の方が先に黙って待っていると、どこから口を開けばいいか迷った。


「最初は、夜のトラックを見て」


 そこから話した。


     *


 源次は、直樹が話し終えるまで遮らなかった。


 久世が何度か補い、武藤は聞かれたことにだけ答えた。


 野田は、父親の仕事で知ったことと、自分たちで調べたことを分けて説明した。


 実は紙がずれないよう、端を押さえていた。


「五人で撮って、持って帰る。それを世間に出すんだな」


 最後に源次が言った。


「はい」


 直樹は頷いた。


「花火で集まった人が、何とかしてくれるのを待つつもりじゃないです」


「お前らは、逃げるんだな」


 直樹の返事が、少し遅れた。


「……はい」


「それでいい」


 源次は椅子へ座り直した。


「ぞろぞろ残って、花火の邪魔されても困る」


 亮太が源次を見た。


「爺ちゃんは?」


「上げるなら、最後まで見る」


「誰かに、何してるって言われたら」


「花火だと言う」


 亮太は口を開け、それから閉じた。


 直樹には、源次が冗談を言っているのか分からなかった。


 野田は分かったようだった。膝に置いた手を、一度握った。


「うちの父さんが頼んだ話じゃないです。俺が持ってきた話です」


「知っとる。さっき聞いた」


 源次は野田を見た。


「俺も自分で返事する。それだけだ」


 作業場が静かになった。


 源次は立ち上がった。


 亮太が思わず手を伸ばしかけると、源次は横を通り過ぎ、作業台の前に立った。


 箱の蓋に残る小さな傷を、指でなぞった。


「長いこと世話になったなぁ。もう一踏ん張りしてくれな」


 掌で、ぽんと撫でた。


 野田はその手を見ていた。


「直ったばっかりだよ」


 亮太が言った。


「だから、頼んどるんだ」


 源次は顔を上げた。


「で、いつだ」


     *


「来月の、ここです」


 久世がスマホのカレンダーを指した。


 土曜日の翌週、火曜日に小さな印があった。


「何が?」


 直樹が聞いた。


「町の現地確認。昨日出た会議の資料に、予定日が載りました」


 直樹は顔を近づけた。


 久世が資料の画面へ戻した。


 工事の進み具合と、そのあとの用地の扱いについて説明を受けるとあった。


「あと三週間くらいか」


 野田が言った。


「そこで、全部決まるんですか」


「全部ではないです。でも、町の人たちが現場を見る日は決まりました」


 久世は答えた。


 直樹は、野田が聞いた電話の言葉を思い出した。


 町の下見までに終わらせろ。


 向こうには、向こうの予定があった。


 土をかけ終えた場所を、人に見せる予定だった。


 直樹は紙の端へ日付を書いた。


「のんびり考えてるうちに、終わっちゃうね」


 野田が言った。


 直樹は頷いた。


     *


 それからの週も、五人は毎晩集まったわけではなかった。


 火曜日は直樹と武藤だけだった。


 水曜日は誰も来なかった。


 木曜日には、野田が仕事帰りに十五分だけ寄った。


「ここ。見直して」


 紙を一枚置いた。


 直樹が引き寄せると、野田の書いた図の横に、短い文字が並んでいた。


 できない理由が、三つあった。


「また増えた」


「減らすために書いてるんだよ」


 野田が言った。


 直樹はペンを取り、前の案へ線を引いた。


 杉浦を動かすことだけ考えると、外で待つ者のことが抜けた。


 人を集めることだけ考えると、自分たちのいる場所がなくなった。


 小説では一行で済むところに、いくつも引っ掛かった。


 それでも、最初の紙にあった疑問の全部が、残っているわけではなかった。


     *


 蔵の外側と内側は、同じ建物ではなかった。


 杉浦の紹介動画を見直すうちに、野田はそれを何度も言った。


「蔵の中へ、もう一つ部屋を作ってるんだよ」


 外の白壁。


 内側の頑丈な部屋。


 見せびらかすための建物の中に、見せないための場所がある。


 直樹は図を描き直した。


 扉について話し始めると、野田は首を振った。


「そこは触らない」


「うん。本人が開ける」


 直樹が答えた。


 人の通り道を作る話ではなかった。


 野田は機械の話をし、久世は条件の足りないところを挙げた。


 細かな部分を詰めると、直樹には分からない言葉が増えた。


「今の、もう一回」


 そう言う回数が多くなった。


 久世は少し考えてから、別の言い方で説明した。


 実が頷く。


「それなら、僕も分かった」


 直樹も、分かったところにだけ丸をつけた。


     *


 金曜日、武藤が昼休みにノートを出しかけた。


 隣のテーブルを見て、鞄へ戻した。


「今日、帰りに見せます」


「うん」


 直樹が答える。


「何、お前ら。秘密の相談?」


 同じ班の男が笑った。


「まあ、そんな感じです」


 直樹は弁当の蓋を取った。


「いい年して、楽しそうだな」


「楽しいですよ」


 答えたのは野田だった。


 男は少し口を開け、野田を見た。


 野田はもう、武藤の弁当の具を見ていた。


「それ、どこで買った?」


「駅前」


「そっちも安いんだ」


 話が続いた。


 直樹は飯を食べた。


 今夜、武藤が何を持ってくるのか、気になった。


     *


 武藤のノートには、図が増えていた。


 車を数えた最初のページより、線も文字も大きかった。


「見落としそうなところ、書きました」


 武藤はページを開いた。


「こっちばかり見てると、後ろが分からなくなるから」


 直樹は頷いた。


 自分なら、目の前の杉浦だけを見ていたかもしれなかった。


「誰が何を見るか、分けた方がいいです」


「そうしよう」


 直樹は紙を横へ並べた。


 武藤が一つずつ指し、久世が時間の前後を確かめた。


 実は手を膝へ置いて聞いていた。


 野田が、図の端へ短く書き足した。


 直樹はしばらくして顔を上げた。


「武藤さん、今日、よく喋るね」


 武藤の指が止まった。


 直樹は続けた。


「いや、助かるってこと。俺、その辺、全然考えてなかった」


 武藤は直樹を一度見た。


「……そこは、気になるから」


 ノートへ目を戻す。


「続けますね」


「うん」


 直樹も紙へ目を戻した。


     *


 花火のことは、源次が話を引き取った。


 使うのは、小さい二号玉だと言った。


「大きいのじゃなくても、人は気づきますか」


 直樹が聞くと、源次は眉を寄せた。


「気づくとも。小さい玉は、地味な花火だと思っとるのか」


「いや、そういう意味じゃ」


「ちゃんと見たことがないんだな」


 直樹は黙った。


 亮太が横で笑った。


 それから、源次の話が長くなった。


 昔上げた花火のこと。小さい玉で、どう客が喜んだかということ。


 武藤が一つ聞くと、源次はそちらを向いて、また話した。


 直樹は途中で野田を見た。


 野田は箱へ手を伸ばしかけていて、実がそっと袖を引いた。


「もう直ってるよ」


「分かってる」


 小声で答え、野田は手を膝へ戻した。


 亮太は笑いながら、源次の空いた湯呑みへ茶を注いだ。


     *


 帰り際、亮太が野田を呼び止めた。


「何か、悪いな」


「何が?」


「花火の話、長かっただろ」


 野田は首を振った。


「うちにも、ずっと小説の話する人いるから」


「聞こえてるよ」


 少し先で、直樹が振り返った。


 亮太が笑った。


 野田は作業場を見た。源次はまだ、久世へ何か話していた。


「元気じゃん」


「……うん」


 亮太は頷いた。


 しばらくして、もう一度頷いた。


     *


 準備は、仕事の合間に続いた。


 夜が更ける前に紙を畳み、翌日、また開いた。


 庭の水道を思い出したのは野田だった。松岡が教えた、散水のための設備の話をした。


「池の機械とは、別だからね」


 野田が言うと、実が頷いた。


「あの鯉は、びっくりさせたくないね」


「うん。池はそのまま」


 直樹は答えた。


 誰が何を持っていくかを書き出した夜、実は自分のスマホを出した。


「写真、練習してもいい?」


 直樹が机の本を立てた。


「それなら、この作者の」


 武藤が本を裏返した。


「裏の字、小さいから。撮って読めるか、見てみましょう」


「今、作者の話しようとしたんだけど」


 実は両手でスマホを持った。


 野田が台所へ行った。


 久世は撮った画像を拡大していた。


 直樹は一度、本を指したまま四人を見回し、それからペンを取った。


     *


 翌週の日曜日の夕方、直樹は一枚の紙を真ん中へ置いた。


 そこには、五人の名前があった。


「これなら、どう?」


 野田が読んだ。


 久世が自分の名前の横を見た。


 武藤がノートと照らし合わせた。


 実は一度最初まで戻ってから、頷いた。


「僕のところ、もう一回教えて」


「うん」


 直樹は実の方へ紙を向け、説明した。


 実が聞き返す。


 直樹が言い直す。


 野田が一つ付け足し、武藤がその横へ印を入れた。


 久世は最後に、日付を確認した。


 町の現地確認の前。


 五人とも仕事のない日。


 直樹はカレンダーへ丸をつけた。


「……決まったね」


 野田が言った。


 直樹は頷いた。


 急に、その日がただの休みではなくなった。


 武藤がペンの蓋を閉めた。


 実は立ち上がり、空いたコップを集めた。


「ご飯、炊く?」


 いつもの声だった。


 直樹は時計を見た。


「炊こう。今日、何食う?」


 野田が冷蔵庫を開けた。


 久世は資料を鞄へ戻した。


 机の上に残った五人の名前を、直樹はもう一度見た。


 その横に、さっき自分で書いた日付があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。