↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬鹿者どもが夢の跡  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/39

第三十三章 見てる人がいない

第三十三章 見てる人がいない


 木曜日の昼休み、直樹は弁当を食べ終えると、スマホへ短く打ち込んだ。


『今日、来られる?』


 向かいにいた野田のスマホが鳴った。


「いるよ」


「今じゃなくて、夜」


「分かってる」


 野田は画面を見ずに答えた。


 久世も頷き、武藤は仕事が延びなければと言った。


 実は口の中のご飯を飲み込んでから、返事を打った。


『行けます』


 直樹のスマホが鳴った。


 野田が笑った。


「口で言えばいいじゃん」


「みんな、こっちに書くのかなと思って」


 実はスマホをしまった。


 直樹は自分の画面を見た。


 五人の名前が、同じところに並んでいた。


     *


 その日の仕事は、予定通り終わった。


 帰りにスーパーへ寄ったが、直樹は何を買ったか、半分くらいしか覚えていなかった。


 部屋へ戻ると、机の上の本をまとめて動かした。


「何か思いついた?」


 野田が聞いた。


「ちょっと」


 直樹は紙を広げた。


 水。


 中を見る。


 本人が出す。


 久世が自分の鞄を床へ置き、その三つを読んだ。


「杉浦さんが、中が濡れていると知ったら、持ち出すってことですか」


「うん。大事なものなら」


 直樹は頷いた。


「扉を開けるのも、運び出すのも、本人がやる。俺らが金庫を壊すんじゃない」


 武藤は紙を見ていた。


「水が入るかどうかは、別として?」


「別として」


 直樹は答えた。


 野田が床へ座った。


「そこは、まだ分からないからね」


「うん。今は、出したあと」


 直樹は、本人が出す、の先へ線を引いた。


 その先は空白だった。


     *


「出したら、見るの?」


 実が聞いた。


「見る。そこに何があるか」


「僕たちが?」


「うん」


 直樹は答えた。


 実はもう一度、紙を見た。


「見て、おうちに帰る?」


 直樹はペンを持ったまま止まった。


 野田が少し笑った。


「それだと、調べただけだね」


 直樹は線の先へ、見る、と書きかけた。


 書かずに、ペンを置いた。


「俺らが見ただけじゃ、また同じか」


 武藤が頷いた。


「写真を撮るなら、近くじゃないと。坂からの動画も、中身までは分からなかったし」


「近づけば、気付かれるよね」


 野田が言った。


 久世は机の真ん中を見ていた。


「書類があったとして、その場で読めるとも限らないです」


「金が出てきたって、家に自分の金を置いてた、で終わる」


 直樹は言った。


 考えている間は、うまい案に思えた。


 本人に開けさせれば、その先は何とかなる気がしていた。


 だが、出てきたものを見られなければ、何も変わらない。


 杉浦は乾かして、またしまえばいい。


「見てる人が、いないんだ」


 直樹は呟いた。


     *


 野田が買い物袋から肉を出した。


「とりあえず、冷蔵庫入れるよ」


「ああ、ごめん」


 直樹は立ち上がり、炊飯器を見た。


 まだ、炊き上がるまで時間があった。


 実が野菜を流しへ持っていった。


 武藤は窓の外を見ていた。


「あの家、外からだと庭の奥、ほとんど見えないですよね」


「塀も長いし」


 直樹が答えた。


「大きい家、面倒だな」


 久世が動画の画面を開いた。


 杉浦の庭が、明るい光の中で映っていた。


「この撮影なら、近くまで行ってますけど」


「カメラ連れて行って、見せてくださいって?」


 直樹が聞くと、久世は首を振った。


「無理ですね」


 野田が台所から顔を出した。


「人に見せるのは、好きなんだけどね。鯉と庭は」


 実が水を止めた。


「蔵は、見せたくないんだ」


「そう」


 直樹は紙へ目を戻した。


「見せたいとこだけ見せてる」


     *


 野田が冷蔵庫を閉めた。


 武藤はまだ、窓の外を見ていた。


「人って、何かあれば見には来ますよね」


「何かって?」


 直樹が聞いた。


「前に、泊まった先で花火が上がったことがあって。音がしたから窓を開けたら、隣の部屋の人も、その隣も見てたんです」


「大会?」


「あとから調べたら、旅館の催しでした。知らなかったから、何だろうと思って」


 武藤が窓から離れた。


「外にも人が出てました。みんなスマホ向けて」


 直樹は机の紙を見た。


 見てる人がいない。


 その言葉の下で、ペンが止まった。


「花火か」


     *


「杉浦んちの方で、急に花火が上がったら」


 直樹が言うと、野田が顔を向けた。


「目立つだろうね」


「近所の人、出てくるよね。何やってるんだって」


 武藤が頷いた。


「音がしたら、見ると思います」


「でも、その人たちが、蔵の方まで見るとは限らないですよね」


 久世が言った。


 直樹は頷いた。


「花火を見に来るんだからね」


「じゃあ、書類は誰が撮るの」


 野田が聞いた。


「俺ら」


 直樹は答えた。


 実が水を止めた。


「僕たちも、近くに行くんだ」


「うん。杉浦が出したものを、ちゃんと撮る。そのために、人がいてほしい」


 直樹は紙へ、撮る、と書いた。


「二人で蔵を見てたら、何してるってなるでしょ。でも、あっちもこっちも人が来て騒いでたら、杉浦だって俺らだけ見てられない」


 武藤は紙を見ていた。


「花火だけ見て、帰る人もいますよ」


「いると思う。全員に何かしてもらうつもりじゃないよ」


「撮ってくれる人がいなかったら?」


「だから、俺らが撮る」


 直樹は武藤を見た。


「見知らぬ誰かが、都合よく証拠を撮ってくれる話にはしない。そこまで小説みたいにはいかないでしょ」


 野田が少し眉を上げた。


「三浦さんが言うんだ、それ」


「俺だって、多少は考えるよ」


「多少ね」


 直樹は言い返しかけたが、紙の文字を指した。


「それを持って帰って、外に出す。SNSに載せれば、杉浦がまた蔵へしまっても、写真は残る」


 久世が顔を上げた。


「その場で、全部読むのは無理だと思います」


「読めなくても、撮ってあればあとで見られるよね」


「写っていれば。数字や文字が見えない写真だと、確かめられないので」


 直樹は頷き、撮る、の下へ線を引いた。


 武藤が自分のスマホを机へ置いた。


「載せるのは、帰ってからでもいいですよね」


「うん。そこで立ち止まって、文章考えてる場合じゃない」


「三浦さん、長くなりそうだし」


「説明は必要でしょ」


「帰ってからで」


 直樹は武藤を見て、それから頷いた。


「帰ってから」


 実がざるへ野菜を移した。


「みんな、帰ってくるんだね」


 野田が顔を向けた。


「そりゃね。そこに残ってても困るし」


 直樹は、撮る、の先へ線を引いた。


 帰る。


 外へ出す。


 まだ、どこまでできるかは分からなかった。人が来たからといって、蔵に近づけると決まったわけでもない。


 それでも、出したら何とかなる、と思っていたときとは違った。


「写真を撮れなかったら、花火で騒がせただけだよ」


 野田が言った。


「うん。そこは、失敗」


 直樹は答えた。


「誰かが何とかしてくれるのを、待つんじゃない」


 野田は紙を見て、短く頷いた。


「先に告知は、しないんですよね」


 久世が聞いた。


「しない。杉浦に知られたら、始める前に終わるし」


 直樹は答えた。


「花火が上がって、何だって人が出てくる。まずはそれ」


 武藤が窓へ目をやった。


「花火の動画は、上げる人もいるでしょうね。何やってるんだって」


「いるかもね。でも、それはその人がすること」


 直樹は机の紙を少しずらした。


 蔵から物を持ち出している杉浦。


 突然の花火。


 何事かと外へ出てくる人たち。


 自分たちも、その中にいる。


「あとで、あの家に誰も来なかったことには、できなくなる」


 野田が言った。


 武藤が小さく息を漏らした。


「相当、怒るでしょうね」


「怒るだろうね」


 直樹も笑った。


     *


「でも、花火って、どうするの」


 野田が聞いた。


 直樹のペンが止まった。


「売ってるやつじゃ、すぐ終わるよね」


「花火大会みたいなやつなら、俺は作れないよ」


「うん。分かってる」


「上げるのだって、俺が機械を直せるのとは別だから」


 直樹は頷いた。


 久世がスマホへ目を落としかけ、やめた。


「頼めば、お金もかかりますよね」


「まず、頼める話じゃないと思いますけど」


 武藤が言った。


 机の上には、スーパーの値引きのシールがついた肉があった。五人とも、それを見ないようにしたわけではなかったが、しばらく黙った。


 実がざるを置いた。


「亮太さんのお爺さん、もう花火は上げないんだよね」


 野田が顔を上げた。


「田辺さんとこの?」


「うん。綺麗にして、しまうって」


「……うん」


 野田は自分の鞄を見た。


「誰?」


 直樹が聞いた。


「田辺亮太。前に話した花火屋さんの孫。大山さんも、うちで会ったんだ」


 野田は答えた。


「お爺さんが源次さんっていうの。あの機械、もう返したんだけど」


 野田はスマホを取り出した。


「古いのに、ちゃんと動くようになったって。源次さんが喜んでたって、亮太から連絡が来た」


「直ったんだ」


 実が笑った。


「うん。蓋も綺麗になってたってさ」


 実は自分の手を見て、指を軽く握った。


 野田は画面を開いた。


 返したあとに送られてきた写真があった。作業場らしい場所で、源次が箱の前に座っている。蓋に片手を置き、カメラの方を見ていた。


 その下に、亮太からの短い礼が残っていた。


「家族だけでやってるところでさ。仕事がなくなって、店じまいするんだって」


 直樹はスマホを覗き込みかけたが、野田がまだ自分の方へ向けているので、途中でやめた。


「その人に頼むの?」


 野田はすぐには答えなかった。


 あの日、作業台の前で俯いた亮太の顔を思い出していた。


 俺は、まだ家にいてほしいんですけどね。


「……まず、亮太に今どうしてるか聞いてみる」


 野田は言った。


「引き受けるかもなんて、分からないからね」


「うん」


 直樹はペンを置いた。


 炊飯器が鳴った。


 実が丼を取りに立ち、武藤は机の紙を端へ寄せた。


 野田は短いメッセージを打った。


『機械、その後どう?』


 送ってからスマホを伏せ、肉のパックを持って台所へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。