第三十二章 ご自慢の蔵
第三十二章 ご自慢の蔵
翌日の昼、直樹は実へ本を見せた。
「水、出てきたよ」
「どうなった?」
「止めた」
「よかったね」
実は素直に頷いた。
野田が箸を止めた。
「そっちの話になったの?」
「いや、穴掘る話の途中で、水が出て」
「だから、掘らないでしょ」
「掘らないけど、最後まで読んだんだよ」
直樹は本を鞄へしまった。
武藤が弁当を持ってきた。
「何か分かりました?」
「土がどこ行ったかは、やっぱり書いてなかった」
「そっちじゃなくて」
直樹は顔を上げた。
武藤の目が少し笑っていた。
「ああ。杉浦の方」
声を落とす。
「まだ」
武藤は向かいへ座った。
久世は少し遅れて来て、スマホを机へ置いた。
「家の紹介、ありました」
直樹は箸を置いた。
*
記事は、地元の暮らしを紹介する情報誌のものだった。
杉浦の名前で検索すると、会社の話や寄付の記事に交じって出てきたらしい。
庭の特集だった。
写真の杉浦は、池を背にして立っていた。
タイトルには、丹精の庭、とあった。
「手入れは、松岡さんがしてるけどね」
野田が言った。
「頼んでるのも、丹精に入るのかな」
直樹が画面を送った。
赤い葉の木。
庭石。
鯉。
実が写真へ顔を寄せた。
「この白いの、見たのと同じかな」
「分からない」
野田が答えた。
「値段は、同じこと言ってる」
杉浦のコメントには、買い求めたときの話が載っていた。
直樹が先へ送る。
白い壁の建物があった。
「これ」
久世が言った。
野田が頷く。
「あの蔵だ」
その下には、杉浦の言葉があった。
『気に入ったものは、長く手元に置きたいんです。そのための場所にも、きちんと費用をかけています』
「何しまってるんですかね」
武藤が聞いた。
久世は首を振った。
「中身は載ってないです。ただ、別の短い動画にも出ていて」
食堂の時計を見た。
午後の始業まで、あと少しだった。
「帰ってから、送ります」
直樹は画面から顔を離した。
誰のスマホなのか忘れて、自分の方へ寄せかけていた。
*
午後の作業中、直樹は一度だけ蔵のことを考えた。
そのまま手を動かすと、数が分からなくなりかけた。
最初から数え直した。
「三浦、そろそろ替わって」
「はい」
交代して、今度は箱を閉じる側へ回った。
流れてくるものは止まらない。
休憩を挟み、また同じ作業をした。
帰り道でスマホを見ると、久世から動画の場所が届いていた。
直樹はコンビニへ入るのをやめ、そのままアパートへ向かった。
*
動画は、町の情報サイトが作ったものだった。
公開日は、今の工事が始まるより前だった。
庭を映し、杉浦が説明する。
直樹は最初から見た。
途中で、再生を止めた。
野田へ電話する。
「見た?」
『今、見てる』
「これ、蔵のところ」
『うん。俺もそこ』
直樹は少し戻した。
杉浦が白い建物の前へ立っていた。
撮影する人が、中を見られるか尋ねる。
杉浦は笑って、手を横へ振った。
『それは勘弁してください。ここだけは、私の城ですから』
画面が外扉の内側へ切り替わった。
もう一つ、頑丈そうな扉があった。
中身は映らなかった。
『蔵の中に、保管用の部屋を造ってあります。外側だけ立派でも、肝心なところが頼りなければ仕方ありませんからね』
杉浦の声が重なる。
直樹はまた止めた。
「二つあるんだ」
『外の蔵と、中の部屋か』
野田が言った。
直樹は再生した。
撮影する人が、防犯も万全ですね、と言った。
杉浦は、そこで少し得意そうな顔をした。
『出入りは私だけです。人に任せるより、その方が確実でしょう』
スマホを取り出す。
画面は、はっきり映されなかった。
杉浦の手元を示す映像に、声だけが続いた。
『中の様子も、これで見られます。毎日、最後に確かめるのが習慣になっていますよ』
直樹は息を吸った。
電話の向こうで、野田が小さく言った。
『それか』
「蔵から戻って、見てたやつ?」
『それかもしれない』
画面の杉浦は、スマホをポケットへ戻していた。
*
その夜は、五人では集まらなかった。
直樹は一人で弁当を食べながら、動画を何度か戻した。
久世からメッセージが来た。
『中身や扉の仕組みまでは分からないです』
続けて、武藤から届いた。
『でも、中を見る方法は本人が持ってるんですね』
直樹は箸を置いた。
『毎日見るって言ってた』
自分でも送った。
野田が続いた。
『古い動画だから、今も同じかは分からないけど』
『最近も、戻ってからスマホ見てたんだよね』
『うん』
直樹は動画を止めた。
見せたくないものの話なのに、杉浦自身が説明していた。
費用をかけたこと。
誰にも任せないこと。
自分なら確実だということ。
中身を隠すことと、自慢をしないことは、別らしかった。
直樹はメモを開いた。
昨日書いた、スマホ、の横に短く足す。
中を見る。毎日確認。
その下に、水、と書いた。
まだ二つの間は、空いていた。
実からメッセージが来た。
『植物も毎日見た方がいいよ。元気なくなるとすぐ分かるから』
直樹は少し笑った。
『金も心配なんだろうね』
送ってから、実がどう返すかを待った。
『大事なんだね』
直樹は画面を見た。
実は、たぶん、そのままの意味で言っていた。
大事だから、毎日確かめる。
大事なものが危なくなったら、放ってはおけない。
直樹は動画の杉浦を見た。
この男は、自分の金を他人に任せたくない。
ならば、何かが起きたときにも、自分で動くのではないか。
直樹は書きかけのメモへ目を戻した。
弁当は、もう冷めていた。




