第二十七章 端数まで
第二十七章 端数まで
杉浦隆造は、封筒の中身を二度数えた。
一度目は、向かいに座る男の話を聞きながら。
二度目は、黙って。
座卓の上に、紙幣の束が四つ並んだ。
「少ないな」
杉浦が言うと、男は膝の上で両手を揃え直した。
「先月より、車が減っておりますので」
「減った分は、ここだろ」
杉浦は手元の紙へ指を置いた。
日付と、会社ごとの数字が並んでいた。
交流会の冊子で笑っていた男は、今は笑っていなかった。
「こちらの二台分が、まだ入っておりませんで」
「お前のところの回収の話をしてるんじゃない」
杉浦は紙を押した。
「入れたんだろう?」
「はい」
「だったら、決めた分を持ってこい」
男は頷いた。
杉浦はもう一度紙を見た。
「あと、この処分費。昼の見積もりの方だ」
「そちらも、変更分を入れてあります」
「何でここを上げた」
男が鞄から別の書類を出した。
作業が増えた箇所と、修正した数字を説明する。
杉浦は最後まで聞き、不要だと思った一行を爪の先で叩いた。
「こっちは減らせるだろ」
「それは、実際に人を出しておりますので」
「お前のところで回せば済む話だ」
男は紙を見つめた。
庭の方で、鳥が鳴いた。
*
「問い合わせが来ておりまして」
男が言った。
杉浦は紙幣を封筒へ戻していた。
「聞いてる」
「こちらにも、同じようなものが」
「適当に答えておけばいい」
「夜間の搬入を見ているようです」
杉浦は封筒の口を折った。
「道から車くらい見えるだろう」
「ええ。ただ、現場でも、何を入れているのかと聞かれたそうで」
「近所か?」
「分かりません。若い男だったと」
杉浦は鼻から短く息を出した。
工事をすれば、音がうるさいと言う者がいる。
車が来れば、邪魔だと言う者がいる。
何もなければ、町に仕事がないと言う。
「余計なことを喋らせるなよ」
「それは、もう」
「現場の説明は窓口にまとめろ。聞かれた奴が、それぞれ違うことを言う方が面倒だ」
男は頷いた。
杉浦は時計を見た。
「それより、終わるんだろうな」
「予定通りです」
「見えるものは残すな。来月には、町の連中も見に来る」
「承知しております」
男が答える。
杉浦は町への売却を協議した際の資料を、一枚だけ引き寄せた。
土地の価値を説明するための数字が載っていた。
駅からの距離。道路の幅。使える面積。
昔の工場が消え、地面が平らになれば、紙の上の話を進められる。
その下に何があるかを、自分から説明する必要はなかった。
*
男は鞄へ書類を戻した。
「こちらの控えは」
「置いていけ」
杉浦が言った。
男の指が止まった。
「会社ごとの分もですか」
「照らし合わせるのに要る」
「ですが、そういったものを残すのは」
杉浦は顔を上げた。
「お前が持ってる方が危ないだろう」
男は黙った。
「次に数字が合わなかったら、何で確かめるんだ」
杉浦は紙の上に手を置いた。
「記憶で払うのか?」
「いえ」
「だったら、置いていけ」
男は小さく頭を下げた。
杉浦は書類を揃え、封筒と一緒に自分の脇へ寄せた。
*
男の車が門を出ると、杉浦は座敷の戸を開けた。
庭は静かだった。
池の縁へ立つ。
水面の下で、紅白の鯉が向きを変えた。
先日、枝を落とさないよう何度も注意した庭師は、きれいに片付けて帰ったらしい。
小さな葉が一枚、水に浮いていた。
杉浦はそれを見てから、池の向こうの蔵へ歩いた。
外から見れば、白い壁の建物だった。
中は違った。
もう一つ部屋を造り、出入り口を二重にしてある。
杉浦は扉を開け、灯りをつけた。
棚には箱が並び、紙の束がそれぞれ分けて収められていた。
新しい封筒を置く。
別の箱から帳面を出し、さっきの紙と数字を照らし合わせた。
合わなかった分には、印をつけた。
相手は、大きな金が動いていると細かな違いが目立たないと思っている。
杉浦は、そういうところを見逃さなかった。
自分の取り分だった。
書き終えると、受け取った紙も一緒に収めた。
銀行へ入れてしまえば、人の手も目も入る。
ここなら、自分で確かめられる。
誰かの会社で火事が起きても、社員が辞めても、ここのものは動かない。
杉浦は棚を眺めた。
この土地のことで、まだ受け取る金がある。
そのあとには、別の話も進んでいた。
町で成功した男として、もっと広い場所へ出る。
すでに、そのために人は動き始めていた。
杉浦は帳面の箱を奥へ戻した。
*
家へ戻り、杉浦はスマホを開いた。
蔵の中の映像が出る。
さっき自分で閉じた棚が、画面の中にあった。
何も動いていなかった。
扉も閉まっていた。
杉浦は少し見てから、画面を切り替えた。
次の会合の予定が届いていた。
出席する、と短く返した。
*
その頃、直樹は袋の口を閉じていた。
数を確かめ、箱へ入れる。
向こうの台で野田が手を止めた。
班長がそちらを向いたので、直樹も見た。
「音、変わりました」
野田が言った。
「触るなよ。こっちで見るから」
「はい」
野田は両手を作業台へ置いた。
直樹は自分の手元へ戻った。
午後の休憩には、武藤がスマホを持ってきた。
「会社のページに、新しい写真が出てました」
交流会の写真だった。
杉浦と、工事会社の社長が握手していた。
「また、町のためって書いてある」
直樹が言った。
武藤は画面を送った。
二人は笑っていた。
直樹は腕を組んだ。
「家では、何の話をするんだろうね」
「工事の話は、すると思いますけど」
「うん。その、どっちの話かだよね」
武藤が頷いた。
直樹は写真の端まで見た。
そこには、式典の机と、飾られた花しかなかった。




