↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬鹿者どもが夢の跡  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/39

第二十六章 その本には書いてない

第二十六章 その本には書いてない


 火曜日の昼、直樹は弁当の横へ文庫本を置いた。


 武藤が表紙を見た。


「また読んでるんですか」


「前に読んだやつ。ちょっと確かめたいことがあって」


「何を?」


 野田が椅子へ座った。


 直樹は口を開きかけ、隣のテーブルを見た。


 従業員が二人、テレビを見ながら飯を食っていた。


「あとで」


「珍しいね」


 野田が言った。


 直樹は本を鞄へ戻した。


 久世が弁当を持って来て、空いた場所へ座った。実はまだ、電子レンジの前に並んでいた。


「今日、うち来る?」


 直樹が聞くと、野田は頷いた。


「少しなら。明日、早いから」


「俺も」


 武藤が答えた。


 久世はスマホで家へ連絡を入れた。


 直樹は弁当を食べ始めた。


 話したいことがあると、午後は長かった。


     *


 終業間際、袋に入れた製品の数が合わなくなった。


 直樹の持ち場ではなかったが、出荷分を揃えるために作業が一度止まった。


 台に残ったものと、箱に入ったものを分けて数える。


 直樹も一箱受け取った。


 隣で野田が袋を揃え、実が空いた台車を運んでくる。


「こっち、あと二つ入る」


 直樹が言うと、野田が頷いた。


 少し離れた場所で、班長が数を読み上げていた。


 久世が紙へ印をつける。


 武藤は最後の箱の表示を確かめ、台車へ載せた。


 全部揃った頃には、予定の時刻を三十分過ぎていた。


 更衣室で、野田が肩を回した。


「今日は短くね」


「分かってる」


 直樹は鞄の本を押し込んだ。


     *


 夕飯は、帰りに買った惣菜と直樹の米だった。


 机へ皿を並べると、実がいつもの丼を取った。


 野田は時計を見てから箸を割った。


「で、その本、何?」


 直樹は待っていたように鞄を開けた。


「蔵って、中に何かあっても分からないじゃん」


「うん」


「扉から入ると思うから、難しいんだよ」


 武藤が箸を止めた。


「……入るんですか?」


「いや、例えばの話」


 直樹は本を開いた。


「この話で、銀行の隣の建物を借りる奴がいるんだよ。それで、地下から穴を掘る」


 野田は口の中のものを飲み込んだ。


「杉浦さんちの隣、借りるの?」


「そういうことじゃなくて。下からなら、扉は関係ないってこと」


 直樹は見取り図を見せた。


 武藤が顔を寄せ、久世は少し離れたところから見た。


 実は丼を持ったまま頷いた。


「もぐらみたいに?」


「そう」


 直樹は実を指した。


「それ」


     *


「どこから掘るんですか」


 武藤が聞いた。


「そこは、まだ」


「庭、広かったですよ」


「だから、本みたいに近いところがあれば」


 野田が図を指した。


「こっちは建物がくっついてるじゃん」


「うん」


「杉浦さんち、蔵まで庭があるよ」


「それは分かってる」


 直樹はページを戻した。


 距離について書いてあったはずだった。


 見つける前に、久世が聞いた。


「掘った土は、どこへ置くんですか」


 直樹の指が止まった。


「……少しずつ、外へ」


「どのくらい出るんだろう」


 野田が言った。


「あの工事で、車が何台も来てるよね」


 武藤が頷いた。


「それを今度は、俺らが運ぶ?」


 直樹はページをめくった。


 穴を掘り始めたところ。


 道具のことで揉めるところ。


 途中で水が出たところ。


「水、出るの?」


 野田が横から言った。


「この小説では」


 直樹は先へ進んだ。


 肝心の土が、どこへ行ったか分からなかった。


 工事の記録を読んだときより、熱心に探した。


 途中から、登場人物の過去の話になっていた。


「……もちむぎ、土の処理まで書いてくれ」


 直樹は呟いた。


「誰?」


 実が聞いた。


 直樹は表紙を見せた。


 作者名に、もちむぎ、とあった。


 野田が笑い出した。


     *


「その作者、掘ったことないんじゃない?」


「そりゃ、たぶんないよ」


 直樹は本を閉じた。


 武藤も笑っていた。


「俺らも、ないですけど」


「俺、庭の穴ならあるよ」


 野田が言った。


「何で?」


「爺ちゃんが木を植えるって。途中から、爺ちゃんの方が早かった」


 実は丼を置いた。


「植え替えでも、結構土こぼれるよ」


「鉢の話?」


「うん」


 直樹は頷き、本を鞄へ戻した。


「じゃあ、掘らない」


「じゃあ、じゃなくて」


 野田はまだ笑っていた。


 久世は、机の上に残ったレシートを持ち上げた。


「そもそも、蔵に何があるかも分かってないですし」


「そうなんだよね」


 直樹は頬杖をつきかけ、肘の横に皿があるのを見て手を戻した。


「知りたいことと、できることが全然違う」


「穴を掘るのは、できることにも入ってなかったですね」


 武藤が言った。


 直樹は武藤を見た。


 武藤は箸で惣菜を一つ取り、皿を真ん中へ戻した。


「……まあね」


 直樹は答え、自分も一つ取った。


     *


 食後、野田は台所でコップを洗った。


 実が拭き、久世が机の上を片付けた。


 直樹は武藤と、配られた工事会社の冊子を見ていた。


 社長の挨拶のページに、交流会で見た男の顔があった。


「杉浦の家には行くけど、何してるか分からない」


 直樹が言った。


「現金で庭の代金を払うけど、それは別に変な金とは限らない」


 武藤が頷いた。


「蔵はあるけど、中身は知らない」


 直樹は自分で言いながら、少し嫌になった。


「分からないばっかりだね」


「でも、家で会うとは言ってました」


 武藤は冊子の顔写真を指した。


「この人と」


 直樹は頷いた。


 そこだけは、二人とも聞いた。


「会社に行くんじゃなくて、家なんだよね」


 野田が布巾を置き、時計を見た。


「今日は、そこまでにしようよ」


 直樹も時計を見た。


 明日も朝から仕事だった。


「うん」


 冊子を閉じる。


 実が鞄を持ち、武藤が机の下のノートを拾った。


 久世が靴を履いている間、野田は玄関の脇に立って待った。


 直樹は四人を見送り、扉を閉めた。


 鞄から文庫本を出す。


 もう一度、穴を掘り始めるページを開いた。


 やはり、土の処理は書いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。