第二十五章 領収書
第二十五章 領収書
武藤の行きつけの店で、野田は長いこと棚の前にいた。
直樹は五分で見るものがなくなった。
袋に入った小さな部品が、壁いっぱいに並んでいる。
武藤が説明してくれたが、どの部品も、ほかの部品と組み合わせる必要があるらしかった。
「結局、一個じゃ使えないんだ」
「そういう部品だから」
武藤が答えた。
野田は隣で別の袋を見ていた。
「面白いね」
武藤が頷く。
二人はまた、直樹には分からない話を始めた。
実が足元の籠へ目を落とした。
「これ、植木鉢の下に置くのに、よさそう」
久世も覗き込んだ。
滑り止めの敷物だった。
「安いね」
実は値札を見て、一枚取った。
直樹だけ、何も買わずに店を出た。
*
「さっきの庭師さん、名前は?」
帰り道で直樹が聞くと、野田は答えた。
「松岡さん」
「爺ちゃんの友達?」
「爺ちゃんの方が、ずっと上だけど。うちの木、昔から切ってもらってた」
「今も?」
「親父が頼んでる」
野田は店で買った袋を、上着のポケットへ入れた。
「杉浦の庭、いつからやってるんだろうね」
「知らない」
「庭の人なら、家のこともいろいろ知ってそう」
野田は少し顔を向けた。
「聞いてみる?」
「うん。でも、工事のことをいきなり聞くのは、やめた方がいいか」
直樹はあの門を思い出した。
あそこにもカメラがあった。
門の前で会った五人の顔は、もう残っているかもしれない。
野田は頷いた。
「爺ちゃんの知り合いだし、変に巻き込むのは嫌だな」
「うん」
直樹も頷いた。
松岡が何か知っているかどうかさえ、まだ分からなかった。
*
翌週、野田は実を連れて実家の作業場へ寄った。
直樹たちとは、夕方に部屋で会うことになっていた。
実は、あの機械が直ったか気にしていた。
作業台は片付いていて、四角い箱はなかった。
「返したよ」
野田が言うと、実は頷いた。
「直ったんだ」
「うん。向こうでも確かめてもらった」
「よかったね」
実は空いた作業台を見た。
「花火、ちゃんと上がるといいね」
「それは、あっちの仕事だけどね」
野田は笑い、棚へ道具入れを戻した。
表の方で車が止まった。
「おーい」
声がして、野田が顔を上げた。
松岡が、工具の箱を抱えて入ってきた。
「お父さん、いるか」
「今、出てる。どうしたの」
「これ、また止まっちまってな。急ぎじゃないから、見といてくれ」
箱の中には、庭の手入れに使う道具が入っていた。
野田が受け取り、作業台へ置く。
「前と同じ?」
「たぶん。使ってると途中で止まる」
松岡は実を見た。
「この前の」
「こんにちは」
実は頭を下げた。
「鯉、好きなのか」
「大きかったから」
「あそこのは、いい値段だぞ」
松岡は笑った。
野田が道具の外側を確かめながら言った。
「杉浦さんち、あんなに広いと思わなかった」
「手がかかる庭だからな」
「昔からやってるの?」
「あそこを建てたあとから。もう何年にもなる」
松岡は椅子を見つけ、少し腰を下ろした。
*
「あの白い建物も、昔からあるの?」
野田が聞いた。
「池の向こうの?」
「うん」
「蔵。家とは別に建てたんだよ」
実が顔を上げた。
「何入ってるの?」
「さあなあ」
松岡は肩をすくめた。
「大事なものらしいけど。庭の仕事で中まで見ないからな」
野田は頷いた。
「お金持ちの家って、いろいろあるね」
「金のかけ方が違うんだよ。鯉だって一匹いくらするか、行くたびに聞かされる」
松岡は自分の膝を叩いた。
「枯れた木を一本抜くとなったら、見積もりの隅まで読むくせにな」
「払ってくれないの?」
「払うよ。きっちり、現金で」
松岡は笑った。
「そこは間違いない。自分で封筒持ってきて、その場で数えて渡すから」
野田の手が少し止まった。
「振り込みじゃないんだ」
「あの家の仕事はな。会社の仕事とは違うんだろう」
実が折り畳み椅子に座り直した。
松岡は腰を伸ばしてから、思い出したように言った。
「この間なんか、領収書いらないって言うんだよ」
「何で?」
「細かい分はいい、って。こっちはよくないから、置いてきたけど」
松岡は立ち上がった。
「金額は細かく見るのに、変なところが大雑把でな」
野田は道具を箱へ戻した。
「親父に言っとく。止まるって」
「頼む。俺も携帯に入れとくわ」
松岡は実にも手を上げ、表へ出ていった。
*
直樹の部屋へ着くと、武藤と久世がもう来ていた。
机には、あの日配られた会社の冊子があった。
「松岡さん、来たよ」
野田が言うと、直樹が顔を上げた。
「庭師さん?」
「機械、預けに」
野田は座り、さっきの話をした。
白い建物は蔵だったこと。
中は見たことがないこと。
仕事の代金は、杉浦が現金で払うこと。
「領収書、いらないって?」
直樹が聞き返した。
「うん。でも、松岡さんは置いてきたって」
「そういうもん?」
直樹が久世を見る。
「自宅の手入れなら、会社の経費とは別だと思うので。それだけでは」
「うん。分かってる」
直樹は頷いた。
野田は鞄から、菓子の小袋を出した。
「松岡さん、父親の方にも言うって言ってた。詳しく聞きたいなら、今度会ったときでいいと思う」
「庭の仕事の話くらいにしとこう」
直樹は言った。
「勝手に、俺らの調査員にしちゃ駄目だよね」
野田は頷いた。
*
実が机の紙を見ていた。
二つの会社の間に、疑問符があった。
「あの工事の社長さんも、家に行くんだよね」
「そう言ってた」
直樹が答えた。
「庭の代金も、おうちで払うんだ」
「うん」
実は頷き、それ以上は言わなかった。
直樹は二本の矢印を見た。
「仕事の金は、会社にあると思ってたけど」
久世がこちらを見た。
「もし表に出せない金なら、会社の帳簿に載せるわけにいかないよね」
武藤がペンを取った。
「家に持って帰る?」
「かもしれない」
直樹は答えた。
思い浮かんだ蔵には、自分で見たことのない中身まで詰まっていた。
札束。帳簿。誰にも見せない書類。
直樹は首を少し振った。
「……今のところ、小説だったら、って話だけど」
武藤は日付を書いたあと、その横へ、松岡さんの話、と記した。
蔵の中身の欄は、作らなかった。




