第二十四章 塀の向こう
第二十四章 塀の向こう
杉浦の家へ行く前に、五人は直樹の部屋へ寄った。
焼きそばの空き容器を捨て、貰ってきた冊子を机へ置く。
野田は展示でもらった小さな部品をポケットから出した。
「それ、買ったの?」
直樹が聞いた。
「くれた」
「何するもの?」
「見本。加工したところが分かるように」
野田は指で撫でてから、またポケットへ入れた。
武藤が地図を開いた。
「家、ここです」
工場のある辺りより、少し川上だった。
直樹は画面を覗いた。
「これ、どこまでが家?」
「家の敷地は、塀があるところまでだと思います」
「広いね」
実が言った。
野田が直樹の部屋を見回した。
「本、置き放題じゃん」
「そういう家じゃないでしょ」
直樹は言ったが、部屋を一つ本棚で埋められるのはいいと思った。
*
川沿いの道から一本入ると、歩く人が少なくなった。
家と家の間も広かった。
武藤は地図を一度確認してから、先へ進んだ。
直樹はその隣を歩いた。
「前に来たのは、何で?」
「この先の店に、装備を見に行ったときです」
「こんなところに店あるんだ」
「小さいですけど。中古も置いてて」
武藤は道の先を指した。
「その帰りに、何の施設だろうと思って」
「家だった?」
「表札があったので」
角を曲がると、長い塀が現れた。
まだ門は見えなかった。
塀沿いに歩く。
実が上を見た。
手入れされた木の先が、いくつも出ていた。
その向こうには、山の木々が重なっていた。庭木とは違う、濃い緑だった。
「いっぱいあるね」
直樹は相槌を打った。
それから何本か歩いて、ようやく門へ着いた。
*
杉浦、と書かれた表札は、直樹の家の郵便受けより大きかった。
門の向こうには、車が何台も停められそうな場所があった。
その先に庭があり、家があった。
「これ、一軒?」
直樹が言った。
「地図では」
久世が答えた。
野田は門柱の上を見ていた。
「カメラ、すごいね」
直樹も目を上げた。
黒い丸い部分が、こちらへ向いていた。
武藤が少し足を動かした。
「ずっと立ってると、変じゃないですか」
「もう立ってるけど」
直樹が言うと、野田が歩き出した。
五人は門の前を通り過ぎた。
その途中で、実が言った。
「池、少し見えた」
「鯉いた?」
「魚は見えなかった」
直樹は振り返りかけ、やめた。
長い塀は、まだ続いていた。
*
通りの先には、小さな公園があった。
五人は端のベンチへ座ったり、その前へ立ったりした。
杉浦の家を見た。
それで、何か分かったわけではなかった。
「大きかったね」
実が言った。
「うん」
直樹は答えた。
「どうする?」
野田が聞いた。
直樹は家のある方を見た。
ここから見えるのは木の先だけだった。
「どうしようね」
自分でも、頼りない返事だと思った。
小説なら、様子を見に行ったところで誰かが揉めている。
あるいは、ちょうど大事な話をしている。
現実の杉浦の家は、静かだった。
武藤が会場でもらった冊子を袋から出した。
「さっきの社長、何時に来るかなんて、分からないですしね」
「そもそも今日じゃないかもしれない」
久世が言った。
「言ってなかったもんね」
直樹は頷いた。
実が自分の靴先を見た。
「来ても、仕事の話をするんだよね」
「そう」
直樹は答えた。
「それが何の仕事か、知りたいんだけど」
野田はベンチの背へ手を載せた。
「あそこに住むって、どんな感じなんだろ」
直樹は庭を思い出した。
玄関から門まで行く間に、朝の時間を使いそうだった。
「忘れ物したら、大変そう」
武藤が少し笑った。
「三浦さん、バスに間に合わないですね」
「家のせいだから、それは」
野田も笑った。
*
しばらくして、五人は公園を出た。
武藤が言っていた店へ寄ることになった。
直樹は道の途中で、あの門をもう一度見た。
今度は開いていた。
中に、小さな作業車が停まっていた。
荷台には切った枝が積まれている。
作業着姿の年配の男が、門の内側で若い男へ何か指示していた。
野田が足を緩めた。
「あれ」
「知ってる人?」
直樹が聞く。
「たぶん、爺ちゃんの知り合い」
年配の男が顔を上げた。
野田を見て、目を細める。
「航平か?」
野田は頷いた。
「やっぱり。こんにちは」
「どうした、こんなところで」
「出かけた帰り。友達と」
野田は、四人の方へ顎を向けた。
直樹は軽く頭を下げた。
友達、と言われたことが少し気になったが、そこで訂正する理由はなかった。
「お父さん、元気か」
「元気。最近また、腰痛いって言ってるけど」
「あいつは昔からだ」
男が笑った。
「こっち、まだ終わらなくてな。話し込んでると怒られる」
「庭、全部やるの?」
「まさか。何日かかると思うんだ。今日はこっちだけ」
男は鋏を腰の袋へ戻した。
「塀の外も、杉浦さんのところだからな」
「外も?」
野田が聞き返した。
「ああ。この先の空いた土地も、裏の山も」
男が、屋根の向こうに見える緑へ顎を向けた。
直樹はそちらを見た。家の後ろに山があるのだと思っていた。
「山って、どこまでですか」
「一つ、丸ごと。昔、持ち主が手放すときに買ったんだと」
「丸ごと」
直樹は同じ言葉を繰り返した。
武藤も顔を上げていた。
「じゃあ、地図で見た塀のところだけじゃないんですね」
「住むのはあの中で十分だろうけどな。土地は、あればあるだけいいんだろ」
男は笑ってから、荷台へ目を戻した。
「だからって、山までうちで刈るわけじゃないぞ。そんな仕事を引き受けたら、帰れなくなる」
「庭だけでも大変そう」
実が言った。
「そうなんだよ。今日は、まだあっちが残ってる」
男が振り返った。
開いた門の向こうに、池が見えた。
水の中で、白いものがゆっくり曲がった。
実が、あ、と小さく言った。
「立派な鯉でしょ」
男が言った。
「うっかり枝でも落としたら、こっちが池に入れられる」
若い男が荷台へ枝を載せた。
野田は笑い、男へ手を上げた。
「じゃあ、また」
「ああ。お父さんによろしく」
五人は歩き出した。
直樹が最後に門の中へ目をやると、池の向こうに白い壁の建物があった。
家とは少し離れていた。
窓が小さく、屋根の形も違った。
男が門へ戻ってきたので、直樹は前を向いた。
*
「庭師さん?」
少し離れてから、直樹が聞いた。
「うん。うちも頼んでた。爺ちゃんが」
野田は答えた。
「杉浦の家に来る人なんだ」
「庭の仕事だからね」
直樹は頷いた。
あの家にも、仕事で出入りする人がいる。
庭を手入れする人。
枝を運ぶ人。
会社の社長。
道から眺めていたときは、一つの大きな家にしか見えなかった。
「鯉、見られてよかったね」
野田が実へ言った。
「うん。白いの、大きかった」
実は両手を少し広げた。
武藤が店の看板を見つけて、道の先を指した。
「あそこです」
直樹は頷いて歩いた。
頭の中には、池の向こうの白い建物が残っていた。




