第二十三章 同じ町の有名人
第二十三章 同じ町の有名人
「どこで会えるの」
野田が聞いた。
机の上のスマホには、杉浦の写真が並んでいた。
「別に、会って話すわけじゃないよ」
直樹が答えた。
「でも、見に行くんでしょ」
「普段、どういうことしてるのかなって」
久世が別のページを開いた。
「来週、産業交流会の催しに出るみたいです」
「何するの?」
「挨拶、と」
直樹は画面を覗いた。
会場は町の交流センターだった。
地元の会社の紹介や、製品の展示があり、一般の人も入れるらしい。
野田が指を伸ばした。
「あ、この会社出るんだ」
「知ってる?」
「機械、面白いの持ってる」
直樹は野田を見た。
「そっちに行くんじゃないからね」
「同じ会場じゃん」
武藤が案内を拡大した。
「工事の会社も、名前あります」
直樹はそちらへ顔を寄せた。
看板で見た会社名が、小さく載っていた。
*
交流センターには、駐車場の入口から人が並んでいた。
建物の前で、焼きそばを売っている。
子どもが風船を持って走り、係の人に歩くよう言われていた。
「普通に祭りだね」
直樹が言うと、実は焼きそばの列を見た。
「おいしそう」
「先に中」
野田が言った。
その足は、機械の写真を掲げたブースへ向いていた。
「だから、そっちじゃなくて」
「まだ挨拶の時間じゃないよ」
野田は壁の時計を指した。
直樹は案内を見直した。
あと二十分あった。
*
野田は小さな金属部品を、指で摘まんで見ていた。
係の人と、直樹には分からない話をしている。
武藤は配られた会場図を見ていた。
久世はその隣で、工事会社の場所を探している。
実は、落ちた風船を拾って子どもへ渡していた。
直樹は杉浦の姿を探した。
テレビに出る人なら、見つければすぐに分かると思っていた。
だが、スーツを着た男は大勢いた。
遠くから見ると、みんな似ていた。
「どこだろうね」
直樹が言うと、武藤が顔を上げた。
「まだ来てないのかも」
そのとき、入口の近くで人の動きが変わった。
係の男が歩き出し、別の男が背筋を伸ばした。
話していた人たちが一度そちらを見て、道を空けた。
直樹も見た。
杉浦隆造が入ってきた。
*
テレビより、少し小さく見えた。
身長の話ではなかった。
画面いっぱいに映っていた顔が、今は何人もの顔の中にある。
それなのに、歩く先では人が先に動いた。
「杉浦さん、こちらへ」
「本日は、ありがとうございます」
声が続いた。
杉浦は軽く頷き、差し出された手を握った。
直樹たちの前も通った。
直樹は顔を上げたが、杉浦の目はその向こうを見ていた。
野田が、手に持った金属部品を係の人へ返した。
「あの人?」
小声で聞いた。
「うん」
杉浦はもう、別の人と話していた。
*
挨拶は長かった。
直樹は最初の方では聞いていた。
地元で商売を始めた頃の話。
町の人に助けられた話。
次の世代へ何を残すかという話になった辺りで、実が少し頷いた。
直樹はその横顔を見た。
実は、目の前で喋る人の言葉を聞いていた。
まだ何が嘘なのか、どこまで本当なのか、五人には分からなかった。
「この町だけで完結する時代ではありません。もっと広いところへ、地域の声を届けていかなければならない」
杉浦が言うと、前の方で大きく頷く男がいた。
拍手が起きた。
直樹は手を動かしかけ、やめた。
周りは拍手をしていた。
*
挨拶が終わると、人はまたブースへ散った。
杉浦の周りには、まだ人がいた。
五人は工事会社の展示へ向かった。
机の上には、道路や建物の写真をまとめた冊子があった。
直樹が一冊取ると、若い社員が声をかけた。
「どうぞ、お持ちください」
「ありがとうございます」
直樹はページをめくった。
町の公共工事や、近隣の会社の倉庫が載っていた。
工場跡の事業も、小さく紹介されていた。
「これ、今やってるところですよね」
「はい。あちらの工場跡の整備です」
社員が答えた。
直樹は、そのまま夜の車について聞きかけた。
冊子を持つ指へ、少し力を入れた。
「……いろいろ工事してるんですね」
「ええ。地元の仕事を中心に」
社員は笑った。
直樹も頷き、冊子を閉じた。
武藤は隣で会社の沿革を見ていた。
久世は配布されていた事業紹介を一枚取った。
*
杉浦がやって来たのは、そのときだった。
「繁盛してるか」
机の奥にいた年配の男が、すぐに出てきた。
「おかげさまで」
直樹たちは、少し脇へ寄った。
年配の男の胸には、代表取締役と書かれた名札があった。
杉浦が肩を軽く叩く。
「頼むよ。あっちの方も」
「ええ。予定に間に合わせます」
男が答えた。
直樹は冊子を持ったまま、二人を見た。
どの仕事の話かは、分からなかった。
「また、ゆっくり」
杉浦が言う。
「伺います」
「うちでいいから」
男が頷いた。
杉浦は次のブースへ向かった。
直樹たちは、通路の端で道を空けた。
杉浦は五人の方を見なかった。
*
外で、実が焼きそばを買った。
野田も買い、直樹は二人が受け取った容器を見てから列へ並んだ。
久世は買ってきた紙を袋へ入れていた。
武藤が会場図の裏へ、さっきの男の名前を書いた。
「社長同士で、普通に会うんだね」
直樹が言った。
「工事を頼んでるから、それは会うんじゃないですか」
武藤が答えた。
「うん」
直樹は箸を割った。
知っていることが増えたようで、まだ核心には触れていなかった。
「うちでいい、って言ってたね」
野田が言った。
「会社じゃなくて、家かな」
久世が冊子の裏を見た。
「会社の住所と、自宅は別です」
「家で仕事の話するんだ」
直樹は焼きそばを口へ運んだ。
実が容器を持ったまま言った。
「三浦さんの家でも、工事の話してるね」
野田が笑った。
「規模が違うけど」
「うちには、鯉いないしね」
直樹が言うと、武藤が少し笑った。
「置くところ、ないでしょ」
直樹は自分の部屋を思い浮かべた。
本の間に水槽を置く場所はなかった。
会場の入口では、また人が道を空けていた。
杉浦が何人かに見送られ、車へ向かっていた。
工事会社の社長も、その中にいた。
直樹は口の中のものを飲み込んだ。
「家、そんなに大きいの?」
武藤が頷いた。
「外から見たことは、あります」
直樹は容器を膝へ置いた。
同じ町に住んでいるのに、自分はその場所さえ知らなかった。




