第二十二章 まだ、分からない
第二十二章 まだ、分からない
「これ、杉浦さんが知らないって言ったら、どうなるんですか」
武藤が聞いた。
直樹は文章を打つ指を止めた。
机には、スマホとノートと、町の資料が並んでいた。
野田の開けた菓子の袋は、もう半分になっている。
「自分の会社の工事じゃん」
直樹は答えた。
「でも、工事してるのは別の会社ですよね」
武藤は看板の写真を指した。
「頼んだだけだって言われたら」
直樹は写真を見た。
事業主。
施工者。
二つの欄には、違う会社の名前があった。
「……工事の会社が、勝手にやってるかもしれないってこと?」
「それも、あるんじゃないですか」
久世が紙を寄せた。
直樹の描いた二本の矢印を見る。
「この、お金のところ」
「うん」
「僕たちが見たのは、車と、下ろしたものと、土をかけたところです」
久世は入る方の矢印を指した。
「誰がお金を受け取ったかは、まだ見てないです」
直樹はペンを取った。
金、と書いた字の横へ、小さく疑問符をつけた。
*
「町へは、見たことだけ送ればいいんじゃない?」
野田が言った。
「それで、調べてもらうとか」
直樹は動画を開いた。
小さな重機が動き、手前の枝が少し揺れている。
五人は同じ画面を見た。
見た場所を知っている自分たちなら、どこを見ればいいか分かる。
知らない人には、どこまで伝わるのだろう。
「送ったら、現場に確認するかな」
直樹が言った。
「するんじゃない?」
野田が答えた。
「何を埋めてるんですか、って?」
「うん」
久世が杉浦の会社から来た返事を見た。
「適正な資材です、と答えられたら」
そこまで言って、黙った。
直樹は動画を止めた。
「俺らと同じところに戻るね」
武藤が頷いた。
「僕らには、そう返してきたんですよね」
「町が調べれば、もっと分かるかもしれないけど」
久世は言った。
「この動画だけで、すぐに動いてもらえるかは分かりません」
直樹は書きかけの文章を読んだ。
自分たちが見たものを、確かめてほしい。
そのために書いていた。
だが、確かめる相手に知られれば、次も同じように見えるとは限らなかった。
*
「あ」
野田がスマホを取った。
「三浦さん、もうメールしてるよね」
「二回」
「じゃあ、気にしてる人がいるって、もう分かってる」
直樹は問い合わせの文面を開いた。
夜の搬入。
日曜日の作業。
資材の種類。
自分は、そこまで聞いていた。
施工の会社にも、同じ内容を送っていた。返事は杉浦の会社より短く、工事は事業主と調整のうえで行っている、とあった。
そのときは、どちらも詳しく答えないのかと思っただけだった。
「向こうで話してるかもね」
直樹は言った。
「同じこと聞いてきた奴がいる、って」
武藤がノートを閉じかけ、また開いた。
「門のところでも、聞いてますよね」
「うん」
「顔も、見られてる」
直樹は誘導員の顔を思い出した。
こちらも、相手も、名前は知らない。
けれど、次に会えば分かるかもしれなかった。
「工事の邪魔してるって言われたら、近くにいにくくなるな」
野田が言った。
「撮ってるのに気付かれたら、物も別の場所に置くかも」
武藤はノートの図を指した。
昨日まで見えた山が、今日には見えなくなる。
五人は、もうそれを知っていた。
*
「じゃあ、送らない?」
実が聞いた。
直樹は入力欄を見た。
「今は、まだ」
文章を消さずに、メモへ移した。
送信の画面を閉じる。
実は頷いた。
「杉浦さんが、知ってるか分からないから?」
「そう」
直樹は二本の矢印の紙を持った。
「土地を持ってるから、金も受け取ってるんだと思ってた」
誰も何も言わなかった。
「でも、別の会社が勝手に入れて、金もそっちが貰ってるなら、話が違う」
久世が頷いた。
「杉浦さんが知らなくても、今見えていることは起こると思います」
直樹はペンで、会社の名前を二つ書いた。
杉浦の会社。
工事を請け負った会社。
その間に線を引き、手を止める。
「ここの話が、分かってないんだ」
武藤が紙を覗いた。
「工事を頼んでるのは、分かってる」
「うん。そのほかに、何を頼んでるのか」
直樹は線の上へ疑問符を書いた。
*
野田が菓子を一つ取った。
「本人に聞いたら?」
四人が顔を向けた。
野田は笑った。
「嘘。今の話なら、聞いても同じだよね」
「知らないって言うか、会社に聞けって言うか」
直樹が答えた。
「じゃあ、何調べるの」
直樹はテレビへ目を向けた。
地域番組は終わり、別の番組が始まっていた。
杉浦の会社のページを開き直す。
寄付。式典。商店街の催し。
杉浦が写った写真はいくつもあった。
「この人、何してる人なんだろうね」
「土地の仕事」
実が答えた。
「それは分かる。普段、誰と会って、どんな仕事を自分でしてるのかってこと」
武藤は画面を見ていた。
「工事の会社の人も、こういうところに来るのかな」
直樹は写真を拡大した。
杉浦の隣に、名前の分からない男がいた。
その次の写真にも、何人かの男が並んでいた。
「分からないね」
直樹は言った。
「まず、それを知りたい」
久世がスマホを取った。
野田も机へ顔を寄せる。
実は空になりかけた菓子袋を持ち上げ、底に残ったものを小皿へ移した。
直樹は新しいメモを開いた。
今度は、問い合わせの文章ではなかった。
いちばん上に、杉浦隆造、と入れる。
その下は、まだ空いていた。




