第二十章 町に返すもの
第二十章 町に返すもの
会議の記録は、小説より読みにくかった。
直樹は同じ段落を三度読んだ。
検討する。
調整する。
現時点では確定していない。
何か決まったのかと思うと、まだ決まっていなかった。
「これ、喋った通りに全部書いてるの?」
直樹が聞くと、久世は自分のスマホから顔を上げた。
「全部ではないと思います。要点だけのものもあるので」
「要点でこれか」
机に並べた紙の隅を、直樹は指で揃えた。
今日は久世と二人だった。
武藤は車の会社を調べ、野田は実と買い物へ行っていた。夕飯の材料を任せると、何を買ってくるか分からないのが少し気になった。
だが、直樹が行くより早い。
「ここです」
久世が紙を一枚差し出した。
「多目的施設整備用地」
直樹は文字を追った。
古くなった町の施設をまとめる構想があり、その候補地として工場跡が挙がっていた。
「企業が来るんじゃなかったの?」
「そちらも進めつつ、町への売却も協議しているみたいです」
「杉浦の会社が、町に売る?」
「はい」
直樹はもう一度読んだ。
まだ正式に決まってはいない。
けれど、協議中と書かれた箇所が、一度だけではなかった。
「これ、いつから?」
久世が別の紙を探した。
同じ議題が、前の年の記録にもあった。
*
「ちょっと待って」
直樹は最初に見た事業紹介を引き寄せた。
「土地をきれいにするのに、町がお金出してるんだよね」
「補助ですけど」
「その土地を、今度は町が買う」
「買うとすれば」
「町、お金出してばっかりじゃん」
久世は黙って資料を見た。
「それだけなら、おかしいとは限らないです」
「そうなの?」
「企業が来るように整えるのと、土地を買うのは別の話なので。ただ、計画を変えるなら、補助の扱いも確認する必要があると思います」
直樹は紙を持ち直した。
面倒だった。
小説なら、同じ名前が二度出てきたところで、何かあると思ってよかった。
現実では、それだけでは足りない。
「じゃあ、ここに書いてあることは普通だとして」
直樹は紙を机へ置いた。
「夜に持ってきてたものが、あそこに残ってたら?」
久世の目が上がった。
「土の下とかに」
「……それを知らないまま、町が買うことになります」
直樹は頷いた。
「買ったあとで、見つかったら」
「取り除く必要が出るかもしれないです」
「誰のお金で?」
久世はすぐには答えなかった。
「契約や責任の話になるので、簡単には。ただ、町も困ると思います」
直樹は椅子に背中を預けかけ、椅子ではなく床だったことを思い出して手をついた。
「きれいにしたことにして、売る」
口に出すと、急に単純な話になった。
久世は机の紙を見ていた。
「まだ、そうと決まったわけでは」
「うん。でも、それなら夜の車も気になるでしょ」
久世は頷いた。
「気になります」
*
武藤からメッセージが届いた。
『山川運輸以外の二社も、廃棄物を運ぶ仕事をしています』
続けて、会社紹介の写真が来た。
直樹が通話を始めると、武藤はすぐに出た。
「今、大丈夫?」
『はい』
「こっちも分かった。あの土地、町に売る話が出てる」
直樹は資料の文字を辿りながら説明した。
途中で久世が、決定ではなく協議中だと補った。
武藤は最後まで聞いていた。
『じゃあ、埋めてたとしたら、都合がいいですね』
「そうなんだよ」
直樹はスマホを机の真ん中へ置いた。
『来る会社が違っても、下ろす場所は同じでした』
武藤の声が、二人の間から聞こえた。
『普通、あんなにいろんな会社が、夜だけ同じところに行きますかね』
「昼も仕事はしてるけど、中身が違う」
直樹が言った。
「昼は昔の工場を片付けて、夜はよその物を運んでくる」
久世が紙の余白へ二本の矢印を描いた。
出る方と、入る方だった。
「昼の工事の規模と、夜に入る量も、合わない気がするんです」
久世が言った。
「正確な荷物の量は分からないので、数字だけで証明はできません。でも、工事の資材として説明されているものとは、見た目も違っていました」
直樹は矢印の間に、工場跡、と書いた。
その下へ、町に売る、と足した。
三人で、しばらく黙った。
*
玄関の鍵が鳴り、野田と実が帰ってきた。
「鶏、安かった」
野田が袋を持ち上げた。
実は長ねぎを扉へぶつけないよう、斜めにして入ってきた。
直樹は二人を見た。
「武藤さんも来られる?」
机のスマホへ聞くと、少し間があった。
『今からなら』
「飯、食おう」
野田が袋の中を覗いた。
「五人分買ってあるよ」
電話の向こうで、分かりました、と返事がした。
*
武藤が来るまでに、野田は肉を切り、実はねぎを洗った。
直樹は久世と紙を片付けた。
矢印を描いた一枚だけを、机の端へ残す。
「何か分かったの?」
野田が聞いた。
「杉浦、あの土地を町に売るつもりみたい」
「へえ」
「夜に入れてるものを、なかったことにして売るなら、儲かるよね」
野田は手を止めた。
「捨てに来た方も、金払ってるんじゃない?」
直樹は顔を上げた。
「捨てるのに?」
「うちも出るもの、引き取ってもらうの金かかるから」
野田は包丁を置いた。
「ああいうの、ちゃんと処理するなら、結構かかるんでしょ」
直樹は机の紙を取った。
入る方の矢印へ、金、と書く。
町へ売る方にも、金、と書いた。
「両方?」
久世が紙を覗いた。
「もし、そういう取引なら」
実がねぎの水を切った。
「町には、何が返ってくるの?」
直樹はペンを止めた。
紙の上には、金の出入りが二つあった。
土地の中へ入ったものを示す言葉は、まだなかった。
「……それを、ちゃんと見たいんだよ」
直樹は言った。
実は頷き、ねぎをまな板へ載せた。
玄関が鳴った。
武藤が入ってくると、野田が言った。
「手、洗ったら肉焼いて」
「俺が?」
「俺、ねぎ切るから」
武藤は袋を置き、袖をまくった。
直樹は紙を壁際へ寄せた。
そこに書いた二つの、金、という字を、もう一度見た。




