第十八章 言い方
第十八章 言い方
部屋に戻ると、うどんはまだ冷凍庫にあった。
「遅くなるって言うから」
野田が言った。
机の上には、切ったねぎと、卵と、五つの箸が並んでいた。
直樹は靴を脱ぎ、鞄を下ろした。
「何か開けてない?」
「開けてない」
野田は即答した。
直樹が棚を見ると、ラジオも炊飯器も元の形だった。
実が台所から顔を出した。
「お帰り。見えた?」
「見えた」
直樹は答え、机の前へ座った。
「土じゃないの、持ってきてた」
野田の手が止まった。
武藤が袋からノートを出し、久世がスマホを机へ置いた。
「どんなもの?」
野田が聞く。
「板とか、曲がった棒みたいなの。管もあったよね」
直樹が久世を見る。
「そう見えました」
久世は頷いた。
「暗かったので、材質までは分からないです」
「でも土の荷物じゃなかった」
武藤が言った。
実は火を弱めて、こちらへ戻ってきた。
「それ、どこに置いてたの?」
「奥。途中から見えなくなった」
武藤がノートを開いた。
山と車と、重機の位置が描いてあった。
*
「写真は?」
野田が聞いた。
武藤はスマホを出した。
「一枚撮ってみたんですけど」
画面には、明かりの点いた工場跡が写っていた。
拡大すると、かえって何か分からなくなった。
「目で見た方が分かりました」
「双眼鏡だと見えたんだけどね」
直樹は画面を野田の方へ向けた。
野田は首を傾げた。
「これだけだと、何とも言えないな」
「そうなんですよ」
武藤はスマホを受け取った。
「見えたのは三台です。ほかの車が来たときは、灯りの場所と合わなくて」
ページをめくる。
「最初の二台は同じ会社。最後のは、別の名前でした」
「よく見てるね」
直樹はノートを覗いた。
「サバゲーでも、そのくらい相手見てたら、もう少し当たるんじゃない?」
武藤の指が止まった。
直樹は図の端を指した。
「ここが、車のいたところ?」
返事がなかった。
「武藤さん?」
「三浦さん」
武藤が顔を上げた。
「その言い方、どうにかならないですか」
直樹は指を引っ込めた。
「何が?」
「そうやって、すぐ下手だって言うの」
野田はスマホを机へ置いた。
久世は膝の上へ手を戻した。
「別に、下手だなんて」
「言ってるのと同じでしょ」
武藤の声が少し強くなった。
直樹は黙った。
「二分とか、五分とか。すぐやられるとか。何か話すたびに、そこに戻すじゃないですか」
「いや、そんなつもりじゃ」
「つもりじゃなくても、言われる方は嫌なんです」
武藤はノートから手を離した。
離した手で、自分の膝を握った。
「下手なのは、自分で分かってるから」
台所で、湯の沸く音がした。
実が立って、火を止めた。
戻ってきて、さっきと同じ場所へ座った。
誰も何も言わなかった。
*
直樹は机のノートを見ていた。
小さく揃った字が並んでいる。
武藤がこんなふうに喋るとは思っていなかった。
工場でも、更衣室でも、何か言われると笑っていた。
自分が言ったときも、言い返してきたり、黙ったりはしたが、嫌だとは言わなかった。
「嫌なら、もっと早く言ってくれれば」
直樹が言うと、武藤は息を吸った。
「今、言ってます」
それ以上は続かなかった。
直樹も、続けられなかった。
実は自分の箸を揃えていた。
野田は肘を膝に載せ、久世は机の端を見ていた。
誰も直樹の方を向いて答えをくれなかった。
直樹は武藤を見た。
「……笑ってたから、平気なんだと思ってた」
「平気じゃないです」
「うん」
直樹は一度頷いた。
何か説明しようとして、やめた。
相手を怒らせたかったわけではない。それは、さっきもう言った。
「ごめん。言わないようにする」
武藤は直樹を見ていた。
しばらくして、目を下げた。
「……お願いします」
ノートは、開いたままだった。
*
直樹は立ち上がり、台所へ行った。
鍋の中には、具だけ入ったつゆがあった。
冷凍庫を開け、うどんを出す。
「これ、入れていい?」
野田が顔を上げた。
「もう一回、沸かしてから」
直樹は火をつけた。
背中の方で紙の音がした。
久世がノートを指し、武藤に何か聞いていた。
小さな返事がある。
野田が丼を出した。
実が食材の袋をまとめて、ごみ箱へ入れた。
うどんをほぐしていると、野田が横から鍋を見た。
「一度に入れすぎ」
「五人分だろ」
「分けないと、混ざらないから」
直樹は菜箸を持ち直した。
食べ始めても、いつものようには喋れなかった。
武藤も静かだった。
実が卵を潰してつゆへ混ぜ、野田が熱い、と小さく言った。
久世はノートにかからないよう、丼を手前へ置いていた。
直樹はうどんを飲み込んだ。
「武藤さん」
武藤が顔を上げた。
「あとで、そのノート、もう一回見せて」
「……はい」
「奥の場所、俺、よく覚えてなくて」
武藤は頷いた。
「食べたら」
「うん」
直樹は丼へ目を戻した。
*
食後、武藤はノートを真ん中へ置いた。
「この辺から、見えなくなったんです」
図の奥を指す。
久世が横から別の紙を出した。
「こっちが、昼間の写真です」
直樹は二つを見比べた。
昼の山と、夜に荷を下ろした場所。
実が覗き込み、野田がスマホの画像を拡大した。
「次に行くなら、昼にもう一回見たいです」
武藤が言った。
「同じ場所が、どうなってるか」
直樹は頷いた。
「俺も行く」
武藤はノートへ日付を書いた。
その手元を見ながら、直樹はさっき何を言ったかを、もう一度思い出した。
観察の話から、サバゲーの話に戻す必要はなかった。
「今日、場所見つけたの、武藤さんだったね」
「最初に気付いたのは、先週です」
「うん。あの山」
武藤が頷く。
「助かった」
直樹が言うと、武藤のペンが少し止まった。
「……どうも」
短い返事のあと、また日付の続きが書かれた。




