第十七章 土じゃない
第十七章 土じゃない
返事は、前より短かった。
『搬入物の詳細につきましては、取引先との契約に関わるため、個別の回答は差し控えさせていただきます』
その下には、前にも読んだ言葉があった。
適正な資材。
安全に配慮。
地域の皆様のご理解。
直樹はスマホを机へ置いた。
「土か石かくらい、言えばいいのに」
野田が画面を覗いた。
「企業秘密なんじゃない?」
「土が?」
「知らないけど」
武藤はノートの端へ、返事のあった日付を書いた。
久世は町の工事資料を見ていた。
「こっちには、土と砕石って書いてあるんですよね」
「そう。それなのに、そこは答えないんだよ」
直樹はスマホをまた取った。
「電話なら、話が早いかな」
「同じ窓口じゃないですか」
武藤が言った。
「別の人が出るかも」
「別の人でも、会社は同じです」
直樹は画面を消した。
相手が本の中の人物なら、この曖昧な返事にも意味がある。
何かを隠しているか、話を長引かせているか。
現実では、単に面倒くさいだけかもしれなかった。
「見たいね」
直樹が言った。
「中身」
実が頷いた。
「見たら、何か分かるかもしれないね」
*
次に出かけたのは、五人揃ってではなかった。
土曜日、実は祖母に会いに行くと言った。野田は例の機械を返す約束があった。
直樹と武藤と久世の三人で、工場跡の周りを歩いた。
門はいつもと同じだった。
囲いも、看板も。
大きな車が一台出てきて、誘導員が道路へ手を上げた。
三人は待った。
車が通り過ぎてから、直樹が口を開いた。
「前は、この辺、家あったよね」
久世が更地の端を見た。
「あったと思います」
「大山さんが鉢もらった人の家、この辺かな」
「どの家かは、聞いてないです」
武藤が答えた。
直樹は白い囲いを辿って歩いた。
途中に、上へ続く細い道があった。
案内板に、公園の名前と矢印がある。
「こっち、行ったことある?」
二人は首を振った。
「上から町が見えるかも」
直樹が言うと、武藤は坂を見上げた。
「結構、ありますね」
「鍛えてるんでしょ」
「三浦さんが大丈夫かなと思って」
直樹は答えず、坂へ足を向けた。
*
途中で一度、休んだ。
直樹は手すりに片手を置き、息を吐いた。
武藤は何も言わなかった。
それが少し腹立たしかったので、直樹は先に言った。
「本読んでると、座ってるから」
「はい」
武藤が頷いた。
久世も少し息が上がっていたが、直樹ほどではなかった。
木の間から、町が見えた。
スーパーの看板と、学校の屋根。
少し先に、工場跡の白い囲いがあった。
「見えるね」
直樹が指すと、武藤が袋を開けた。
双眼鏡を出し、首へ掛ける。
直樹も目を細めた。
工場跡は思ったより広かった。
門の近くに重機があり、奥には土の山がある。
だが、囲いのすぐ内側は、坂の途中にある木の枝に隠れていた。
「これなら、夜も何か見えるかな」
「暗かったら、分からないですけど」
武藤が答えた。
それから、少し黙った。
「何?」
直樹が聞いた。
武藤は双眼鏡を下ろし、裸眼で同じ方を見た。
もう一度覗く。
「奥、何か置いてある」
「資材?」
「何だろう」
武藤は双眼鏡を直樹へ渡した。
*
直樹が最初に見つけたのは、黄色い重機だった。
「そっちじゃなくて、左」
武藤が言った。
動かしすぎて、今度は囲いの外へ出た。
「ちょっと右」
「分かってる」
直樹はゆっくり戻した。
土の山の脇に、別の山があった。
灰色の板のようなもの。
白い袋。
細く、曲がったもの。
それらの間に、赤茶色の何かが混ざっている。
「……何だろう、これ」
「石だけには見えないですよね」
武藤が言った。
直樹は久世へ渡した。
久世は長く見ていた。
「分かる?」
「板みたいなものと、管みたいなものは」
「うん」
「ただ、解体した物を分けて置いてあるだけかもしれないです」
久世は双眼鏡を下ろした。
「ここで壊したものか、運んできたものかまでは」
直樹は町へ目を戻した。
それは、そうだった。
外へ出す前の物が、まとめて置かれているだけかもしれない。
けれど、夜に来る車は入って、すぐに出ていく。
「次、ここでも見てみようよ」
直樹が言った。
武藤は自分の双眼鏡を受け取り、袋へ戻した。
「見えたもの、絵にしていいですか」
「今?」
「忘れないうちに」
久世がノートを押さえ、武藤が山の位置を描いた。
直樹は二人の手元を見ていた。
*
翌週の夜、三人はもう一度坂を上った。
五人の予定を合わせるより、来られる者が来る方が簡単だった。
野田からは、実と買い物をして直樹の部屋で待つ、と連絡があった。
直樹は鍵を渡してきたことを、坂の途中で少し後悔した。
帰ったら何かが分解されているかもしれない。
息を整えていると、下の道路をトラックが通った。
武藤が時計を見た。
工場跡の奥では、作業灯が点いていた。
昼間は見えなかった車の動きが、光の中へ入ったときだけ分かった。
三人は黙った。
双眼鏡を覗いていた武藤が、小さく息を吸った。
「久世さん、見て」
手渡す。
久世の顔が動かなくなった。
直樹は二人の間から、裸眼で奥を見た。
荷台が上がっていた。
落ちていくものまでは、ここからでは分からなかった。
「何?」
直樹が聞いた。
久世はすぐには渡さず、最後まで見てから、双眼鏡を差し出した。
「土じゃないです」
直樹は覗いた。
作業灯の下に、不揃いな塊が重なっていた。
長いものが、途中で引っ掛かっている。
板のようなものが、ずり落ちた。
土が崩れる動きとは違った。
「あの山と、同じようなの?」
「たぶん」
武藤が答えた。
直樹は見続けた。
車が離れたあと、重機が動いた。
不揃いなものの山へ近づき、その一部を奥へ押していく。
そこから先は、地面のくぼみと囲いに隠れた。
直樹は双眼鏡を下ろした。
武藤はノートに時刻を書いていた。
久世が静かに言った。
「次の車も、見たいです」
直樹は頷き、双眼鏡を返した。
スマホが震えた。
『うどんでいい?』
野田からだった。
直樹は画面を見た。
『いい。少し遅くなる』
送って、もう一度下を見た。




