第十六章 きれいな土
第十六章 きれいな土
武藤が持ってきた紙には、町の名前がなかった。
「これ、別の場所じゃない?」
直樹が聞くと、武藤は頷いた。
「別の会社の、別の現場です」
「何でそれを」
「夜に来てた車の会社が、仕事してるところ」
写真には、建物の壁が半分だけ残っていた。
その前に、荷台を覆ったトラックが停まっている。
車の横の文字を、武藤が指した。
「ここ」
直樹は顔を近づけた。
ノートに書いてあるのと同じ会社名だった。
「この写真が、今の仕事かどうかは分からないですけど」
武藤は紙を机へ置いた。
「解体した現場から、物を運ぶ会社みたいです」
「土じゃなくて?」
「土もあると思うけど、ほかにも」
久世が別の紙を差し出した。
会社の事業紹介だった。
収集、運搬、産業廃棄物。
直樹は最後の言葉を指で押さえた。
「これか」
「それだけで、荷物が全部そうだとは言えません」
久世が言った。
直樹は顔を上げた。
いつもの念押しだった。
今日は、それが必要なのは分かった。
「うん。でも、そういう仕事もしてるんだね」
「はい」
久世は頷いた。
*
野田は実と二人で、少し遅れて来た。
工具を返しに来た知人に捕まっていたらしい。
「花火の?」
実が聞くと、野田は首を振った。
「別の人」
直樹は顔を上げた。
「花火って?」
「機械、直してるんだよ」
実が答えた。
「何の」
「花火を上げる機械」
「そんなのも直すんだ」
直樹が野田を見る。
「頼まれたから。まだ終わってないけど」
野田は上着を脱ぎ、いつもの場所へ座った。
机の上の写真を見つける。
「あ、車」
武藤が説明を始めた。
直樹は台所へ行き、湯を沸かした。
今日は野田が冷凍のうどんを持ってきていた。
袋を開けると、五玉入りだった。
実がその隣で、油揚げを切った。
*
「使えるようにする土地へ、要らなくなったものを入れてるの?」
実が聞いた。
丼の上から湯気が上がっていた。
直樹は箸を止めた。
「そうかもしれない、って話」
「それ、大丈夫なの?」
「分からない。ちゃんと許可があるなら、いいんじゃない?」
野田が答えた。
久世はうどんを飲み込んでから口を開いた。
「工事の説明では、埋め戻しに使うのは基準に合った土と砕石です」
「砕いた石?」
直樹が聞く。
「はい」
「じゃあ、建物を壊した石なら?」
「再利用できる状態に処理されたものなら、工事に使うこともあるみたいです。ただ、何でもそのまま入れていいわけじゃなくて」
「中身を見ないと分からないか」
武藤が言った。
直樹は頷いた。
また、そこへ戻った。
実が油揚げを箸で切ろうとしていた。
うまく切れず、丼の端へ寄せている。
「もっと小さく切ればよかったね」
直樹が言うと、実は首を振った。
「これがいい」
ようやく切れた一口を食べ、また話を聞いた。
*
翌週、工場跡の門の前で、直樹は一台のトラックを見送った。
荷台の覆いは、隙間なく掛かっていた。
何が入っているか、やはり分からなかった。
武藤が少し離れた歩道から戻ってきた。
「同じ会社でした」
「うん」
門の中で、車が後ろへ下がった。
誘導員が二人へ顔を向けたので、直樹は声をかけた。
「すみません。ここ、廃棄物を入れるところなんですか」
隣で武藤が直樹を見た。
誘導員の顔も、少し変わった。
「そういうのは分からないから。事務所に聞いて」
「中で何してるかは」
「こっちは車の誘導だけ」
次の車が曲がってきた。
二人は促されるまま、門から離れた。
武藤はしばらく黙っていた。
直樹は振り向いた。
「知らないって」
「聞き方が」
「何?」
「最初から廃棄物って言ったら、変に思うでしょ」
「そういう仕事の車が来てるから、聞いただけじゃん」
武藤は一度、門へ顔を向けた。
「そうなんですけど」
直樹は誘導員を見た。
男はもうこちらを見ず、車へ手を振っていた。
聞いただけなのに、と思った。
それから、聞きたいことが分からないままなのは、確かだと思った。
*
その晩、直樹は会社の問い合わせ先を開いた。
文章を打ちかけ、消した。
何を知りたいかは分かっていた。
夜のトラックは、何を運んでいるのか。
それだけだった。
『工場跡の整備工事についてお聞きしたいのですが、夜間に搬入されているものは、埋め戻し用の土でしょうか』
書いた文章を「連絡用」へ送った。
『これで聞けばいい?』
久世から返事が来た。
『日曜の作業についても聞いてみたらどうでしょう』
直樹は一文足し、会社の窓口へ送った。
野田からは、まだ送ってなかったの、という返事が来た。
直樹はそれには答えなかった。
*
返事は、二日後の昼休みに届いた。
直樹は弁当の横で開いた。
工事への理解に感謝する文のあとに、こう書かれていた。
『夜間の搬入につきましては、周辺道路の混雑を避けるため、工程に応じて実施しております。搬入物は整備工事に使用する適正な資材です』
続けて、作業日程は状況により変更される場合があると書いてあった。
「土とは言ってないね」
直樹が画面を見せると、久世が読んだ。
野田も横から覗く。
「資材って、広いね」
「適正って書いてある」
武藤が言った。
「何が、とは書いてないけど」
「じゃあ、それ、聞こうか」
直樹は返信の欄を開いた。
実が箸を置いた。
「きれいな土だといいね」
直樹は指を止めた。
「何で?」
「そこに花とか、植えるんでしょ」
実は完成予想図を覚えていた。
直樹は画面へ目を戻した。
会社の返事の最後には、地域の皆様に安心していただける事業を進めてまいります、とあった。
それも、何を入れているかの答えではなかった。
直樹は短く文章を打った。
『資材の具体的な種類を教えてください』
送ってから、弁当の蓋を取った。




