第十三章 次の休み、どうする
第十三章 次の休み、どうする
グループの名前を決めるだけで、十分かかった。
直樹が「探偵団」と入れると、野田が笑った。
「何歳?」
「年齢制限ないだろ」
「会社の人に見られたら、面倒なので」
武藤が言った。
「スマホ、見せなきゃいいじゃん」
直樹が答えると、久世が画面を少し傾けた。
「通知に出ます」
直樹は自分のスマホを見た。
実が何か打っていた。
『よろしくお願いします』
五人の画面が、ほぼ同時に鳴った。
「今、目の前にいるのに」
野田が言った。
「最初だから」
実は真剣だった。
武藤も短く挨拶を返し、久世は少し迷ってから頭を下げる絵を送った。
直樹はグループ名を消した。
結局、「連絡用」になった。
*
その夜、武藤からノートの写真が届いた。
直樹は布団の上で拡大した。
三時十分から四時十分。
入った車が八台。出た車が六台。
会社の分からない車にも、一台ずつ記録がある。
『細かいね』
直樹が送ると、すぐに返事が来た。
『忘れるので』
野田が続いた。
『親父に聞いた。設備の撤去とかもやる会社だって』
『何の設備?』
『そこまでは知らないって』
直樹は少し考えた。
工場の跡地で、設備を撤去する会社が働いている。
おかしなことは何もなかった。
久世から看板の写真が届いた。
『工事の説明にも撤去と書いてあります』
直樹は拡大して読んだ。
その下の小さい文字は、途中で目が滑った。
『じゃあ普通か』
送ると、武藤から返ってきた。
『夜はまだ見てないです』
直樹はスマホを持ち直した。
『次の休み、どうする?』
文章を打ったところで、同じ言葉が先に届いた。
野田だった。
直樹は自分の文字を消した。
『夜の方、見よう』
*
月曜日、直樹は昼休みになると、弁当を持って食堂へ行った。
武藤がもう座っていた。
机には、土曜日のノートが出ている。
「また見てるの」
直樹が聞くと、武藤は頷いた。
「会社の名前、読めなかったやつ。次は、どこを見れば分かるかなと思って」
「来る向きで違うもんね」
「そう。横が見える車と、見えない車があって」
直樹は弁当を置き、ノートへ顔を寄せた。
野田が来て、反対側から覗く。
久世は麦茶を持ったまま足を止めた。
「何してんの、お前ら」
後ろから声がした。
同じ班の男が、ノートを覗き込もうとしていた。
武藤の指が、ページの端を押さえた。
直樹は顔を上げた。
「土曜に出かけた話です」
「四人で?」
「大山さんも」
男は少し笑った。
「へえ。ずいぶん楽しそうだな。仕事中もそのくらい元気ならいいのにな」
直樹は朝の作業を思い出した。
数は間違えていないはずだった。呼ばれたときも返事をした。
「何かありました?」
「いや、別に」
男は笑ったまま、自分の席へ行った。
武藤はノートを閉じ、弁当の包みを開けた。
野田が椅子へ座った。
「土曜、何時にする?」
「夜なら、飯食ってからでいいよね」
直樹は答えた。
久世も空いている席へ座り、スマホの予定を見た。
ノートは閉じたまま、週末の話が続いた。
*
午後、作業台の位置が少し変わった。
直樹は野田の二つ隣になった。
近くにいても、機械の音で普通の声は届かなかった。
流れてきた製品を取り、重ねる。
ときどき班長の声がして、誰かが返事をする。
野田が機械の方へ目を向けた。
班長もそちらを見たので、直樹はまた叱られるのかと思った。
「野田、袋が少ない。追加」
「はい」
野田は棚へ走った。
直樹も手元へ戻った。
昼休みに話していた車のことを考える間はなかった。
終業後、鞄へ弁当箱を入れるとスマホが光った。
『九時くらいなら行けます』
久世からだった。
直樹は立ったまま返事を打ちかけ、更衣室を出てから壁際へ寄った。
『土曜?』
『はい』
『じゃあ九時で聞いてみよう』
画面を閉じる前に、武藤からも返事が来た。
*
水曜日は、定時で帰れなかった。
直樹がロッカーへ着いたとき、実はまだ箱の片付けをしていた。
夕飯はそれぞれで済ませることになった。
帰り道で買った弁当を温めていると、「連絡用」が鳴った。
『今終わった』
実からだった。
『お疲れ』
直樹が送る。
野田も同じ言葉を送り、武藤が短く続いた。
久世からは、頭を下げる絵が届いた。
直樹は弁当を取り出した。
部屋は静かだった。
箸を割ってから、土曜に何を持っていくか、武藤へ聞いた。
*
金曜日の午後、直樹は時計を見た。
終業まで、あと一時間あった。
「三浦、そこ、箱空けといて」
「はい」
畳まれた箱を広げ、底を組む。
一つ作ると、野田の方から袋に入った製品が回ってきた。
詰めて、次の箱を作る。
繰り返しているうちに、時計の針が進んだ。
片付けを終えて通路へ出ると、実が空の台車を押してきた。
「明日、九時だよね」
「うん。夜の」
「分かった」
実は頷いて、台車を置き場へ戻した。
直樹は更衣室へ向かった。
明日は仕事ではない。
かといって、昼から部屋で本を読み続けるだけでもない。
鞄の中のスマホを出すと、武藤から、待ち合わせ場所を示す画像が届いていた。
*
土曜日、待ち合わせは夜の九時だった。
直樹は先に夕飯を食べた。
本を読み始めると時間を忘れるので、スマホに八時半のアラームを入れた。
鳴ったとき、ちょうど登場人物が扉を開けたところだった。
直樹は次のページを見た。
スマホがまた鳴った。
『今どこですか』
武藤からだった。
時計は八時五十分になっていた。
直樹は本を伏せ、上着を取った。
*
「アラーム、かけたんだけど」
直樹が言うと、野田は頷いた。
「止めたら終わりだもんね」
「遅れたの、三分じゃん」
「だから、何も言ってないよ」
野田は笑った。
実は水筒を持っていた。
「お茶、飲む?」
「まだいい」
直樹は息を整えた。
武藤はもう、門の方を見ていた。
白い仮囲いは、昼間より高く感じられた。
重機の音はしない。道路を走る車が途切れると、離れたところの犬の声まで聞こえた。
「来てる?」
「まだ」
武藤が腕時計を見る。
「九時十分からにします?」
直樹は頷いた。
久世はスマホの画面を暗くした。
野田が門を見ながら聞いた。
「スコープは?」
「今日は双眼鏡だけ」
「何で?」
「明かりありますし。車のライトも来るから」
武藤が休憩所の灯りを指した。
野田は少し残念そうだった。
「使わない道具まで持ってきても」
武藤はそう言い、ノートを開いた。
*
最初の車は、九時十八分に来た。
昼間と同じように門の前で止まり、ほどなく中へ入った。
武藤が書く。
五分後、また一台。
そのあとも、少しずつ間を空けて来た。
「夜も普通に仕事してるんだね」
直樹が言った。
久世は時計を見たが、何も言わなかった。
四台目が来たところで、野田が顔を上げた。
「さっきの白いの、出た?」
「出ました」
武藤がノートを指す。
「入って、九分くらい」
「早いね」
「荷台、下ろすだけなら、そんなものなのかな」
実が言った。
直樹は仮囲いの向こうを見ようとした。
何も見えなかった。
「このくらい塀があると、上から見るしかないね」
「登らないでよ」
野田が言った。
「登るとは言ってない」
久世がスマホを見た。
「地図の写真なら、上から見られますけど」
「今の?」
「撮った日のです」
「じゃあ、今は分からないか」
直樹はまた門へ顔を戻した。
*
一時間が終わったとき、入った車は十七台だった。
武藤が線を引き、指で数え直した。
「十七」
「昼より多い」
直樹がノートを覗いた。
「倍くらい?」
「倍以上です」
久世が言った。
その声で、直樹は顔を向けた。
久世は昼の記録と夜の記録を交互に見ていた。
「土曜の昼と夜だけだから、いつもそうとは言えませんけど」
「でも多かった」
「はい」
武藤が会社名を指した。
「昼に見たのもあります。でも、初めての会社も多い」
野田がスマホを出し、昼に撮った看板を開いた。
「明日、休みだったよね」
「予定では」
久世が答えた。
実が水筒の蓋を閉めた。
「明日も来る?」
四人が実を見た。
「お茶、ちょうどなくなったから。明日はもう一本持ってくる」
直樹は笑った。
「そこ?」
実は不思議そうな顔をした。
武藤がノートの次のページを開いた。
「俺は、来られます」
野田も頷いた。
久世は少し考えてから、何時ですか、と聞いた。
*
日曜日、昼間の門は閉まっていた。
囲いの向こうから音はしなかった。
五人は前日と同じ時間だけ見て、直樹の部屋で夕飯を食べた。
夜、もう一度行った。
一時間で、十三台来た。
武藤は昨日より落ち着いて記録していた。
久世が書き終わったページを見つめた。
「……これ、何を入れてるんでしょうね」
直樹は門へ目を向けた。
さっき入った車が、もう出てきた。
武藤が時刻を書く。
直樹は口を開きかけた。
小説なら、思い当たる展開はいくつもあった。
だが、どれも本の中の話だった。
「まだ、分からないね」
そう答えると、武藤が頷いた。
久世は二日分の数字をスマホに打ち込み、もう一度ノートと見比べた。
その横で、実がお茶を注いでいた。




