第十二章 分からないけど記録する
第十二章 分からないけど記録する
「で、その探偵が、あんパンの中を調べるんだよ」
直樹は歩きながら話した。
「何でだと思う?」
「信号、赤」
野田が言った。
直樹は止まった。
「うん。で、あんこに何か混ざってると思うじゃん」
武藤はノートの一行目に時間を書いていた。
久世がスマホの地図を見ている。
「実際は、袋なんだよ」
「青」
野田が言い、五人は横断歩道を渡った。
「袋に付いてる粉が、事件の」
「三浦さん、こっち」
実が呼んだ。
直樹が曲がろうとした角より、一つ先だった。
「そうだった。で、その粉がさ」
「見えるなら、あそこかな」
武藤が通りの先を指した。
工場跡へ入る門は、道路を挟んだ向こう側にあった。その手前で歩道が広くなり、小さな休憩所が設けられている。
五人はそちらへ向かった。
「だから、最初に買った店が違うって分かるわけ」
直樹は話を終えた。
野田がベンチの端へ座った。
「何の店?」
「パン屋」
「ああ、パンの話してたね」
「ずっとしてたよ」
実は頷いた。
「袋が大事なんだよね」
「そう」
直樹は実を指した。
「ほら、大山さんは聞いてた」
実は嬉しそうに笑った。
野田はベンチを少し詰めた。
*
武藤は腕時計を見て、ノートに線を引いた。
「三時十分から」
「何時まで?」
直樹が聞く。
「とりあえず、一時間?」
「結構いるね」
「もっと短くてもいいですけど」
「いや、暇だからいいよ」
久世は立ったまま、門を見ていた。
工場跡の中は、白い囲いでほとんど見えなかった。双眼鏡があっても、その向こうまで透けるわけではない。
門が開くと、一台の車が入った。
「来た」
直樹が言った。
武藤が顔を上げる。
車はすぐに囲いの奥へ消えた。
「会社、見えた?」
「白い車だった」
「それは見ました」
武藤は時刻を書き、その横に、白、入、と記した。
「白だけで分かる?」
「分からないけど、次に出てきたら、同じかもしれないから」
久世がノートを見た。
「別の白い車かもしれません」
「じゃあ、同じとは書かない」
武藤が答えた。
直樹も門を見た。
思ったより忙しかった。
*
二台目は、さっきより長く見えた。
左から来た車が門へ曲がる間、荷台の横に書かれた文字が見えた。
「山、なんとか」
直樹が言う。
「山口」
野田が言った。
「山川じゃない?」
武藤が双眼鏡を下ろした。
「山川運輸」
直樹は頷いた。
「俺も川かと思った」
野田が直樹を見た。
武藤は会社名を書き込んだ。
「入ったとき、荷台に何か載ってた?」
「覆ってあったね」
実が答えた。
武藤が頷いて、また書いた。
久世はスマホを見ていた。
直樹が覗き込む。
「何調べてるの」
「工事の会社です。看板に書いてあった」
「何か出た?」
「会社のホームページは」
そこには、建設機械の写真と、仕事内容の紹介があった。
直樹が画面を送ると、久世は少しだけスマホを自分へ戻した。
「まだ読んでるので」
「あ、ごめん」
直樹は手を引っ込めた。
*
二十分が過ぎると、直樹はベンチへ座った。
武藤はまだ門を見ていた。
野田は休憩所の古い時計を見上げていた。
「あれ、遅れてる」
「どのくらい?」
「七分」
武藤が腕時計を確かめた。
「びっくりした。こっちが違うかと思った」
実は空になったパンの袋を畳んでいた。
直樹は門を見た。
何も来なかった。
「探偵って、大変だね」
「まだ二十分ですけど」
武藤が言った。
「本だと、こういうところ飛ばすから」
「飛ばしたら、数えられないよ」
実が言った。
「俺らは飛ばせないけど、文章ならさ」
直樹が説明しかけると、武藤がペンを持ち直した。
「出てきた」
五人が顔を上げた。
白い車だった。
入ったときと同じ車かどうかは、誰にも分からなかった。
*
一時間で、車は八台入った。
出てきたのは六台だった。
「二台、残ってる」
直樹が言うと、久世が首を傾けた。
「始める前から、中にいた車もあるので」
「ああ」
「途中で出入りした車もありますし」
「じゃあ、何台いるか分からないか」
「はい」
直樹はノートへ目を落とした。
八台のうち、会社名が分かったのは四台だった。
色は全部書いてある。
荷台の中身は、ほとんど、分からない、になっていた。
「謎ばっかりだ」
「でも、八台来たのは分かった」
武藤が言った。
その声が少し弾んでいたので、直樹は顔を上げた。
「面白かった?」
「まあ」
武藤はノートを閉じた。
「今度は、もうちょっと見落とさないと思います」
「次もやる?」
野田が聞いた。
武藤が直樹を見た。
直樹は門の上に見える空を見た。
まだ明るかった。
「夜の方も、気になるよね」
「今日?」
「今日じゃなくても。昼と何が違うのかなって」
久世がスマホを鞄へ戻した。
「比べるなら、同じくらいの時間、見た方が」
「一時間?」
「ひとまず」
野田が背伸びをした。
「じゃあ、今度は夜か」
実は皆を見回した。
「寒かったら、何か温かいの持ってくるね」
「まだそんなに寒くないよ」
直樹は答えた。
武藤が袋を肩へ掛け、久世が立った。
野田は歩き出しながら、父親に会社のことを聞いてみると言った。
ただし、覚えていたら、と付け足した。
「それ、忘れるやつじゃん」
直樹が言うと、野田はスマホへ何か打ち込んだ。
「はい、入れた」
「何て?」
「親父に聞く」
「何を、がないよ」
野田は画面を見た。
歩きながら、もう一度文字を足した。
直樹は武藤の袋を見た。
そこに入った一冊のノートが、来るときより少し気になった。
「それ、あとで写真送って」
「今日の?」
「うん。家でも見たい」
武藤は頷いた。
「じゃあ、五人のところ作ります?」
直樹はスマホを出した。
それまでは、一人ずつに送っていた。
四人もそれぞれスマホを出し、歩くのをやめた。
結局、五人はさっきのベンチへ戻った。




