第十一章 まずは看板
第十一章 まずは看板
土曜日の午後、直樹が待ち合わせ場所へ着くと、武藤がもういた。
足元に、見覚えのある迷彩柄の袋があった。
「何持ってきたの」
「双眼鏡」
「おお」
「あと、飲み物」
「そんなに長くいるかな」
「分からないから」
武藤は袋の口を閉じた。
直樹は、こういうときには準備がいいんだな、と思った。
その割に、実戦では五分らしい。
口に出す前に、実が来た。
「お待たせ」
片手にレジ袋を提げていた。
「何買ったの」
「パン。お昼、食べてない人いるかなと思って」
「俺、食べた」
直樹が答えると、実は頷いた。
「じゃあ、あとで」
自分は何も買ってこなかったことに、直樹はそのとき気付いた。
財布もスマホもあるので、困ることはなかった。
*
久世が来て、四人になった。
野田からは、家の仕事が終わったら連絡する、とメッセージが来ていた。
「全員じゃなくても、行けばいいよね」
直樹が言い、四人は工場跡へ向かった。
休みの日に会うと、作業着ではないことが少し変だった。
久世のシャツには皺がなく、実の上着は袖が短かった。武藤の靴は、雑誌で説明していたものと似ていた。
直樹は自分の靴を見た。
踵が少し減っていた。
歩いて十五分ほどで、白い仮囲いが見えてきた。
昼間の工事現場は、思ったより普通だった。
重機の音がして、門の前には誘導する人がいる。何かの車が入るたび、通行人を止めていた。
「どれが看板?」
直樹が聞くと、久世は囲いの先を指した。
「あっちです」
四人で歩いていく。
完成予想図の隣に、工事の内容や期間を記した板が並んでいた。
直樹はまず、予想図を見た。
「こんなの、できるんだ」
広い歩道に、木とベンチが描かれていた。
実が絵の端を見た。
「花も植えるんだね」
久世は、その隣の文字を読んでいた。
「今は、整備する段階みたいです」
「建物は?」
「この工事とは、別かもしれません」
直樹は予想図から、工事の看板へ目を移した。
書いてあることの半分くらいは、何を意味するのか分からなかった。
武藤がスマホを出した。
「写真、撮っておけば」
「そうだね」
直樹も出しかけ、武藤が撮っているのでやめた。
「あとで送って」
久世は、今週の作業予定を見ていた。
「今日は、土の搬出って」
「外へ出す方?」
実が聞いた。
「はい」
「日曜は?」
直樹が指した欄には、休工、と書かれていた。
武藤がそこも撮った。
「先週と同じです」
久世が言った。
「じゃあ、日曜の車は何だったんだろうね」
直樹は門の方へ顔を向けた。
*
歩道を戻る途中で、大きな車が一台出てきた。
四人は誘導員に従って止まった。
車が曲がる。
武藤が、少し首を伸ばした。
通り過ぎると、その背中を目で追った。
「今の、空いてた」
「何が?」
「荷台。空っぽでしたよね」
直樹は車を見たが、もう後ろしか見えなかった。
「これから土を運ぶんじゃない?」
「外へ出ていきましたけど」
「ああ、そうか」
実が門の奥を見た。
「さっき、中で下ろしたのかも」
「じゃあ、入れる方の車だ」
武藤が言った。
久世は看板の方を振り返った。
「土を出す日でも、別のものは入れると思うので」
「それはそうだよね」
直樹は頷いた。
一台見ただけでは、何も分からなかった。
*
近くの公園のベンチに座り、武藤の撮った写真を見直した。
実が袋を開けた。
「パン、いる?」
「何パン?」
直樹が聞くと、実は中を見せた。
あんパンと、クリームパンと、惣菜パンが二つあった。
「大山さんはどれ」
「残ったのでいいよ」
直樹はあんパンを取った。
武藤がクリームパンへ手を伸ばし、久世は小さく首を振った。
「今は、大丈夫です」
実が惣菜パンを一つ取り、残りを袋へ戻した。
直樹はスマホの写真を拡大した。
「業者、いっぱい書いてあるね」
工事名の下に、会社の名前が並んでいた。
知らない名前ばかりだった。
「この工事、どのくらい大きいんですかね」
武藤が聞いた。
久世が面積の数字を読んだ。
直樹には、広いのだろうということしか分からなかった。
「トラック、何台くらい来るものなの?」
久世は少し考えた。
「何を、どれだけ動かすかが分からないと」
「面積だけじゃ駄目か」
「はい。土をどの深さまで動かすかでも違うので」
武藤が頷いた。
「じゃあ、車を数えるだけじゃ分からない?」
「数えていないと、比べることもできないです」
久世はそう答えてから、少し俯いた。
「たぶん」
直樹はあんパンを飲み込んだ。
「じゃあ、まず数えればいいんだ」
武藤が顔を上げた。
「それなら、できます」
足元の迷彩柄の袋を引き寄せる。
直樹は双眼鏡が出てくると思った。
武藤が出したのは、小さなノートとペンだった。
*
野田から電話が来たのは、実が二つ目のパンを食べ始めた頃だった。
「どこ?」
「公園」
「調べるんじゃなかったの?」
「看板見て、休憩してる」
「もう?」
「結構歩いたよ」
直樹が答えると、野田は公園の名前を聞いた。
十五分ほどして、自転車で現れた。
「何か分かった?」
「まだ」
直樹は隣を空けた。
野田はベンチの前へ自転車を寄せ、スマホの写真を見た。
「あ、ここの会社」
指で、一つの名前を示した。
「知ってる?」
「うちに機械の部品頼みに来たことある」
「どんな会社?」
「分からない。親父が話してたから」
「何だよ」
「名前見たことあるってだけ」
野田は写真を戻した。
実が袋を開いて覗き、空になっているのを見て顔を上げた。
「ごめん。パン、食べちゃった」
「いいよ。俺、食べてきたし」
野田は四人を見回した。
「これから何するの」
直樹は工場跡の方を見た。
白い囲いの上に、重機の腕が少しだけ見えた。
「もうちょっと、車見てみる?」
武藤がペンの蓋を取った。
「来る前に、書くこと決めた方がいいです」
ノートを膝に載せる。
時刻。会社名。入ったか、出たか。
武藤の字は、思ったより小さく、揃っていた。
「荷台が見えなかったら?」
実が聞いた。
武藤は一行書き足した。
「分からない、って書く」
直樹は頷いた。
「何でも埋めなくていいんだ」
「見てないこと書いても、しょうがないから」
武藤はそう言って、日付を入れた。
直樹はそのノートを覗き込み、少し笑った。
「探偵みたい」
「探偵は、あんパン食べてないの?」
野田が聞いた。
「食べる奴もいるよ」
直樹はすぐに答えた。
「そういう小説があって」
五人が立ち上がった。
直樹は話しながら歩き、四人はそれぞれの荷物を持ってついてきた。




