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鏡淵の調律 外伝 宗一の日記  作者: ちとせ鶫


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第7話 行けなかった日——恵子が代わりに言った

 《役員会・第二回——欠席した日 / 決断の記録》


     * * *


 今日、役員会があった。

 私は行かなかった。

 連絡もしなかった。


 なぜ行かなかったのか——今も正確には言えない。

 行けなかったのか、行かなかったのか。

 どちらの言い方も、半分ずつ正しい気がする。


     * * *


〔役員会の結果(恵子からの連絡・個人控え)/ 宗一〕


| 項目 | 記録 |

|------|------|

| 恵子の提案 | 「サードパス計画の一時凍結を提案する。根本的な設計見直しが必要だ」 |

| 役員の反論 | 「競争領域だ。凍結は後退だ。エレーナ・ミラーの動きを知っているか」 |

| 恵子の主張 | 「競合が先に開発しても、間違った方向なら同じ事故が起きる。正しい方向を先に見つけることに意味がある」 |

| 結果 | 凍結は否決。設計見直しの時間として調整期間3週間が認められた。 |

| 私の不在 | プロジェクトリーダーとして、私は欠席した。委任書もなかった。恵子が一人で受け取った。 |


     * * *


 恵子から電話があった。

 結果を、短く教えてくれた。

「3週間、もらった」と言った。

 それだけだった。


「もらった」——恵子がそう言った。

 恵子が、一人で行って、一人で言って、一人で受け取った。

 プロジェクトリーダーは私だ。

 私がいるべき場所に、私はいなかった。


 なぜ行けなかったのか——言い訳は、いくつも出てくる。

 どれも本当のことではない気がする。

 本当のことを言うなら——

 あの場所で「計画を止めるべきだ」と言う力が、もう私には残っていなかった。

 それを言うために行くことが、できなかった。


     * * *


 恵子が言った言葉を、私は使っていた。

「競合が先に開発しても、間違った方向なら同じ事故が起きる」——

 それは私が思っていたことだ。

 でも今日、それを言ったのは恵子だった。

 私ではなかった。


 3週間は、凍結ではない。

 でも——恵子が計画に「待て」を言った。

 私ではなく、恵子が。


 電話を切った後、少しの間動けなかった。

「そうか」しか言えなかった。

「ありがとう」を言うべきだったかもしれない。

 言えなかった——言い方が、分からなかった。


     * * *


 私は家族を守るためにここに来た。

 「成果を出せば守れる」という考え方が、間違っていた。


 守ることと、閉じ込めることは——

 恵子がいつかそう言いかけていた。続きは聞けなかった。

 でも今日、恵子が動いた。

 私が動けなかった場所で、恵子が動いた。


 守ることは、そこにいることだ。

 成果を出すことでも、計画を完成させることでもなく——

 ただ、そこにいることだ。

 今日、そこにいたのは恵子だった。

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