第5話 恵子と話せなかった夜——夫婦の距離
《事故翌日・深夜 / 家族の記録》
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恵子と話そうとした。
「境界を押すことの危険性について、もう一度整理したい」と言おうとした。
技術者として話そうとした。
それが間違いだったと、話し始めた瞬間に分かった。
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> 恵子は言った。
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> 「境界は通過するものじゃない。
> そのことは、最初から分かっていた。
> あなたも、分かっていたはずでしょう」
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私は「科学的根拠がない」と言いかけた。
言いかけて、やめた。
恵子の顔が、少し変わった。
「やめてくれてよかった」という顔ではなかった。
「やめる必要もなかった」という顔だった。
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—— 記録
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長い沈黙があった。
恵子は台所に行って、湯を沸かした。
お茶を二つ持ってきて、私の前に置いた。
何も言わなかった。私も言わなかった。
恵子が言っていたことは、正しかった。
正しかったが——認めることができなかった。
認めれば、計画が間違いだったと認めることになる。
計画が間違いなら、私がここに家族を連れてきた理由が消える。
その怖さが、恵子の言葉を遮断していた。
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> 余白・別日付
恵子の「安全な通過プロトコル」の研究について、私は詳しく聞いていなかった。
聞かなかった理由を、今も説明できない。
聞けば「なぜ今まで聞かなかったのか」と、自分に問われる気がしたのかもしれない。
夫婦の距離が、広がっていた。
技術の話をしている間は、距離が見えなかった。
技術の話をやめた瞬間、距離だけが残った。
お茶が、冷めた。
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