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鏡淵の調律 外伝 宗一の日記  作者: ちとせ鶫


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第4話 試験機の暴走——初めての恐怖

《第一次試験・事故当日 / 事故当日の記録》


     * * *


 試験機が暴走した。

 技術員が一人、負傷した。

 軽傷だった。軽傷で済んだ。


 試験室の中で、全員の影が試験機の方向に向いた。

 光源と、無関係に。


 私も、その場にいた。


     * * *


〔事故直後のメモ(手が少し震えていた)/ 宗一〕


| 項目 | 記録 |

|------|------|

| Δs変動 | +0.8 → +2.1(17分間)。試験終了後も+1.4で止まっている。収束していない。 |

| 試験機の状態 | 境界方向に「引かれた」。向こうから、来た。 |

| Δs同期反応 | 試験実施後、変動の振れ幅が拡大した。予測の範囲内だった——予測していたことが、恐ろしい。 |

| 私の判断 | 試験を緊急停止した。正しい判断だった。なぜもっと早くしなかったのか。 |


     * * *


 プロジェクトリーダーとして、私は「制御可能だ」と思っていた。

 数値を管理すれば、境界を管理できると思っていた。

 今日、境界は管理されなかった。

 向こうから来た——そちらが先だった。


 「Δs同期反応の振れ幅が拡大した。予測の範囲内だった」——と書いた。

 予測していた。

 試験が何かを揺らす、ということを、私は知っていた。

 知っていて、試験を止めなかった。

 「制御可能だ」という言葉の下に、その事実がある。


     * * *


 家に帰ると、夕莉が泣いていた。

 理由を聞いたら「夢を見た」と言った。どんな夢か聞けなかった。


 夕莉が夢を見た時刻が、試験の時刻と重なっていた。

 恵子から後で聞いた。

 私は、その事実を技術メモに書かなかった。

 書けなかった。書いてしまえば、繋がりを認めることになる。


 繋がりを——私は知っていた。

 試験が境界を揺らす。境界が揺れると、あの子たちが反応する。

 夕莉の夢は偶然ではない。夕奈が頭痛を訴えたのも、偶然ではない。

 設計の通りに、動いている。

 私が設計に加担した。

 その事実を、今夜、初めて身体で理解した。


 恵子が夕莉の背中を撫でていた。

 私は、その部屋に入れなかった。

 入り方が分からなかった——

 正確には、入る資格があるのかどうか、分からなかった。


     * * *


 プロジェクトリーダーとして——

 今日、私は初めて「恐怖」を感じた。


 技術への恐怖ではない。

 自分への恐怖だ。

 私は、何が「向こう側」にあるかを知っている。

 知っていながら、「向こう側」に穴を開けようとしていた。


     * * *


> 深夜の走り書き


 陽子さんから「鏡が割れましたか」という連絡が来た。

 割れていない——そう返した。

 「割れる前に動かなければ、取り返せない」——羽鳥家の言葉を、今夜初めて身体で理解した。


 「取り返せない」という言葉が、今は別の意味で頭に残っている。

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