第2話 最初の違和感——数値が示すもの
《Δs値上昇初期 / 技術メモ併記》
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〔観測記録メモ(非公式・個人控え)/ 記録:宗一〕
| 項目 | 記録 |
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| Δs値 | +0.6(正常上限+0.3を超過。恵子が「曇りすぎ」に相当すると言った) |
| 影の偏り | 鏡淵地区で3件の報告。私は「統計的誤差の範囲」と判断した。今も、そう思いたい。 |
| Δs同期反応 | 固定点の定期計測に変動。Δs値の上昇との相関が出始めている。正式記録には別の名称で記載している。この項目に何を記録しているか——日記にも書けない。 |
| 家族の状況 | 夕奈が頭痛を訴えた。夕莉が夢でうなされた。晴斗は何も言わなかった。二つの頭痛と悪夢が、同じ時間帯に起きたことを、私は知っている。 |
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夕奈の頭痛は、引っ越しの疲れだ。
夕莉の悪夢は、環境が変わったせいだ。
そう思おうとした。
恵子は「Δs値と関係がある可能性がある」と言った。
私は「根拠がない」と答えた。
恵子は何も言わなかった。
「根拠がない」——嘘をついた。
根拠は、ある。私は知っている。
知っているから、「根拠がない」と言わなければならなかった。
数値と家族を、頭の中で切り離していた。
技術者として数値を見る時間と、父として家族を見る時間を、別々にしていた。
それは正しい判断だと思っていた。
プロジェクトリーダーが感情で判断してはいけない、と。
しかし「別々にする」ことが、そもそも不可能な構造になっていた。
数値が上がる時、家族が揺れる。
それは偶然ではない——と、私は知っている。
知っているから、切り離そうとしていた。
切り離すことで、どちらも「続けられる」と思っていた。
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夕奈が頭痛を訴えた日の夜、
数値の記録を閉じてから、私は少しの間動けなかった。
なぜ動けなかったのか——今は分かる。
「Δs同期反応」という項目に、私が記録した数値が並んでいた。
その数値の意味を、私は全部知っていた。
知っていて、記録していた。
それが何であるかを、日記にも書けないでいる。
夕奈の頭痛は、引っ越しの疲れではない。
夕莉の悪夢は、環境が変わったせいではない。
数値が上がるとき、あの子たちの体が揺れる。
それは設計の通りだ——と、私は知っている。
知っているから、「疲れだ」と思おうとしていた。
「思おうとしていた」——この言い方が、正確だ。
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> 余白のメモ(別の日付・筆跡が違う)
恵子は「曇りすぎ」と言った。
羽鳥家の文書では「曇りすぎる時は、境界が薄くなっている」——人が消えると続く。
私はその文書を読んでいる。読んでいて、まだ止めていない。
止められない理由を、恵子はまだ知らない。




