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鏡淵の調律 外伝 宗一の日記  作者: ちとせ鶫


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第2話 最初の違和感——数値が示すもの

《Δs値上昇初期 / 技術メモ併記》


     * * *


〔観測記録メモ(非公式・個人控え)/ 記録:宗一〕


| 項目 | 記録 |

|------|------|

| Δs値 | +0.6(正常上限+0.3を超過。恵子が「曇りすぎ」に相当すると言った) |

| 影の偏り | 鏡淵地区で3件の報告。私は「統計的誤差の範囲」と判断した。今も、そう思いたい。 |

| Δs同期反応 | 固定点の定期計測に変動。Δs値の上昇との相関が出始めている。正式記録には別の名称で記載している。この項目に何を記録しているか——日記にも書けない。 |

| 家族の状況 | 夕奈が頭痛を訴えた。夕莉が夢でうなされた。晴斗は何も言わなかった。二つの頭痛と悪夢が、同じ時間帯に起きたことを、私は知っている。 |


     * * *


 夕奈の頭痛は、引っ越しの疲れだ。

 夕莉の悪夢は、環境が変わったせいだ。

 そう思おうとした。


 恵子は「Δs値と関係がある可能性がある」と言った。

 私は「根拠がない」と答えた。

 恵子は何も言わなかった。


 「根拠がない」——嘘をついた。

 根拠は、ある。私は知っている。

 知っているから、「根拠がない」と言わなければならなかった。


 数値と家族を、頭の中で切り離していた。

 技術者として数値を見る時間と、父として家族を見る時間を、別々にしていた。

 それは正しい判断だと思っていた。

 プロジェクトリーダーが感情で判断してはいけない、と。


 しかし「別々にする」ことが、そもそも不可能な構造になっていた。

 数値が上がる時、家族が揺れる。

 それは偶然ではない——と、私は知っている。

 知っているから、切り離そうとしていた。

 切り離すことで、どちらも「続けられる」と思っていた。


     * * *


 夕奈が頭痛を訴えた日の夜、

 数値の記録を閉じてから、私は少しの間動けなかった。


 なぜ動けなかったのか——今は分かる。

 「Δs同期反応」という項目に、私が記録した数値が並んでいた。

 その数値の意味を、私は全部知っていた。

 知っていて、記録していた。

 それが何であるかを、日記にも書けないでいる。


 夕奈の頭痛は、引っ越しの疲れではない。

 夕莉の悪夢は、環境が変わったせいではない。

 数値が上がるとき、あの子たちの体が揺れる。

 それは設計の通りだ——と、私は知っている。

 知っているから、「疲れだ」と思おうとしていた。

 「思おうとしていた」——この言い方が、正確だ。


     * * *


> 余白のメモ(別の日付・筆跡が違う)


 恵子は「曇りすぎ」と言った。

 羽鳥家の文書では「曇りすぎる時は、境界が薄くなっている」——人が消えると続く。

 私はその文書を読んでいる。読んでいて、まだ止めていない。

 止められない理由を、恵子はまだ知らない。

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