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第三話 グランドツアー

「きれい…」

 

 ベットに寝そべりながら天井にかかる虹を見る。

 

 ピカピカと星のように輝いて、花のように鮮やかで、水のように涼しげな光を放つ嗜好品。

 

七色に輝く魔石。

 

 近年、帝国南部カルヴァニア地方で産出した宝石である。

 魔力を少し込めれば光を放ち、その美しさに思わず目を奪われてしまう。

 

 

 そして、この石の最大の特徴は同じ輝きが一切存在しないことだ。

 

 その日に地脈に溶け出した生物、気候、果ては世界情勢まで。

 

 どこまでが真実かどうかはわからないが、貴族たちはその不規則性に惹かれ、大金を用いて購入するらしい。

 

 ある魔石は、一等地に家を建ててもお釣りが来るほどの値で取引されたと言う噂もある。

 

 流行の優雅とは、お気に入りの魔石を観ながら静かな中庭でお茶と茶菓子を嗜むことだとか。

 

 今、目の前にある魔石は商人から通常の半額と言われ買ってしまったものだ。

 

 正直高かった。半額ではあった。確かに綺麗だ。確かに流行だ。


 でも、とにかく高すぎた。皇女である私ですらしばらくの節約を余儀なくされたのだ。

 

 他の人たちは一体どこからこんなお金が出てくるのだろうか?そのお金はどこへ消えていったんだ?そもそも、この石にそんな価値はあるの?

 

 

 

「皇女、お時間です。」

 

 コンコン、と木製の扉が叩かれて、その時はやって来た。

 どうやら、ずいぶん長いこと鑑賞していたらしい。

 

 

 今日はついに異国の地への旅立ちの日。そして、故郷との別れの日。

 期限は4年、私が成人はプレイゲン王国滞在中にすることになるだろう。

 

 それは少し寂しいけれど、永遠の別れというわけではない。いつかきっと戻ってきて、自分の役割を見つけること。



 それが世界を見るという願いの先なのだ。

 

 

「はい、今行きます!」

 

◇◇◇

 

「ご留学おめでとう御座います。」

 

 王宮の廊下で、ルチアは珍しい人物と出会った。

 

 

「セウェルス…」

 

 彼女の弟にしてエジュデル帝国後継者、セウェルス。姉と同じく魔術の才に長けていながら、努力を惜しまない秀才。身体が弱く、病弱だが国を思う気持ちは人一倍ある。


 そんな男であった。

 

「ありがとうございます。貴方の活躍も期待していますよ。」

 


 そう他人行儀で言っても微笑み返してくる。

 

 ルチアにとってそんな出来た弟は、少し関わりにくい相手だった。彼が傍若無人な悪党であったなら、自分こそが国を導くのだ!となることが出来ただろう。

 

 しかし、このセウェルスという男にはそれが見つからなかったのだ。むしろ、探せば探すほど自らの欠点に気づいてしまう。

 

 

 ルチアは、この弟がどうしようもなく苦手であったのだ。

 

 自らにない病弱という欠点すらも乗り越えているように見える弟を瞳に入れてしまえば、きっと潰れてしまうから。

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 大きく描かれた竜の絵が飾られた玉座の前。大臣たちが集まるそこで行われるのは、旅立つ皇女への激励。


 皇帝より掲げられた剣が、皇女を聖別する。

 

「では、ルチアよ。エジュデルの名を背負い世界を学んで来なさい。」

「はい、皇帝陛下。」

 

 

 数千人の軍人たちの敬礼の中を馬車の隊列はかけて行く。近衛師団だけでなく陸海軍双方が各々の方法で祝福してくれている。

 

 

 街の人々はそれを見物しようと集まり、屋台が多く立ち並び、馬車には、たくさんの笑顔と花びらが降り注ぐ。

 

「見送ってくれる彼らは、一体何を思っているのでしょうか?」

 

 全員が笑顔でエジュデルの竜旗を振る。でも、その中には感情を押し殺した笑顔もあるはずで、なにも籠っていないものもあるだろう。

 

「気にしたって仕方ありませんよ。そりゃ、少しぐらいは反感を持っている人が居てもおかしくないでしょう。けれど、それを考える必要はないでしょう?そんなことをしていては心が壊れてしまいます。彼らはただ祝福してくれた。それでいいじゃないですか。」

 

 ユリウスのその言葉に、私は考えることを辞めた。

 

 

 

 

 

 

 いくつかの都市を経由して着いた軍港。

 

 そこには、巨大な蒸気船。

 


 巨大な煙突は天に突き刺さり、漆黒の船体は気品を感じさせる。ところどころに施された緻密な装飾は、船自体が巨大な軍服のように彩りを持たせている。

 

 

「アイリアから輸入された最新鋭の蒸気船です。世界最速、世界最良の旅になるでしょうな。特に、備え付けられた大型冷蔵庫のおかげで常に肉や野菜を食べることが出来るとか。」

「そうですか…」

 

 確かに美しい船体で、最新鋭の名に恥じぬ性能なのだろう。けれど、エジュデルの船は伝統的に竜を模したデザインで、船首にはエジュデル家の紋章があるものである。だが、この船にはそれがない。

 

 

 ただのデザインの違いと言えばそれまでだ。

 しかし、国家を背負う船として、本当にこれでいいのかと何かがすこし突っかかる。

 

 意気揚々と語る船長には申し訳ないが、私はこの船が心の底から素晴らしいものだと思うことが出来ない。


 ただの醜い負け惜しみなのかもしれない。けれど、一歩引いてはならないものがそこにあるのではないか。

 

そんな気持ちと共に、私は船に乗り込んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 大気を震わす重低音。荒波をものともしないその推力は、たしかに世界最高峰の船である所以なのだろう。

 

 このグランドツアーにおいて、訪れる国は三つ。

 

 一つ目はサーラント王国。


補給地点として寄港するらしい。

 

 二つ目はアイリア連合王国。

この船の出身地であり、エジュデル帝国最大のライバル。



 向こうがこちらをどう思っているかは知らないが、覇権を争う二国家であるということは変わらない。

 

 彼らが嫌いとか、そういうわけではない。

 むしろ素晴らしく発展した合理的な近代国家であるとも思う。だからこそ、彼らは我々とは違う。そんな恐怖にも似た感情を感じている。

 

 

そして三つ目がプレイゲン王国。


 アイリアと地理的に近くにありエジュデルが多額の投資を行う工業国家。私の留学先であり、この旅の終着点。

 

 

 

 あの小さく美しい魔石は世界を映すという。ならきっと世界はそれと同じくらい美しいのだろう。

 

 そう、あって欲しいものだ。

 


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