第二話 森に潜む魔物
「隊長、準備完了致しました。」
翌朝、村の中央の教会前で隊列を組む20人の親衛隊。帝国以前のエジュデル王国時代から存在する伝統ある小隊であり、その目的は王族の護衛。
例え命に変えても王族を護り抜くと誓った精鋭たちである。
ルチアは形式上隊長という事になっているが、その実態は護衛対象。それに不満がないわけではないが、自らの立場に甘んじている。
「我々の任務は民の生活を脅かす盗賊の討伐であり、帝国の威光を国内に示すものです。最善を尽くしましょう。」
ルチアを中央に陣形を組み、橋を越え、森を道なりに進んでいく。
「あったぞ!盗賊のアジトだ!」
石と藁で出来た貧相な小屋。こちらに気付いたのか何やら騒がしい。
バンッ!と扉をこじ開け中に入っていく兵士たち。
ルチアは後方で護衛されつつ、中の様子を伺っている。
しばらくすると小屋のざわめきは鎮まり、兵士数名が戻ってくる。
「制圧完了致しました。隊長もどうぞ中へ。」
「わかりました。制圧、ご苦労様です。」
小屋の中はムッとした空気が漂い、汗の臭いが染み付いていて気持ち悪い。
「…許してください、命だけはお助けください。」
青褪めた表情で、貧相な服を着た盗賊たちが縄で柱に縛り付けられている。
彼らをよく見てみると全員が痩せ細り、酒の気配もありはしない。
「ユリウス、この者たちはどうなるのですか?」
「留置所のある近くの街まで輸送します。その後の処遇については司法が決まるでしょう。」
「彼らも、生活に困窮していたのでしょうか?」
正規軍が来た瞬間に即降伏。権威に怯えるその姿勢。明らかに戦い慣れていない体格。彼らもまた被害者なのかもしれない、そんな思考が心を巡る。
「でしょうね。しかし、同情の余地はありません。我が国は法治国家、法に反した者は法に裁かれる。ただそれだけです。」
頭では彼らが悪事を働いたと理解できる。けれど、彼らの絶望に染まった目が染み付いて無くならない。
◇◇◇
後方から馬車を運び込み、そこに盗賊たちを詰め込んで帰路に着く。
「ずいぶんと静かな森ですね。」
先ほどの思考から目を逸らすように木々を見る。
「盗賊がいる、つまり人が普通に生活出来てますからね。足跡があったと聞きましたが、魔獣は少ないのでしょう。」
鳥の鳴き声ひとつ聞こえない。まるで、何かから隠れているように、その森は静寂に包まれていた。
「…流石に静かすぎませんか?」
耳鳴りが鳴り止まない。
生きとし生けるものの坩堝たるはずの森の中で、物音一つ聞こえない。
道の先に何か光も反射するものが落ちている。
「短刀…ですか?」
短い刃と木製の持ち手。特別な装飾はなく質素。
しかし、サビと刃こぼれがひどく、まともに使えるとは思えない。
落としてしまったのか、それとも打ち捨てたのか。
盗賊や冒険者にとって武器は仕事道具のはず。 しかし、それらの仕事をするような貧しい人が短刀をただ捨てるとは考えにくい。
なら、ここに落ちているということは。
「隊長!!」
刹那、ユリウスの声と共にルチアの身体が鮮血に濡れる。
「陣形を崩すな!魔獣が出たぞ!」
真紅の剛毛を持ち、金色の瞳を持つ大猿。大の男2人分を優に超える体格と、旋風の如き俊敏さを併せ持つ。本来、大陸北部には居ない熱帯林の怪物。
「鮮血狒々…」
赤く滲んだユリウスを握り締める猿がそこにいた。
図鑑でしか見たことのないような大魔獣鮮血狒々。蒸気機関のような音を立て、赤い剛毛が逆立ち、剥き出しの黄ばんだ歯で威嚇する。
「ユリウス!」
反応はない。けれど、その手にはまだ剣が握られている。
「皇女、我々の背後へ。」
大きな盾を持った兵士たちがルチアを中心に集まり、全方位を防御する。
さらにその前衛には、剣を携えた精鋭たちが陣形を組み付け入る隙を与えない。
たしかに、正面突破不可能な完璧な布陣だっただろう。人間相手であれば。
「なッ!」
ここは深い森の中。本来の生息域とは異なるとはいえ、この魔獣のフィールドであることには変わりない。
木から木へ、まるで踊るように背後に回り込み1人、また1人と襲う狡猾さそれを血が乾く前に完遂する恐怖。
そこからついた名前、それが鮮血狒々である。
狒々にとって最も脆弱そうに見えた皇女を狙った攻撃は、分厚い鋼鉄の盾に防がれる。
狒々は一瞬の隙を狙って縦横無尽に駆け回り、フェイントで騎士たちを翻弄する。
(このままでは背後の馬車が狙われる。もし逃せば村が襲われる。)
ならば、討伐するしかない。相手が騎士たちを徹底的に警戒しているのなら、やるべきは相手の理外からの攻撃。
「魔術を使います。」
騎士たちは構え、その時まで待機する。
イメージするのは血脈。先祖代々受け継いだ竜の血。大地より産まれた世界の意思。
身体は大地と共に、空、風、火、水、土。それら全てと身体を一体化させ、そこからエネルギーを絞り出す。
空気は震え、大地は唸る。
エネルギーを力に変換、指向性を持たせ、属性を付与する。
狒々は、動きを止め力の中心を凝視する。
そして理解した、アレは危険だ、自らの生命を脅かしうるものだと。
獣は握っていたユリウスをルチア目掛けて投げ飛ばす。
風を切る音。
しかし、ユリウスは豪鉄の盾に受け身を取り叫ぶ。
「今ですッ!やってください!」
皇女は静かに、宣告するように、差し出した手を握り締め、その魔術を行使する。
『竜の裁定』(ジャッジ)
竜の咆哮の如き稲妻が、鮮血の如き毛皮を黒く焦がす。
黒く焦げた魔獣は、結晶化した砂の上にパタンと落ちる。戦艦の主砲にも匹敵するその威力に地面は削れ、熱量によって木々も炭化する。
「よかった…みんな…無事で…」
地脈と血脈を同期させる竜血魔術。大きすぎる流れに身を置くその性質上、自己の不安定化と意識の朦朧は避けられない。
白くぼやける視界は、瞼に塞がれ暗くなる。
滲んだ汗が頬を伝い落ちる感覚を最後に、ルチアの意識は闇に消えた。
◇◇◇
そこは、全てがある場所。川のせせらぎも、火山の爆発も、人の憎しみも、全てが見える場所。
大きな流れが世界を巡り、生きとし生けるもの全てに利用される。
その流れの嚢胞が、膨れ上がって動き始める。
◇◇◇
ガタガタと揺れる。木の香りがここを現実だと認識させる。
「お目覚めになりましたか。」
ユリウスの声と共に暗い視界に光が灯る。馬車は帰路についたらしい。
「村人たちは感謝してましたよ。皇女の勇姿に感動したと。」
馬車から乗り出して後方を確認すると、黒焦げになった魔獣が引き摺られていた。
「帝都にこれを持っていけば、皇女の武勇が広まること間違いなしです。」
「…皇女に武勇なんて必要ないでしょ?」
寝そべり、手で目を覆う。
「そんなことはありません、俺は信じてるんですよ。あなたがこの国の未来を背負って立つと。」
『信じてる』
脳内で反芻するその言葉が、ルチアを安らぎへと誘った。
◇◇◇
「留学…ですか。」
帝都に着いて早々、それだけが言い渡された。渡された手紙には皇帝の印鑑と、懐中時計。
「留学先はエジュデル大陸より更に北。アヴィルパ大陸東部のダチェ地方北部の大国、プレイゲン王国です。」
プレイゲン王国…たしか強力な君主権を持った軍事国家だと聞いたことがある。近年急速に発展している工業国家だとも。
「詳しくは追々。本日はもうお休みください。」
バタンと扉が閉まり、寝室は静かにアロマが香る。
「…留学か…」
産まれてから18年。ルチアは国外に出たことがなかった。
式典などに来た外国人を見たことがなかったわけではないが、それでも不安は拭えない。
ここよりも北。寒いのだろうか?食事は美味しいのだろうか?どんな文化なのだろうか?
軍事国家。エジュデルも世界最大級軍事国家ではあるが、そこは、本当に安全なのか不安になる。
「よし、決めた。」
頭の中でもしもを考えても仕方がない。自分の網膜を通して脳で理解するまではこの不安に意味はない。幸い、私は皇族として招かれる立場にある。そこまで酷い扱いは受けないだろう。
それに、今回の件のように私は何も知らない。国内のことすらも。
だから
「世界を知りたい。」
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