第一話 大戦の原因を求めて
よろしくお願いします!
誰かが言った。
「全部貴族が悪いんだ!」と。
—ならこの空腹感もそいつらのせいか?
各国はこぞって100キロを超える巨大な塹壕網を敷く。終わりの見えない閉塞感に両軍とも包まれる地獄の戦争。
機関銃が全てを蹂躙し、砲弾が命を消し飛ばす。
彼らアイリア海外派遣軍もまた、その地獄の中にいた。
「クソッタレ!いつになったら帰れるんだ!」
「んな分かりきったこと聞くなよ、敵が滅ぶまで続くだろうぜ。」
敵が突撃してきたらそこに弾丸を叩き込むだけの簡単な作業。機関銃の炸裂音で頭がおかしくなりそうになる。
良いことなんて人が肉塊になるその瞬間すらも砂埃で見えないことぐらいしかない。
「パンに虫が湧いてやがる。」
「よかったじゃねぇか、貴重なタンパク質だぜ。」
「…そういうお前は紅茶につけて取ってるじゃないか。」
束の間の休息の時間ふと思った疑問を口にする。
「なんで、こんなことしてんだろうな。敵も味方もまともじゃない。」
「どっかの小国のガキがオーサリー帝国の皇太子の胸に弾丸ぶち込んだせいだろ?そのせいで俺たちが地獄にいる。」
その小国の保護者を自称しこの戦争に俺たちアイリア連合王国を引き込んだルーツ帝国は絶賛劣勢中らしい。
同盟国ではあるがざまぁみろとしか思えない。
「おい、なんの話してんだよ。」
「あぁ、この地獄を始めたクソッタレが誰かって話をしてたんだよ。」
そもそも、今正面にいるのはダチェ帝国軍だ。
俺たち連合王国軍も、向こう側のダチェ帝国軍も、他人の戦争に巻き込まれている。
「誰のせいでも無いよ。その中の誰でもね。」
ヒョロガリのチビが本を読みながらこちらの話に割り込んできた。見たところ軍服は着ていない。旅人の装いをしている。
「へぇ〜、じゃあ誰のせいだってんだよ。」
「エジュデル帝国だよ。」
「はぁ?」
エジュデル帝国…聞いたことの無い国だ。周りの連中も同じような顔をしている。
「正確には、エジュデル帝国最後の皇族かな。今から30年前、彼女が世界をこの形に変えたんだ。」
「なんだ、そいつの正体は魔王でしたってオチか。」
ヒョロガリは本をパタンとしまって俺たちの輪に入ってくる。
「どうせ暇なんだろ?なら聞いてくれよ、ある皇女の、いや聖女の英雄譚を。」
「そして、神話の終わりを」
◇◇◇
帝国、それは大陸の覇者である。
帝国、それは聖なる竜の系譜である。
帝国、それは勝利である。
帝国よ、世界に冠たるエジュデルの帝国よ、大陸を制し、海を制し、世界を制した帝国よ。
お前は、神話と自らの血塗られた歴史を前にして尚、立つことができるのであろうか。
◇◇◇
エジュデル帝国首都、ノーザリア。
帝国の財と歴史と産業が集積された世界最大の都市である。工場からは絶えず煤と煙が溢れ出し、都市全体を霧の中へと誘う。
「皇女様!どこですか!」
その都市の中心部、王族の住まう宮殿のいつもの静けさはどこはやら。
召し使いだけでなく近衛兵や貴族まで、皆一堂に慌てている。
「あっ、ここに居られましたか。」
木陰でしゃがみ込み、何かを見つめる5歳ほどの少女。
その目には輝きと希望が満ちている。
「みて!これ!」
元気溌剌なその少女は、手に握り締めたナニカを召使いに差し出した。
「…何ですか?これ?」
小さな手の中で黒く蠢く虫。
「かわいいでしょ?」
虫を握って元気な少女。
彼女がこれから握る事になるのは世界か、自由か、それとも破滅か。
全ては運命が決まる事。されど、彼女の旅路に幸在らんことを。
◇◇◇
「陛下、多くの植民地で反乱が頻発しており経営に支障が出ております。このままでは帝国の人権国家としての地位が———-
「陛下、帝国の貿易赤字が拡大しており、このままでは————
「陛下、カルヴァニア分離運動の活発化について話が———-
そこは、王宮でもっとも人気の多い場所。皇帝の執務室である。
「お父様…」
小さき皇女にとって、忙殺される父を見るのは辛かった。けれど、それが必要な事であると理解していた。
帝国の歴史についてはまだ勉強中ではあったものの、それが大切な事だとは理解できていた。
ほとんど会った事も喋った事もない。けれど、彼女にとって父は大切であったのだ。
だが、それに転機が訪れる。
「おとうと?」
弟の誕生。それは、彼女の世界を大きく変えた。
別に、虐げられたわけではなかった、露骨に態度を変えられたわけでもなかった。
ただ、見てしまったのだ。
父が、弟を抱き上げるところを。
わかっている、父は自らの子供として差別したわけではない。帝国の後継者である王子を抱き上げたのだと理解した。
でも、それは彼女が最も欲していたものだった。
◇◇◇
アルザーヌの森。そこは、帝国の起源であるエジュデル王国建国神話に登場する古代樹林。シダ植物が生い茂り、怪鳥の鳴き声が聞こえる。
「ルチア隊長!どこですか!」
木陰でしゃがみ込み、何かを見つめる17歳の少女。
「ここでしたか…これは?」
少しクセのある長髪少女は立ち上がり、手の中に優しく入れた虫を差し出した。
「見てください。この昆虫、建国神話でもいたやつですよ。まだ絶滅していなかったとは驚きです。」
「はぁ、またそれですか。わかってます?俺たちの任務。」
「もちろんです。ユリウス、あなたは先に戻っていてください。私はもう少しここに残ります。」
何も分かってないじゃん。そう言いたくても言えないのが従者の定め。ユリウスにとってはもう慣れたものだが、もう少しお淑やかになって欲しいものだと、そう思った。
「環境保護も社会奉仕でしょう?」
「そりゃあ…いや、そうですね」
ユリウスは諦めた。
「さあ、急ぎましょう。民たちが待っています。」
王女さまはもう満足したのか荷物を素早くまとめ、スタスタと歩き出す。
「…確認なんですけど、本当に何やるかわかってます?」
「何度も聞かないでください。わかってますって。」
怪しい、ユリウスはこれまでの経験からなんだか嫌な予感がした。勘違いである事を祈るが、そんな希望はすぐに打ち砕かれる。
「村の人たちとのコミュニケーシ「盗賊退治です。」
ユリウスは、いわゆる苦労人であったのだ。
◇◇◇
「ここカラマ村ですか…」
小隊と合流し、目的地の村まで到着したルチアたち。しかしそこにあったのは静かな村だった。
小川が流れ、水車が回り、木と藁でできた家が建ち並ぶ。それぞれの庭には、小さな畑があり作物を栽培している。
これまでノーザリアの街しか見た事のないルチアにとって、その光景は極めて珍しい物であったのだ。
「おお、よくおいでくださった。カラマ村村長のカラマと申します。こんな辺鄙な村までよくぞお越しくださいました。」
少し白髪混じりの中年の男。その男の声を聞いて村人たちがゾロゾロと集まってくる。
今、馬での移動というのも珍しいのだが、ここの村人たちは馬すらも珍しいったようである。
ユリウスはルチアの耳元に手を当て
(大丈夫ですか?ちゃんと言うこと考えてきましたか?)
(馬鹿にしないでください。大丈夫です。ちゃんとわかってますから)
「ご歓迎ありがとうございます。私は、エジュデル帝国皇女、ルチア。皇帝陛下の命により、盗賊の討伐に参りました。」
おぉ、と感嘆の声が村に木霊す。
けれど、それだけではない。やっと安心できると喜ぶ者、この先の生活に不安を抱く者。今回の来訪が、必ずしも良く受け止められているわけじゃない。
「ささ、こちらへ」
案内されたのは小さな家屋。中央には炉が置かれており、常に薪がくべられ、火が焚かれ続けている。
鎧戸からは少しの光が差し込むだけで、部屋全体は薄暗い。
「近頃は本当に困っておりましてな。この村まで物資が届かないことが多いだけでなく、出稼ぎに行った若い衆からの手紙も届かない有様でして。」
「…それは深刻ですね。」
村長さんの話をまとめるとこうだ。
1、盗賊はすぐそこの森に潜んでいる。
2.、すでに3人ほど殺されている。
3、盗賊の人数は不明だが、略奪の規模からして10人前後。
「なるほど、ご協力ありがとうございます。もう安心してください、盗賊は私たちが討伐して見せましょう。」
「この程度のことしか出来なくて申し訳ない限りです。」
「いえ、これが我々の任務ですから。」
「森に入られるのでしたら一つ、お伝えしたいことが。」
何やら神妙な面持ちで姿勢を直す村長。
「先日、森に大きな足跡を発見したと聞いております。」
「足跡…魔獣ですか?」
「えぇ、恐らくは。ですので、ご注意を。」
◇◇◇
日が落ちて、月が昇る。
静かな村は昼間と比べてさらに静かになり、小川のせせらぎだけが聞こえる。水面に反射する月は、揺れてぼやけて水中の小魚たちを曝け出す。
都市の濁った川とは違う、生き物の居る川。
「隊長、明日は早いんですから早くお休みになった方がいいんじゃないですか?」
「もう少し、ここに居させてください。」
「こんな所で寝たら風邪ひいちゃいますよ。…でも、たまにはいいですね、こういうの。」
その光は、確かに優しく存在していた。森の奥から覗く、金色の眼光と共に。
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