10-3 清算
城の正門を走り抜けるガットたち。
まだアスコンカ軍が外門を抜けていないためか、城の前にある跳ね橋は降りたままだった。
城内から不審者が出てくるとは思っていない警備兵はガットたちを無条件で通してしまう。
彼らは跳ね橋を渡り、城下町の中央通りを懸命に走る。
追ってきた王が城の正門前に立つと召喚扉を開き漆黒の渦から黒竜を呼び出した。
大きな影が地上を暗く染める。
竜の咆哮が王都に響き渡る、恐らく全市民と城の外にいるアスコンカ軍の耳に届いただろう。その振動で城と家々の窓ガラスが粉々に粉砕されていく。
その声を聞いたガットも対抗し漆黒の渦から神竜を召喚する。
二体の竜は互角の大きさであった。
黒竜の体格は、ほぼ神竜と同じだった。違いは黒竜の頭には二本の角が生えており、体は黒毛で覆われていた。
地上から少し浮いた状態で二体の竜が格闘戦を始める。
激しく角を衝突させると、その度に衝撃波が生まれ城下町を破壊してゆく。
大きな翼で羽ばたくと風圧で家々が押しつぶされていった。
二体の竜が暴れている最中もガットたちは町の外へ向かい走り続けていた。
彼らを追う王は、召喚扉を開き漆黒の渦から大狼と馬人を放ち、ガットたちを追い立てる。
中央通りには竜の咆哮を聞いた人々で溢れていた。不安な顔をしながら遠くで戦う二体の竜を観戦していた。
町の人を回避しながら通り過ぎるガットたち。
そんな彼らを追う大狼と馬人は、人など気にせず蹴り飛ばし、踏みつけながら追いかける。
悲鳴をあげる町の人々、その声を聞いて逃げ出す人々、町中は混乱の渦となっていく。
中央通りを疾走するガットたちの遙か先に外門が見えてきた。
まだアスコンカ軍は門の外で戦っているらしく、門は閉じたままであった。
ガットが召喚扉を開くと漆黒の渦から大猪が飛び出した。
ガットの意図を汲んだトニエが走りながら魔法を唱える。
「フェング・ジュケロ・ズゥ……」、大猪の足が魔法により速くなる。
さらにソフィーも続き詠唱を開始する。
「風錫裂智よ、我の求めに応じ汝の力を示せ」
大猪の後ろから激しい追い風が吹き、さらに加速する。
超重量級の大猪は限界まで加速すると全身全霊で門に激突する。
すると、周囲に響き渡るほど大きな衝突音とともに、大きく分厚い門に、大猪より少し大きい穴が穿たれる。衝突の衝撃で大猪の自慢である太く硬い牙が粉々に粉砕されていた。
「逃げろ!」
門の前にいたアスコンカ軍に大声で叫ぶルーベルガ。
門の内側から彼らを追ってきた大狼と馬人が溢れてくる。
さらに、王都に住む一般市民と兵士が、竜の戦闘から逃げるため門から溢れ出る。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
城壁の外ではアスコンカ軍と大狼、馬人の乱戦が開始される。
門に開いた穴から出てくる者がいなくなり、暫くすると、ゆっくりと王が姿を現す。
そして、門の前にいるアスコンカ軍を見ると
「小賢しい人間め、蹴散らしてくれる」と言いながら召喚扉を開く。
漆黒の渦から鳥人と小竜の群れが飛び出し空を覆う。
小竜は、その名のとおり小さき竜で、神竜を小さくした姿であった。
アスコンカ軍に空の敵を迎撃する手段はなかった。
絶望的な視線で空を覆う敵を眺めるアスコンカ軍、そこへ援軍が現れた。
空を高速で飛来する翡翠色の集団、竜人族だ。
恐らく里の者全員で来たのだろう、空中では激しい集団戦が開始された。
「何なのだ、あ奴らは」、初めて見る竜人族に驚く王、
「ええい、忌々しい」
再び召喚扉を開くと漆黒の渦から多頭犬を呼びだした。
人間など一飲みできるほどの大きな犬の顔が三つ並ぶ巨大な生き物。紺色の体毛で覆われた犬であった。
トニエが魔法を詠唱し始める。
「アネモス・ヴァシアス・エレクシィ・ウッフロゥス・イッポホゥリシィ……」
今までにないほどの集中力だった。
彼女の額の宝石が輝きだす。その光は頭を巻いている鉢がねから漏れるほどであった。
空に雷雲が立ちこめると、そこから羽飛蛇が召喚される。
太く短い白蛇の体からワシのような綺麗な白い翼が生えていた。
「あれは聖獣?」
その姿を見てソフィーが驚く。
四属性を司る聖獣が召喚できるなど聞いた事がなかったからだ。
羽飛蛇の体が風船のように膨らんだかと思うと、カッと口を開く。
体内で圧縮された空気の塊が口から発射されると、多頭犬の体を貫き、大きな穴を穿つ。
ギャンという断末魔とともに巨体が倒れ地面に横たわる。
羽飛蛇がゆっくりと地上すれすれまで降りると多頭犬を咥えて飛び去ってしまった。
そんな信じられない光景に渋い顔をする王。
それを見たガットが、
「もう終わりか?」と呟いた。
「仕方ない、直接わしが手を下してやろう」
「この時を待っていたよ」
背後からアルベリクの長剣が王の心臓を貫いた。
「グハッ……お、おまえは」
吐血しながら背後に立つ男の顔を見ようとする王。
「側近の息子の顔を忘れたか? どうせ死ぬのだ思い出さなくていいぞ」
王の手から力が抜け、前のめりに地面に倒れ込む。
それと同時に、王が召喚した獣が黒い煙になり天に昇っていった。
アルベリクは仰向けに倒れると、
「父さん、母さん、敵は討ったよ」と言い、この世を去った。
その表情は達成感に満たされた実に幸福そうな笑顔だった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
正門から護衛に守られながら王妃が歩いて出てくる。
「双方、剣を納めなさい」
よく通る声で戦闘を中断させる。
ゆっくりと人をかき分け王の亡骸に近寄ってくる。
「この人、逝ったのね」
ガットも近くに寄っていた。
「俺を恨みますか?」
「いいえ、王妃になった日から覚悟はできてます」
気丈に振る舞っているのか、それとも王に対して愛はなかったのか、その表情からは読み取れなかった。
「母上、あなたがこの国の頂点となりました。――この先どうされますか?」
「私は戦争を好まないわ、進軍していた全ての兵を退かせます。それと今後は人間に手を出しません。――フェスバル、あなたは正真正銘、私の子です。王位を継いではくれないかしら?」
「お断りします。この国を出た日から、私は過去の自分を捨てました。今はガットと名乗っております」
「……そう。――貴方には双子の妹がいます。生まれたときから黒髪だったので出産した日に逃がしたのです。側近の手に落ちてしまったかも知れませんが……。――勝手なお願いだけれども気に留めておいてくれるかしら」
「はい」
暫く無言で見つめ合う二人。
「それではガット、お元気で」
「王妃様もご自愛下さい」
振り返り町の中へ戻る王妃。
兵士が魔王軍の国旗に王の遺体を包むと丁重に運んでいった。
元第一王子の側近だったアルベリクはそのばに放置されたままであった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
アスコンカの国王がガットに近寄ってくる。
「厳しい躾けをしたみたいだな」
去って行く王妃と、王の遺体を見送りながら話しかける。
「……結局、俺は手を出してない。――話しは聞いていたよな。魔王軍は進軍を止めるそうだ、アスコンカ軍はどうする?」
「兵は退かせる。ただし戦費の補償などは話す必要あるがな」
「……そうか」
少しホッとしたような顔になるガット。
「他の三国は知らんぞ、この期に乗じて攻める可能性はある」
「俺が手を打つよ」
「……君が王になる姿、見てみたかったがな」、ニヤリと笑いガットを見る、
「我が城で待つ。約束の報酬、受け取りに来られよ」
くるりと振り返ると颯爽と自軍へ戻る国王だった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
竜人族が地上に降りてくる。その数、百人以上だった。
全員が立て膝になりガットに頭を下げる。
竜姫のネディラが最後に降り立つと、立て膝となり話しを始める。
「ガット様、再び貴方様の前に現れし事お許し下さい。――力の使い道、里の者全員で話し合い考えました。――力に溺れず、他者を侮らず、純粋に己の力を昇華させることを生涯の指針と致します」
ずっと下を向いたまま顔を上げない竜人族の一団。
恐らく彼の言葉を待ち続ける気なのだろう。
放置すれば一生その場から動かない、そんな覚悟が感じられた。
「この先どうする、山に戻り静かに暮らすか?」
「一所に留まり力を誇示すれば無用な争いを生む、また、我らは外の世界をあまりにも知らなすぎる、よって全世界に分散し見聞を広めようと思います」
「……そうか。お前達で考えた道だ、好きにするが良い」
「ハハッ!」
竜人族全員が一斉に答えると、そのまま翼を羽ばたかせ空に舞い上がり、去って行った。
彼らが発生させた風圧で地面の砂が舞い上がり煙幕のようになる。
砂塵が落ち着き、目を開くガットたち。
一人だけ残る者がいた。竜姫のネディラだ。
「……なぜオマエは行かない?」
「竜人族のさらなる昇華にはガット様の血が必要です。これは里の者から託された我の使命なり。どうか同行を許されよ」
熱い眼差しをガットに向けている。断れば自害しそうな雰囲気だった。
「約束はできない、ただついてくるのはオマエの好きにすれば良い」
パッと笑顔になる竜姫。
「ありがたき幸せでございます」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
ふぅと息を吐き出すガット。
一段落したと安心したのもつかの間。
背中を殴られ続けている。
「なんでっ! 王子様の立場を! 捨てたんですかっ! 白馬に乗せて下さいよ!」
真剣に怒るトニエが背後にいた。
暫く無言で殴られ続けるガット。そして考えが纏まったのだろう。
「ああ、いつか俺の国を作ったらな」
「はいっ!」
元気に返事をし、瞳を輝かせるトニエだった。
「まさか王子様なんてねー、考えられないわ。アナタは私の弟で十分よ」
腰に手を当て笑いながら睨むソフィー。
「ハハッ、頼りにしてるよ姉さん」
「フフッ」
「決着はついたのか?」
腕組みしながら不機嫌そうなフェルネ。
「ああ、終わったよ」
「ちっ、俺の出番が……じゃあ新しい恩返しを考えないとな!」
「無理に探さなくて――」
「探すぞ!」
「ねぇ……これで平和になったの?」
少し心配そうな顔をしてハスエルが問いかける。
「いや、まだやることがある」
「えっ?」
「もう少し付き合ってくれないか」
「もちろん!」
ガットが手を上げると、町の中にいた神竜が飛んで来る。
「これより、三国へ交渉に行く」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
神竜の背に乗り、ラガレーム国、ブールジュ国、リブルバック国へ行くガットたち。
突如、城に竜を横付けする彼らに度肝を抜かれる各国の王だった。
ルーベルガとガットは三国同盟の一件で王たちに覚えられているため、謁見の間まで難なく案内された。
そこで彼らは、今後の魔王軍との関係について相談をもちかけた。
魔王はガットたちが倒した件、魔王軍は撤退する件、魔王軍の新国王となった王妃は人間と争わない考えである件を伝え、戦争を終結するよう王らに依頼したのだった。
始めは渋っていた王たちであったが、ガットが竜を暴れさせると脅したのと、彼に操られた王妃や王女が王を説得したため、ガットの依頼は受け付けられたのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
神竜の背に乗りアスコンカ国の首都モンブローへ向かうガットたち。
報酬を受け取る約束を果たしてもらうのと、閃光の獅子がモンブローで待機しているので合流するのが目的だった。
モンブローに到着したガットは神竜を召喚扉の中へ戻す。
アスコンカの国王と軽く謁見し、お目当ての報酬を受け取ったルーベルガはご満悦である。
町の中央広場では閃光の獅子が集合しルーベルガを待っていた。
その中には留守を任されたエダフも含まれていた。
「話しは聞きましたよ、戦争を終わらせたようですね」
「はいっ!」
心配事が解消されたハスエルは曇りのない笑顔をエダフに向ける。
「ガットも、無事で良かったです」
「はい」
閃光の獅子がざわめき始める。
彼らが左右に分かれ道ができると、そこからケインがふらりふらりと死霊のように現れる。
「ガット……」
目の下には深いクマができ、髪はぼさぼさ、ヒゲは伸び放題であった。
そして、手には剣と盾を装備している。
「ハスエルを返せ! おまえが! おまえが村に来たせいで!」
焦点があっていない、ガットを見ているのか、ハスエルを見ているのか判断できない。
ガットに向けて喋っているのか独り言なのか声も虚ろでよく聞き取れない。
彼を追い込んだのはガットではない逆恨みだ。
周囲の者もそれは理解していた。彼が選ばれなかっただけの話しである。
しかし、ガットだけは違った。
ハスエルを傀儡にしなければ、彼女は彼を選んでいたかもしれないのだと。
彼の告白を保留にしろと命令したのはガットなのだから。
魔王は部下を支配し恨まれ殺された、これは因果応報なのだろう。
「誰も手を出さないでくれ」
ケインとガットから人が離れ空間ができる。
誰も二人を止めようとしない。止めるなと無言の圧力が二人から発している。
ふらりふらりと力ない攻撃をするケイン、それを難なく回避するガット。
「どうして俺達の前に現れた。――なぜおまえの周りにだけ人が集まる。――なぜハスエルはおまえを選んだ。――なぜだ! ――なぜ……」
独り言のようにボソボトと呟き続けるケイン。心ここにあらずな状態であった。
「済まないケイン」、ガットが呟く。
その途端、何かが弾けるようにケインの意識が覚醒する。
死んだような目が怒りに燃える熱さを滾らせる。
「謝るな!」と、唸るような大声で叫んだ。
剣を握る拳にも力が入り、剣先の速度も加速した。
「俺はケインに斬られても仕方ない奴なんだよ……でも、易々とは切られない全力で行かせてもらう」
後悔を含んだ悲しそうな声でガットはケインに反撃すると予告する。
ガットはバックステップでケインとの距離を開くと、
「【加速】っ!」と祝福を発動させる。
その瞬間、ケインへの被危険度が急上昇し【先読み】の祝福が発動する。
今までに体験したことのない大量の予測映像がケインの脳裏に映し出される。
何十というガットの攻撃残像が一斉に襲ってくる、順番を見切る余裕などなかった。
亀のように身を縮め、被弾箇所を縮小するケイン。
その直後、マシンガンにでも撃たれたかのような超連続打撃音が中央広場に轟いた。
彼が持っていたのが竜鱗の盾でなければ、この初弾で盾が粉砕されていただろう。
長い旅をしていた二人に決定的な違いがあるとするならば、ガットは常に最前線に立ち、自分の身を危険に晒しながら強敵と戦い続け成長していた。しかしケインは閃光の獅子に守られながら自分は剣を振らず声だけを発し自らの手は汚さなかった。
故郷を出た直後なら勝負の行方はわからなかっただろう、しかし鍛え上げられたガットの攻撃を受けるだけの力はケインになかった。
受ける剣圧で手が痺れるケイン、次第に握力が奪われ下段から上段への打ち上げで盾が跳ね上げられてしまう。盾を持つ腕が斜め上に伸びきり、体の正面を守る物がなくなる。剣一本ではガットの攻撃をさばけるはずがなかった。
ガットの右手に握られた爺が直線を描きながら突き出されてくる。狙いは彼の心臓だった。
もうだめだと観衆全員が諦めたその時。
ケインを庇うように、瞼を閉じたハスエルが飛び込んできた。
ケインとガットの間に入るハスエル、そして彼女の胸には深々と爺が突き刺さっていた。
カランカランと石畳の街路に響く金属音。
ガットが地面に視線を向けると、そこには爺の刃が転がっていた。
「さらばだ王子……」
「爺……」
ハスエルを庇い、自らの意志で折れる爺。
ケインからは地面に転がる爺は見えていない、ガットがハスエルを刺し殺したように見えている。
鬼のような形相になるケイン。
「ガーーーットォーーー!!」
振り上げられた剣で袈裟切りにされるガット。
傷から吹き出す血がハスエルの顔に降りかかる。
そこで彼女は自分が刺されていない事に気が付き目を開いた。
がくりと力が抜けるガット。両膝が地面に付くと一瞬停止する。そしてスローモーションのように横に倒れたのだった。
「ガット!」
治療しようとハスエルがしゃがもうとする。
しかし、背後からケインが近寄り、彼女の腕を引き立たせると、そのままズルズルと引ずっていく。
「ガット! ガット!」
薄れゆく意識の中で、泣きながら彼の名前を呼び続けるハスエルが、遠くに連れ去れていく姿が見えたのだった。




