10-2 タイトル回収
王都から少し離れた民家、人の住む気配はないが放棄された廃墟という感じではない。そこの一室に敷かれている絨毯をめくると板張りの床に四角形の蓋が現れる。そこを開くと隠し階段が地下へと繋がっていた。それは王家の者だけが知る抜け道だった。
綺麗に敷き詰められた石の通路を進む一行。
途中、何度も扉が出現し彼らの行く手を遮った。
正しい順番で岩を押さなければ開かない扉など、カラクリを知らなければ通れない仕組みだった。
なぜガットがこのような道を知っているか誰も聞かなかった。
そこに集まった誰もが、何か深い理由が彼にあるのだろうと感じ取っていたからだ。
抜け道から出ると、そこは貴族の邸宅だった。
普段は使われていないが、手入れは行き届いている綺麗な邸宅は、管理人の老人とハウスメイドだけが住んでいた。
彼らに気付かれないよう邸宅を抜け出す一行。
外に出るとそこは豪華な邸宅の並ぶ街道であった。
丁度良く町を警邏する兵士を見かけた淫魔のヘルミルダは、妖術を使い第一王子の側近だったアルベリクの邸宅の場所を聞き出す。
幸いにも彼らのいる邸宅街の一軒が目的地であった。
広々とした庭園の奥に建つ立派な屋敷。
足早に庭園を駆け抜けると、入り口から中の気配を探るガット。
指を二本立て、中に二人いることを皆に知らせる。
そっと扉を開けて素早く忍び込むガットとフェルネ。
他の者が扉を通り過ぎたときには、使用人とメイドが二人に口を押さえられ床に転がされていた。
アルベリクが二階の書斎にいるとメイドから聞き出した一行は、階段を上り目的の部屋まで進む。
扉の前でガットが気配を探る、どうやら相手は一人のようだ。
ガットがごく普通に扉を開く。
彼を挟むようにルーベルガとフェルネ、その後ろに残りの女性陣が続いて中に入る。
「誰だノックもせずに」、読んでいた本から目線を彼らに向ける、
「その仮面……そうか第三王子だな、よくここが……そこの女、生きていたのか」
「生憎ね」
アルベリクがガットを見て第三王子だと言うと、彼の背後に立つ女性陣が一瞬ザワッとする。
ソフィーは彼が魔人と知っているので一瞬驚いた表情をしたが直ぐに納得した。
トニエは王子と聞いて瞳を輝かせる。頭の中は既にお花畑だろう。
フェルネはガットの顔を凝視し、口をポカンと開けたまま硬直している。
ルーベルガは「それが何か?」とでも言う顔だった。
「話しは聞いた。兄上達を陥れたようだな、魂胆を吐いてもらう」
読んでいた本を閉じ机の隅に置くと、軽く手を組み落ち着いた表情で語り始めた。
「隠すつもりはない。むしろ王子には聞く義務があるのだ。――全ては国王が悪いのだ」
「父上が?」
「王子も使えるのだろう命珠を奪う秘術だ。――国王はな、俺の父から命珠を抜き取ったのだ。――父は国王の側近だ、百歩譲って忠誠の証としての儀礼としよう……」
急に表情が怒りに染まり、声を荒げ始める。
「だがな! 国王はさらに母の命珠を奪い、女性としての尊厳を奪ったのだ!」
ガットの裏で話しを聞いていた女性陣の顔が、明らかに嫌悪感を含んだ厳しいものにかわる。
硬く握った拳で机を強打するアルベリク。荒げた声が静まり呪うような禍々しい声になる。
「父は奴を恨んだよ、その度に心臓に激痛が走りのたうち回るのだ、そんな父の姿を見て母が奴を恨んでな、母も同じように苦しんだ……そして痛みに耐えられずに死んだよ……」
彼の目から涙が溢れてくる。そして悲しみを含んだかすれる声でガットに語り続ける。
「母の死に耐えきれず父は心が壊れたよ……痛みは消えた、だがその代償として母の存在を忘れたのだ。そして今でも奴の側近として働いている。まるで心のない人形のようにな……」
再び怒鳴るような大声をだし、ガットを指さす。
「俺は奴が許せない! そして、支配の力を持つ王族を許さない!」
思いもよらない話しに困惑しながらも大人しく彼の話を聞いていたガット。
「兄上を殺そうとしたのは――」
少し裏返ったような、嘲笑を含んだ声でガットの質問に答える。
「ああそうだよ、警備を薄くしたギルテールに第二王子を赴任させたのは俺だ! アスコンカ軍の侵攻を秘密にしルグミアンに第一王子を放置したのも俺だ!」
両手の拳を硬く握りしめ机に押しつけ、体は怒りに震えるアルベリク。
「いつかあいつを! あの薄汚い墜ちた王を殺すと決めたんだ!」
暫く続く沈黙。誰も口を開ける空気ではなかった。
体の震えが止まり、力が抜け、落ち着きを取り戻したアルベリク。
「王子よ、誰が悪いと思う?」
「……父上だな」
「なぁ、復讐を考えた俺は悪か?」
「……いや、当然だ。――だが俺を狙ったのは許せん」
「狙った? 何のことだ」
本当に知らないのだろう、キョトンとしている。
「暗殺者を差し向けただろう?」
「知らぬ。――この期に及んで嘘を付く意味はないとわかるだろ?」
再び訪れる沈黙。
「なぁ王子よ頼みがある。――もし奴の所業が謬りだと思うのなら、肉親である王子の手で奴を殺してくれないか」
その声は、脅迫や駆け引きなど含まれない、純粋な願い事のようだった。
三度訪れる沈黙、その場にいる誰もがガットの返事を待っていた。
「……ああいだろう」
ザワッとする女性陣、自分の親を殺すという依頼を彼が受けてしまった。
まるで憑き物が落ちたように自然な笑顔になるアルベリク。
机の引き出しを開けると、そこには短剣が入っていた。
「それを聞いて安心したよ」
短剣を取り出すと、自分の心臓目掛けて深々と突き刺す。
ドサリと机に突っ伏して倒れるアルベリク。
床に敷かれた絨毯に血の染みができる、机の下からその染みが彼らにも見えた。
「行こう」
ガットが一言告げると、何とも言えない空気をその場に残し全員その部屋から立ち去った。
暫くするとアルベリクがゆらりと起き上がる。
「やはり甘いなあ王子よ。ここでオマエに殺されるわけにはいかんのだ」
彼は生まれつき心臓が二つある希な体質だった。そのおかげでオズウェンの命珠が効かなかったのである。
ゴフッと吐血するアルベリク。
「しかし、時間がないな……最後までうまく踊ってくれよ……」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
再び王族しか知らない秘密の通路を進むガットたち。
石造りの階段を上ると三本の木でできたレバーがある。それを順番に操作するガット。
ガタリと何かの歯車が回転する音が聞こえると、石の壁が横にズレて道が開けた。
そこは王城内、それも謁見の間の玉座の後ろにある個室だった。
重く厚い豪華な刺繍のカーテンを開き謁見の間に入る。
突然現れた不審者に驚いた衛兵は、槍を構えて彼らを囲んだ。
ガット達の左側に王、その隣に王妃が座っていた。さらに、その奥には側近が立っている。
全体的に細身の王、深いほりのある顔立ちで常に不機嫌な顔をしている。綺麗に切りそろえられた金髪、顎には長いヒゲ。鋭く細い目に冷たく輝くブルーの瞳が彼らを見つめていた。
深い紺色の上着に金糸で刺繍が施され、白いズボンとあわさり高貴な印象だった。
王冠は付けない風習のようだ。
「久しぶりだな、父上」
「誰だ?」
あまり関心のなさそうに問う。
「息子の声を忘れたか、フェスバルだよ」
フェスバルとはガットの本名である。
「知らんな、わしの息子は二人だけだが」
眉一つ動かさずに告げた。
「なっ?」
冗談とも思えない返事に困惑するガット。
王は手を振り人払いをする。
謁見の間から兵士が退室し、ガットたちと、王、王妃、側近だけがその場に残っている。
まるで蟲でも見るような目つきでガットに語る王。
「不審に思ったことはないか? 一人だけ黒髪なのを。王家の血筋に黒髪などおらぬのよ」
唖然とするガット。確かに王や王妃、兄上たちも金髪であった。
「オマエは妃と人間のハーフだ。晩餐になる予定だった雄をこやつが囲いおってな、まさか孕むとは思わなんだわ。――わしに露見するのを恐れて逃がしたのよ。愚かな……気付かぬと思ったか」
そう言いながら王妃を冷たく見る。
王妃は中肉、コルセットでキツく締められたウエストが似合う白いドレスを着ている。胸元は広く開いており宝石がちりばめられたネックレスが輝いていた。輝くような金髪が編み込まれ頭の後ろで固められていた。
普段は優しそうな顔なのだろうが、今は生き別れになっていた息子に会えた喜びだろうか泣きそうな顔をしている。
「フェスバル……生きていてくれて嬉しいわ。――アナタは十歳まで金髪だったのよ、でも徐々に黒くなって庇いきれなかった……ゆるしておくれ」
「何を言っている……俺は命を狙われた、あの夜、黒装束の男にな!」
まさか自分が人間のハーフだとは思っても見なかったガットは狼狽えていた。
そのため王妃が逃がしたという言葉が信じられなかったのだ。
「そんな筈はないわ――」
王妃の話を遮るように側近が話し始める。
彼が話し始めるまで、その存在に誰も気が付かないほど影が薄かった。
この人がアルベリクの父なのであった。
「殺すよう命令したのは私ですよ。――国王様には命珠を握られておりますが、王妃の命令には逆らえますからね、せめてもの仕返しのつもりが……まさか、国王様と血の繋がりが無いとは……無念」
あまりにも感情がないため、そのしゃべり声にも温度が感じられず、無念という言葉にも重みが無かった。これが心が壊れた人の姿なのかと、アルベリクの話しを聞いていた女性陣たちが彼の辛い立場に心を痛めるのだった。
そんな側近に冷たい目線をむける王。
「そうか、残念だったな」、不敵な笑いを向ける。
そしてガットを見ると、
「そうだ言い忘れておった、お前の父は我が食ったぞ。なかなか美味であったわ」
カカカと嫌な笑いかたをする王、
「さあどうする、父親の敵討ちでもするか?」
彼らを侮っている。何もできまいと彼らを見ながら大笑いする。まるで余興を楽しむように。
そして、そんな王の声に負けないほどガットも大笑いし始めた。
王の笑い声が徐々にトーンダウンし、やがて止まる。
ガットの笑い声に白けたようだ。
「気でも狂れたか?」、不機嫌そうに呟いた。
ゆっくりと笑い声を収めていくガット。
「いや、正常だよ、アンタと違ってな。――ここに来る途中で一つ約束をしてな、正直気が進まなかったが、今は願いを叶えてやりたくて仕方ないよ」
「ほーぅ、どんな願いだ?」
王を指さし、
「オマエを殺せだ!」と大声で威嚇する。
王の眉毛が片側だけ上がり不機嫌が怒りに移り変わる。
「ふっ、わしが直接手を下す必要もないわ」
王が腕を伸ばし召喚扉を開くと漆黒の渦から単眼巨人が現れる。
人間の二倍から三倍まで成長する巨人族で、他の巨人族同様、太い腕、厚い胸板、短い足をしている。特徴的なのは目が一つだった。
ガットも対抗し漆黒の渦から象人を召喚する。
王と彼らの間で巨人が二体、殴り合いを始める。
象人の拳が単眼巨人の顔に直撃し後ろに倒れると、壁に背中から衝突し、脆くも壁が砕け穴が開く。
巻き込まれるのを避けるためガットたちは謁見の間の入り口へと移動する。
単眼巨人が立ち上がると象人目掛けて体当たりする。今度は反対側の壁が崩落した。
両側の壁が崩れ支えとなっていた柱が折れ倒れる。
不運にも、その柱の下敷きとなり側近が潰されてしまった。
慌てる様子もなく、また悲鳴すら上げない最後であった。
王妃は危険を避けるため奥の部屋へと下がる。
さらに暴れ続ける二体の巨人、謁見の間が崩壊していった。
「こりゃまずい、一旦外へ出よう」
ルーベルガの提案で、謁見の間の扉を開き外へと逃げ出す一行。
通路には先ほど部屋を出た兵士が待ち構えていた。
ガットは漆黒の渦から大狼を召喚すると兵士たちを襲わせ自分たちは先を急ぐ。
走りながらトニエが魔法を唱える
「フェング・ジュケロ・ズゥ……」、全員の足が速くなった。
彼らの背後では、まだ激しく巨人達の争う音と壁が崩れる音が響いていた。
最後尾を走る足の遅いトニエが振り向くと、もの凄い勢いで王が追いかけてきていた。
「う、後ろから、王様が追いかけてきますぅー」




