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10-1 恨まれる者

雲に隠れていた月が姿を見せる。暗く冷たい町にほんのり月明かりが差し込み暖かさを錯覚させる。

魔王軍の町ルグミアン、その一角で力なく項垂うなだれ座り込んでいるガットと、彼の頭を優しく包み込む淫魔サキュバスのヘルミルダが暫く動かず、その場に留まっていた。


雨に濡れた猫のように震えていた彼が落ち着きを取り戻しつつあった。


彼の頭を豊満な胸の谷間に抱いたまま彼女が問いかける。

「落ち着いたー?」

「ああ」


震えていた声も元に戻ったようだ。

彼女から離れようとする。しかし彼女は彼の頭から腕を放そうとしない。


「まだ顔見られるの嫌でしょ? このままでいいのよ」

そう言いながら彼の頭をいとおしむように、なでなでとさする。


下を向いたまま、しっかりとした声でガットは彼女に問いかける。

「なぁ……そのアルベリクって奴は何者なんだ?」


「第一王子の右腕と呼ばれる男よ、たしか王の側近の子供だったはず」


「王の……記憶にないな。――居場所はわかるか?」


「この町からは脱出してるわ。たぶん王都にいるんじゃないかな」


「王都、か……」


彼女は彼の頭から腕を外し体をおこす。自然とガットも体をおこし彼女の顔を見る。

普段の彼の顔に戻っていた。

「行くの?」


「ああ、兄たちをおとしいれた理由が聞きたい」


「そっか、じゃぁもうひと頑張りするかぁー」

そう言いながら背伸びをする。


「君は――」

ガットが何か言い終わる前に、彼女は人差し指で彼の口を押さえる。


「さっきのキスで返せないほどの報酬をもらったわ」

首をすこし傾けながら軽くウインクする。

「ご主人さまぁー、奴隷には命令をするものですよっ」


自分が死んだ事が彼の負担にならないように、そして彼のために生きる事が自分の生きがいであるかのように宣言するヘルミルダ。今できる彼女の精一杯の気遣いだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


アスコンカ軍がルグミアンを制圧した翌日、第一王子の執務室は接収され作戦本部となっていた。


朝食後、その部屋にアスコンカの国王と側近、数名の兵士、それとルーベルガ、ガットが集まっていた。

執務室の机を囲む一同、王を含めた全員が立ったまま会話をしている。


「済まないな、本来なら我が国に関係のない君らに頼るのは筋違いなのだが」

王がルーベルガを見ながら苦笑いをする。


「かまいませんて、俺らは傭兵ですぜ、使われてナンボですわ。――で、何です?」


「今後の進路についての相談だ」


机に広げられた地図を指さしながら側近が説明をする。

魔王軍の領地のほぼ中央に位置するルグミアンそこから南東にオルレーゾ、北東のモンフォワ、北のテスケーノ、これらを順次制圧する案と、北西の王都ガビエドラに向かう案の二件が議題に上る。

さらに、オルレーゾとモンフォワが籠城戦の最中らしいという話しも説明された。


「そうだな……背後から挟み撃ちすれば効果的だろうなぁ。――ガットどう思う?」


「……その場合、敵兵の逃げ場がなくなるんだよな……殲滅か?」


「ん? ああそうなるだろうなぁ……どうした急に? 慈悲の心でも芽生えたかー?」


「そうかもしれない。この町の様子を見てさ、市民が人間に対して敵意を持ってるとは思えないんだ」


ルーベルガとガットの話しを無言で聞いていた王が呟く。

「国同士の争いなど、国民からすれば災害でしかないだろう。国土の広さで幸福度は変わらないものだ」


その王を見ながらガットが問う。

「戦争の目的はこの大陸から魔王軍を排除することか?」


「ハッハッハッハ! 進路の相談をして、戦争の是非を問われるとはな。――なるほど、王の器か」

ガットを眺めながら愉快そうに笑う王。


「魔人は人間を食う、これは狼が人間を襲うのと違いはない。だが人間は狼を絶滅させようとはしないだろう? 同じなのだ、我は魔人を殲滅しようとは思わぬ。牙を向ければ蹴散らす、その繰り返しよ」


王は拳を握り親指を立てると、その先を自分に向ける。

「だが、今回は我を直接襲った。――けだものにもしつけは必要だろ?」

そして、その拳を横にずらし、首を狩る仕草をする。


しつける相手は王だけでいいか?」


「フッ、ハッハッハッハ! 十分だ! 進路は決まった、王都ガビエドラだ」


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


魔王軍の王都ガビエドラにある、伯爵たちの暮らす邸宅が並ぶ街道。静かで落ち着きのある町並みは身分の高い者しか立ち入る事を許さない、そんな雰囲気をかもし出していた。


その一つの邸宅に第一王子の側近だったアルベリクが帰宅していた。

ゆったりとした厚みのあるソファーに深く腰を下ろしながら、ガラス製のグラスで揺らめく酒を眺めるアルベリク。充実した笑顔で緩やかに流れる時間を楽しんでいた。


「クックックック、笑いが止まらないな」

グラスの酒を軽く飲みこむ。

その香りを楽しむようにふぅと息を吹き出し、またグラスを揺らして楽しんでいる。


「オズウェンの驚く顔など想像できないからな、見れなかったのは実に残念だ」

グラスを止め、反射した自分の顔を見ながら呟く。


「奴には信じられないだろうな、俺が裏切るなど……。――命珠めいじゅが効かない相手がいるとは思いもよらないだろうからな」

クックックと愉快そうに笑う。


「それがオマエの敗因だよ王子様……」

そう言いながらグラスの酒をぐっと飲み干すアルベリクだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


魔王軍の王都ガビエドラへの侵攻が開始されていた。

ここまで進むと魔王軍にも情報が伝わっているので急襲は中断している。

攻城兵器や後追いしていた友軍と合流しつつ王都へ馬車を走らせるアスコンカ軍。


その中にガットたちの乗る馬車も含まれていた。


淫魔サキュバスのヘルミルダとハスエルに挟まれて座るガット、その向かい合った正面にソフィー、トニエ、フェルネが座っている。ルーベルガは王と同じ馬車に乗っていた。


じっとヘルミルダを見つめる正面の三人。

「……で、その人は誰なのですか?」、トニエがヘルミルダを指さす。


「私の事? フフッ奴隷よっ」

にこーっと笑いながら平然と答える。


三人が声を揃えて、

「はぁーーーっ?」と言いながら驚く。


「いや、あの、諜報員として雇ったんだ」

まるで、叱られている子供のように目が泳いでいた。


「ガット……あなたは口数が少ないからバレないと思っているのでしょうけれど、嘘が下手です」

彼を睨みながらトニエが言うと、その場にいた女性が全員、うんうんと頷いた。


彼の額から脂汗がだらだらと流れ出る。


「アハハハハ、あー面白いわぁ。アナタってモテるのね。――諜報員として雇われたのはホントよ」


「仮にその話しを信じたとしましょう。――腕を組んで、ソレに当てているのはナゼ!」

トニエがヘルミルダの胸を指さす。


彼女はガットと腕を組んで座っていた。そして彼の腕が彼女の胸にめり込んでいたのだ。

長袖で膝下丈のワンピース、この国では至って普通の町娘の姿である。

華美ではなく落ち着いた装い、しかし女子力としてはこの馬車で一番だった。


色気のないソフィー、幼児体型のフェルネ、唯一対抗できるトニエはいつもの鎧姿だった。


危機感を覚える三人、そこへ、

「子供は野暮ねぇ、大人のカ・ン・ケ・イよっ!」

彼女の一言が三人に火を点けた。


三人が一斉にガットを攻める。

自分の事をどう思うのか、その女は何なのか、密着し過ぎだ、場所を替われ、などなど大騒ぎである。


そんな三人を見ながらヘルミルダが大笑いする。

ハスエルも釣られて微笑ましく笑う。


そんな賑やかな馬車に乗る彼を、恨めしそうに睨む者がいた。

前後を走る、男だけの馬車に乗る兵士達だった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


魔王軍の王都ガビエドラへ到着したアスコンカ軍。

そこにそびえる城壁の強大さに唖然としていた。


大陸中の防護壁より一際抜きん出た高さと厚さであった。

ねずみ返しのように突き出た城壁路の床には穴が空いており投石や熱湯がかけやすくなっている。


恐らくオルレーゾとモンフォワを攻めている軍隊が戻るまで籠城戦を行う構えなのだろう、早々に門を閉じ城壁の上に兵士を集めていた。


対するアスコンカ軍は攻城兵器と共に進軍していた。

バリスタ(丸太を打ち出す巨大な弓)や、破綻槌(門を破るための丸太を積んだ屋根のある車)、カタパルト(岩石を射出する投石機)が用意され、合図は今かと待ち構えている。


戦場に攻撃開始を知らせるラッパの音が鳴り響く。


各攻城兵器は数人がかりで操作する必要があった。

バリスタには、大人二人が手を広げるのと同じくらい長い弓が固定されており、そこに貼られている綱を巻き上げ機を使い何度も回転させて引き、発射可能位置まで下げる。そして、丸太の矢を発射台に乗せると、綱を固定していた杭をハンマーで叩き下ろし矢を発射するのだった。


普通ならば、壁に突き刺さった丸太に縄をかけ壁を登る手がかりにするのだが、この壁はねずみ返しが付いているので易々とは登れない、よって矢の狙う先は城壁の上にいる人間だった。

直接人間に当たることは滅多になく、鋸壁のこかべの出っ張りを破壊するほうが多かった。


数台のバリスタから発射される丸太の矢が壁を破壊していく、それと共に敵兵が破壊された壁の破片に当たり悲鳴をあげながら落下していた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


攻城兵器の後ろで出番を待つ歩兵たち、その中にガットたちがいた。


飛び出す丸太の矢に注目している女性陣、彼女らに気取られないよう気配を消してその場を去るガットとヘルミルダだった。


戦場から離れ暫く小走りで移動していたガットが、ふいに立ち止まる。

彼が振り返ると、ソフィー、トニエ、フェルネ、ハスエル、ルーベルガが小走りで近寄ってくる。


ふぅふぅと息を切らしながら、

「どこへ行くのですか?」と問うトニエ。


「ちょっと用を足しに」、真顔で答えるガット。


キッと睨むトニエ。

「嘘が下手と言いましたよね?」


「……もう、誰も巻き込みたくないんだ、許してくれ」


ハスエルも少々怒っている様子だ。

「ガット、私に言ったよね『犠牲にしてでも成し遂げる覚悟がないんだろう。そんな甘い考えだと早死にする』って。――死にに行く気ね」


渋い顔をして斜め下を向き、誰とも目を合わさずに無言で立ち尽くすガット。


腰に手を当てて仁王立ちするソフィー。

「忘れてないわよね、私はアナタに一日でも長く生きてもらうと決めたのよ」


額の鉢がねを指でコンコンと叩くトニエ。

「勝手に同盟解消なんて許しませんよ」


左の手の平に、右手の拳を叩き込むフェルネ。

「決着付ける相手がいるんだろ、ソイツはオレが倒すと約束したはずだ」


「ハッハッハッハ、ガットおまえの負けだ、潔く連れてけ」

愉快そうに笑うルーベルガ。


顔を上げ皆の顔を順番に見ていく、そして、はにかみながら、

「みんな……ありがとう」と、笑顔になるガット。


「礼ならいらねえ、教えただろ?」


「ああ、金はツケでお願いするよ」

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