9-6 限界突破
魔王軍の町ルグミアンの中央、執政官の館にある第一王子の執務室。
そこではオズウェンが執務をこなしていた。
屋外からガシャガシャと音が聞こえる。
騒音を嫌う彼は眉間にシワを寄せていた。
屋敷の中が騒然としてくると、バンと執務室の扉が乱暴に開かれ、そこから剣と盾を持つアスコンカ軍の兵士が数十名、部屋になだれ込んでくる。
途中で捕まえた兵士に指揮官の居場所を吐かせ、この屋敷まで一直線に進んできていた。
「いたぞ!」、他の部屋を見ていた兵士を呼び寄せる。
状況が飲み込めないオズウェン。
それもその筈、側近のアルベリクに情報統制され、今の今まで敵軍が侵入している事など知らなかったのだ。
「何者だ!」、椅子から立ち上がり兵士たちを怒鳴りつける。
「アスコンカ軍だ、オマエがここの指揮官だな、大人しくしろ!」
オズウェンは腕を前に伸ばし召喚扉を開く。
漆黒の渦から大狼が数体、姿を現す。
しかし、多勢に無勢だった。姿を現した直後に切り倒されていく。
保有している魔獣の数も少なかった。
彼は壁に掛かっている剣を取ると、その剣先をアスコンカの兵に向ける。
「捕獲隊形!」、小隊長らしき男性のかけ声で兵士が構える。
盾を上下に二枚、隣の兵士と密着し体が出ていない状態で固める。
盾で造られた壁にじわじわと追い込まれるオズウェン。
必死に盾を攻撃するが効果がなかった。
じわり、じわりと、距離が縮められ、剣を振るうだけの空間もなくなり、抵抗できなくなる。
戦意を喪失したオズウェンが剣を放す。
「確保!」
木で作られた手枷と足枷を付けられ捕縛されるオズウェンだった。
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雲で月が隠れている。とても静かな夜だった。
アスコンカの兵が一般市民に手を出さなかったので町はそれほど混乱していない。
指揮官が捕まったとの知らせで反抗する敵兵もおとなしくなった。
行政区の中に牢獄があり、そこに第一王子のオズウェンが投獄されている。
そこに現れた黒装束の男。
腕を前に伸ばし召喚扉を開く。
漆黒の渦から幻馬が姿を現すと、睡眠作用のある霧を周囲に散布する。
黒装束の男は、熟睡する兵士の前を素通りし、オズウェンの牢屋へと足を進める。
幻惑系の妖術に耐性のある王族は幻馬の霧では眠らない。
牢獄の中からオズウェンが黒装束の男に問いかける。
「なんだ、アスコンカの死刑執行人はそのような姿なのか?」
とぼけている様子はない、どうやら彼は黒装束の男を初めて見るようだった。
「質問に答えてもらおう。第二王子はどこにいる?」
「フッ、何の質問かと思えば王族の所在か。アイツなら王都にいる」
第二王子の情報も彼には伝わっていないのだ。
「第三王子はどこにいる?」
「第三? とうの昔に死んだよ」
「死因は何だ?」
「変な質問だな……まあいい。王に病死と聞かされたよ。感染するとかで遺体は見ていないがな」
「邪魔をしたな」、そう言い残し黒装束の男は去って行く。
「おい、それだけか? 普通は王都の警備状況とか聞くだろう」
淋しそうな顔をするオズウェン。
「なんだ、最後の晩の話し相手ぐらい、もう少し付き合ってくれてもいいだろう」
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牢獄から外に出た黒装束の男が服を脱ぐと中からガットが現れた。
フェルネを襲った奴の黒装束を持ってきていたのだ。
「オズウェン王子は黒幕ではないようじゃな」
爺が話しかけてきた。
「……ああ」、淋しそうな顔をしている。
「助けてやらぬのか?」
「これは魔王軍と人間の戦いだ、その責任は取るべきだろう。兄上も覚悟をしている顔だったよ」
「……そうじゃな」
黒々と雲によって塗りつぶされた空を見上げているガット。
今にも泣き出しそうな瞳で、ぎゅっと口を閉じたまま、何かに耐えていた。
彼が復讐を決意しなければ、もしかすると第一王子と第二王子は死なずに済んだかも知れない。
危険な竜人族が世に放たれる事態にはならずに済んだかも。
今の状況は本当に彼が望んだ未来だったのだろうか。
「やっと……みつけたぁー」
ガットの後ろで声が聞こえる。
彼が振り返ると淫魔のヘルミルダが腹を押さえて壁にもたれていた。
安心したのだろうか、ズルズルと足の力が抜け腰を落とす。
慌てて駆け寄るガット。
今にも消えそうな声で話しを始めるヘルミルダ。
「ヘヘッ、ドジしちゃったー、私らしくないわー」
「どうした?」
「ねぇ、アナタ、第三王子なの?」、ガットが真剣な顔になる、
「フフッ見たらわかるでしょ、もう死ぬのよ、お姉さんに話してみなさい」
「ああ、そうだ」
「よかったぁー、私の死も無駄にならないみたい。――あのね、第一王子の側近にアルベリクって男がいるの。そいつがね、第一王子と第二王子をはめた奴よ。それとね、アナタの正体も知ってる」
ガットの顔がキッと険しい顔になる。
ヘルミルダが苦しみながらも、笑顔になる。
「ヘヘッ、そのかおー、いい情報だったみたいね、スパイ冥利に尽きるわぁー」
「俺の……ために?」
「そうよー。――前に言ったでしょ、次に逢うときは虜にしてみせるって。――ねぇ、今あなたの心は私が満たしている、違う?」
「ああ、その通りだ」、声が震えている。
「やった……ざまぁ……み……ろ……」
「ぅあぁぁぁぁぁ!!」
命の灯火が消える直前、彼は腰から爺を引き抜くと彼女の胸に深々と突き立てた。
彼女は黒い煙となり、彼の手に吸い込まれていく。
「うっ……うっ……」
奥歯を噛みしめ、何かに耐えるガット。
手から握力が抜け、爺が地面に転がり落ちる。
カラリカラリと淋しい音が闇に溶けていく。
暫くして彼は腕を伸ばし召喚扉を開くと、漆黒の渦からヘルミルダを呼び出す。
「ガット様、ご用でしょうか」、直立不動で丁寧な礼をする。
「クソッ!」、とても悔しそうに吐き捨てる。
「普通に戻れ」
「あれっ? 私なんで生きてるの?」、元気な声に戻っている。
「王族にはな、殺した相手を使徒にできる力があるんだ。――オマエは死んでいる」
ガットは座ったまま、ずっと下を見ている。
先ほどまでの彼女と交代したように、今度は彼が消え去りそうな声だった。
「そっかー、私、死んでるんだー。腐るの?」
お腹の傷を確認するが、綺麗な体だった。
「俺の命で動いている……腐ることはない。――成長もしないが」
「あらそう、得した気分だわ、永遠にこの美貌なんでしょー」
コロコロと笑っている。
「いや、俺が死ねば、オマエも死ぬ」
「へぇー、なら数年寿命が延びたんだ、さらにオ・ト・ク」
フフッと笑うヘルミルダ。
無理に気丈な様子をアピールするヘルミルダ、しかしガットは沈んだままだった。
彼の近くに両膝を付け座る。そして優しく彼の顔を上にあげ見つめる。
「何て顔してるのよー、後悔してるの?」
声を殺して泣いていた。
圧倒的な強さを持っていても、いつも強気な発言をしていても、誰も寄せ付けない孤独を演じていても、まだ十三歳の少年なのであった。
肉親の死などで弱った心に、彼女の死が訪れた。
やせ我慢の防波堤が決壊したのだった。
そっと優しく、触れるか触れないか、わからい程の浅いキスをするヘルミルダ。
「アナタに幻惑の術が効くなら、その悲しみを和らげてあげられるのに……ごめんね」
「君が謝る事なんて、なにもない……」
彼女に聞こえるぎりぎりの音量で囁くガット。
まるで雨に濡れる子猫のように震える彼を見て我慢できなくなったのか。
再びキスをするヘルミルダ。今度は情熱的で長いキスだった。
「ふぅー、芳醇! 苦悩、後悔、悲嘆。凄いわ! 心の中が混沌の嵐ね。――こんな濃厚な味は初めてよ。アナタは私にこの快楽をずーっと与えてくれるのね」
彼の頭を優しく引き寄せ、包み込むように胸に抱く。
「あーあ、結局奴隷になっちゃったなー」
「ごめん……」
「フフッ、いいのよ、愛の奴隷なんだからっ!」




