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9-5 罪の意識

魔王軍の町ルグミアン、その中央に位置する官邸には第一王子であるオズウェンの執務室と、彼の側近であるアルベリクの執務室がある。


アルベリクの執務室では連絡係が報告を行っていた。

「モンブローからの定期連絡が途絶えています」


「二人一組で行動しているのではないか?」


「その通りでございます、恐らく二人とも……」


連絡係の一人はアスコンカ王の隣でガットに討ち取られた者だ、そして、もう一人は洗脳が解かれたと魔王軍に情報が流れないよう国境警備を強化した後の網に捕まったのだった。


「そして、まだ確認は取れていませんが、その……ギルテールが落ちたと」


「何だと? ……アスコンカの王か……早いな。するとここへ来るのも時間の問題だな。――情報統制をするのだ、アスコンカ国の動向を全て私の所で止める、誰にも悟られるな」


「了解しました」


「ギルテールに赴任するよう指示を出して数日でこの成果だ、笑わずにはおれんよ。悪く思わないでくれよ第二王子……」

思惑どおりに事が運び満面の笑みになるアルベリク。

「そう言えば、仮面マスクの王子はどうした?」


「ターバンズに到着した所までは掴んでおりますが、その先は不明です」


「もしかするとアスコンカ国の動きに絡んでいるかものう。――ターバンズを襲わせれば動くと思っていたが早いな。――良いように踊ってくれるわ」

クックックと愉快そうに笑う。


「うまく行けば、第一王子と第三王子を同時に葬れるわ」


その話しを執務室のドアの前にいる女性が息を殺して聞いていた。

ガットに一度、命珠めいじゅを抜き取られた淫魔サキュバスのヘルミルダであった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―13


アスコンカ軍は、ギルテールに最低限の兵士を残し、残り全ての兵力をルグミアンへ移動させている。

魔王軍の領土なので替え馬ができない、そのため馬の休憩を挟みながらの進軍だった。


休憩兼昼食のため馬車を停止させるアスコンカ軍。

草むらに座り、配給されたパンと干し肉をかじる特攻部隊の面々、その中に竜姫ネディラとお供の姿は無かった。


「ふぅ、こんなの食わされると、おじょうちゃんの作ってくれる食事の有り難みが増すねぇ」


「でしょー、次は味わって下さいね」


ルーベルガとハスエルが談笑していると、上空から竜人族ドラゴニュートが降下してきた。

彼らの羽ばたきにより周囲に砂塵が巻き上がる。その影響で皆の持つパンが砂まみれになった。

ただでさえ不味い食事を台無しにされ怒る面々。


そんな空気を読めないネディラがガットの前で立て膝になり話しを始める。

「ガット様! 山へ帰れとの命令、撤回して頂けないでしょうか」


パンパンと砂を払いパンをかじるガット。

目線はパンに向けられていた。

まるで神竜のように何も語らない、その姿に彼女の顔は絶望の色に染まるのだった。


特攻部隊の面々、それとアスコンカ軍の兵士が何事かと見守る。

年端もいかない少年の前に、頭を下げ固まる竜人族ドラゴニュートの大人達。

その不思議で、かつ不気味な光景に目が釘付けになる。

騒ぎを聞きつけたアスコンカの国王と、その側近も足を運び見守っている。



長く重苦しい沈黙の後、ガットが口を開く。

「その力、どこまで通用するか試してみたくなっていないか? ――オマエら自分以外の生き物を見下してるだろ? そんな奴はいずれ他者をひれ伏させたくなるものさ」


「そ……そん――」、顔を上げ彼の目を見るネディラ。

心の奥を覗き込むような彼の竜眼が彼女の心に刺さり、言い訳ができなくなる。


「魔王軍の脅威が去ったら次に騒動を起こすのはオマエらだよ、人間相手に戦争でも始めるがいいさ」


「ならこの力どうすればいい! 始祖はどうして竜の力を得ようとした!」


まるでガットを神竜か、竜人族ドラゴニュートの祖先のように問う。

苦しみと悲しみが同居したような張り裂けんばかりの声だった。


「知らないね。――自惚れかも知れないが、俺にはオマエらが王と認める力があるのかもしれない、だがな、この力は俺自身を守る時、それと俺の味方をしてくれる者を守る時にしか使わん」


ガットはこぶしに力を込め握り混むと、それを目の高さまで上げた。


「力の使い方は自分で考えろ」


彼らから視線を外し、二度と語りかける事はなかった。


力なく項垂うなだれたまま飛び立つネディラ、それを追うように従者も飛び立つ。

暫くの間、その場に残った人は一言も喋らず、また動く者もいなかった。


そんな中、ガットだけポツリと呟く。

「……不味いな」


それはパンに向けた言葉なのか、自分に向けた言葉なのかは誰にも判らなかった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


ギルテールとルグミアンの中間地点を過ぎたあたりで、休憩のため街道で停止するアスコンカ軍。

三日経過していたが、その間、魔王軍との戦闘は一度もない。

いくら急襲しているとは言え敵陣のど真ん中である、何やらおかしいと王と側近が話しをしていた。


「罠の可能性……か」

王が腕を組み、空を見上げながら、つま先をトントンとしている。

「……あの傭兵二人をここへ」


連絡係の兵士に呼ばれて現れるガットとルーベルガ。

側近は手短に今の状況と、罠の可能性を説明した。


「なるほど、罠ねぇ……。――ガットどう思う?」


「俺は別の罠が仕組まれていると思っている」


「別の? 何だそれは」、王が問う。


「王が操られ進軍の危険が無いとはいえ、あまりにもギルテールの警備が手薄だった。――襲うよう仕向けられていたのではないかと」


「魔王軍の内部分裂か……ありえる、な。――ここまでの進軍で敵兵と戦闘にならなかった理由も頷ける。――よし、進軍する。準備を始めよ。別の罠の可能性も捨てきれぬ、オルレーゾとモンフォワ方面へ偵察部隊を派遣。背後からの挟み撃ちに備え、わが国から等間隔に連絡小屋を設置するのだ、定期連絡網を構築しろ」


王の命令を受けた兵士が散開する。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―14


良く晴れた昼下がり、昼寝でもしたら気持ちが良い気候なのに、馬車の中は臨戦態勢の兵士たちの熱気で蒸れていた。

魔王軍の町ルグミアンが視界に小さく見える距離、既に準備は整っていた。


「攻撃開始!」

アスコンカの国王が激を飛ばすと馬車が一斉に走り出す。


ギルテールを攻めた時と同様、全軍で一斉に町を包囲し逃げ出す兵を封鎖する作戦である。

しかし、ルグミアンは魔王軍の王都に次ぐ規模である。南から出発した馬車が外壁を伝いながら北門まで進むのに数刻は必要だった。


攻撃の主力はアスコンカの国王やガットたちのいる南門である。

既に戦闘は始まっており、壁上から降り注ぐ矢の雨を盾で防いでいた。

組み立て式の梯子を壁にかけたが、想定以上に高く上まで届かない。


「俺が行く」

「オレも行くぞ」

ガットとフェルネが梯子に登る。


先端まで登るとガットが鉤縄かぎなわを取り出し城壁の上へと縄をかけた。

スルスルと登る二人、下では彼らを援護するためソフィーが魔法を使用している。

突風が壁の外側から内側に向かい吹き荒れ、登る彼らの邪魔をする者を押し返していた。


壁上まで登った二人は警備兵を連係攻撃で次々と行動不能にしていく。

その間にアスコンカの兵士たちも縄を登り壁の上には十名程の兵士が集まった。


壁上から町を眺める一同。

びっしりと家の屋根で埋め尽くされた町並み、人間の町と違いなどない。

遙か先に見える内壁、指揮官はその奥だろう。

まだ戦いは始まったばかりだと無言で威圧する高く厚い壁であった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


城門塔に入るガットとアスコンカ軍の兵士。

薄暗くカビ臭い室内。

石で造られた螺旋らせん状の下り階段には敵兵達が待ち構えており、手に持つ槍で牽制している。

ガットとフェルネは短剣、アスコンカの兵も長剣である、攻撃範囲の差で前に進めない。


横幅の狭い階段、敵兵六人が二重になり槍の先端を揺らしている。

横をすり抜ける隙間さえない、もたもたしていると門前の味方が全滅してしまう。


ガットがゆっくりと後退しアスコンカ兵の後ろに下がり距離を空ける。


「【加速】っ」

ダダッと助走をつけ横壁を斜めに駆け上がる。


敵兵の斜め上を走り抜けようとするガット。

信じられない光景に慌てて槍を上に向けるが、その長さが逆に足枷となる。

六本の槍が壁に当たり旋回できない。


その隙を見逃さないフェルネが敵兵に体当たりする。

不意打ちを正面から受けた敵兵は、仰向けになり階段を転がり落ちていった。



一階に降りたガット達は門を開ける。

この門は二重の落とし格子(垂直に上下移動する格子型の門)になっていた。

アスコンカの兵が二人がかりで巻き上げ機を回転させ綱を巻き取ると、ゆっくりと門がせり上がる。


門が人の通れる高さまで上がると、門前で待機していたアスコンカ軍の兵士が津波のように町中へなだれ込んでいく。


城門塔から出てきたガット達にハスエルが治癒魔法をかける。

「大きな怪我はないみたいね」


彼女の後ろからアスコンカの国王が現れると、

「また助けられたな、ありがとう」と、ガットに礼を言う。


「俺達は傭兵だ、礼なんていらない」

素っ気なく答えるガットの背中を、ルーベルガが軽く叩く。


「そんな時はな、礼なら金でお願いしますって言うんだ」

ニヤリと笑っている。


「ああ、礼なら後でな」

そんな大男を見て王も笑顔になる。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


ルグミアンの町中を進むアスコンカ軍の兵士たち、道の両脇には民家が建ち並んでいるが戦火に巻き込まれた様子はない。一般市民には手を出さないよう王から命令が出ているのだ。


再び巨大な門と高い壁が兵士の足を止める。

行政区と居住区を隔てる壁、さらに、その周りには水堀があり防衛機能として申し分ない幅と深さであった。跳ね橋は上がっており敵兵の侵入を許さないと意思表示していた。


「ぐぬぬ……」、厳しい顔をするアスコンカの国王。


重く足の遅い攻城兵器は、まだルグミアンに到着していない。準備よりも速度を優先させた結果だ。

双方の弓兵も射程距離外なので、手を出さず睨み合っている状況だった。


「王よ、長い縄はあるか?」

ガットが王に話しかけ長い縄を用意させる。


「ソフィー、トニエ、頼みがある。――――だ」


「フフッ、まかせて」、ソフィーがウインクする。


「アネモス・プレッサ・ホーヴィ……」、トニエが魔法をガットにかける。


縄を腰に巻くガット、そのまま近くにある家の屋根に登ると、爺とククリナイフを抜き大きく深呼吸をする。

「【加速】っ!」、祝福ベネスを発動させた。


砲弾のように彼が走り出すと、ビシビシっという砕ける音とともに屋根の板が彼の後方へ弾けとぶ。

トニエの魔法により速度が倍増している。

前に倒れ込むほどの前傾姿勢で最高速度まで瞬く間に加速する。

屋根の端まで来ると全力で空中に飛び出した。


風錫裂智フシレチよ、我の求めに応じ汝の力を示せ」

ソフィーが風の精霊に助力を請う。


ガットの後方から追い風が吹き、彼の体をさらに上空へ浮き上がらせる。

普通では絶対に到達不可能な距離、彼の加速力と彼女らの魔法でその常識が破られた。


そこへ、壁の上に待機していた弓兵から一斉に矢が放たれる。


彼の視界が矢で埋め尽くされる。

だが【加速】状態の彼には、矢の動きがスローモーションのように見えていた。


彼の腕が残像現象を引き起こすほど高速に、鉄のやじりを横から殴り矢の軌道を逸らしている。

しかし、飛来する矢数が多すぎた。


全ての矢に対処するのは不可能と悟ったガットは、頭と体に飛来する矢を優先的に落とす。

腕と太股に何本もの矢が刺さりながら塀の上へ着地した。


ハスエルが治癒魔法をかけ続ける。

水堀の対岸からでは遠距離なので傷を治すほど効果は出ないが、かなり痛みは和らいでいる筈だ。


塀の上では、ガットの華麗な演舞が続いていた。

まさか跳び越えてくるとは思っていなかった敵兵は弓の用意しかなく、ガットの攻撃を無抵抗で受け続けていた。


水堀の対岸で彼の戦いを観戦しているアスコンカ軍の兵士たち。

彼の舞に誰もが心を奪われていた。


「……彼は何者なのだ?」

アスコンカの国王が唖然としながらルーベルガに問う。


「さぁー、何者なんでしょうなぁ。一緒に旅をしてきましたが悪い奴じゃないですよ、まぁ気は短いですがね、ハッハッハッハ」

とても愉快そうに笑うルーベルガ。


掃討し終えたガットは腰の縄を解くとツィンネ(凸凹した石壁)に縄を巻き付ける。

そして、縄の反対側を持っていた兵士も近くに生えていた街路樹に巻き付けると、水堀の間にピンと張られた縄の橋ができた。

縄を伝ってアスコンカ軍の兵士が次々と塀の上へと移動してくる。十名程渡り終わると彼らは城門塔へと入っていった。



ガットは血を流しすぎたので塀の上で休憩している。下手に矢を抜くと出血が酷くなるので針鼠はりねずみのままだった。


「少々無茶ではないのか?」、爺が話しかけてきた。


「……そうかもしれない。――何だか苛立つんだよ」


「竜姫のことか……王子は良くやっているよ」


「よしてくれよ、爺が優しいと不気味だぞ」、フフッと笑うガット。



一階を制圧できたのだろう、跳ね橋が降りるのを確認したガットは一階へと降りていく。


「ガットー」、泣きながらソフィーが駆け寄ってくる、

「痛い? 痛い?」


「ああ痛いよ」


「ハスエール! 早くー!」

「あー、はいはい」


「こんなの唾付けときゃ治るって」、そう言いながらフェルネが乱暴に矢を引き抜く。

それを見たソフィーがフェルネと喧嘩を始めた。


そんな彼女らの後ろから王が姿を見せる。

「礼はいらないんだったな」


「ああ、金をお願いします」

ルーベルガの教えを素直に実践するガットだった。まぁ笑顔が不足しているが。

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