9-4 狂乱
アスコンカ国の首都モンブローでは、魔王軍の町ギルテールへ向けた出兵準備が進んでいた。
王が洗脳から解放された次の日には、準備の済んだ者から順次出発していた。
経由する町では、疲労した馬車の馬が替えられ、国中の兵士が不休で集合していた。
他国が侵攻してくる可能性が無いのをルーベルガの話しで理解した王は、自国の全兵士を投入することに決定していた。
既に集合した兵数は約八千、準備が間に合わなかった者と、攻城兵器などは後から集合する手筈となっている。
国境手前の集合地点で野営するアスコンカ軍。夜明けと共に攻撃が開始される予定だ。
出兵準備から三日しか経過していない素早い対応だった。
閃光の獅子は戦闘に間に合いそうにないので、モンブローで待機するよう言伝をお願いしていた。
雲で月や星が隠れる闇の深い夜であった。風もなくひっそりと静まりかえる陣営。
幾つもの焚き火が点在している。
焚き火を囲うルーベルガ、ガット、ハスエル、ネディラ、そして竜人族の九人。
夕食を終え何気ない談笑をしている中、ハスエルが竜姫ネディラに質問をしていた。
「どうして山から出なかったの?」
「出なかったのではない、出られなかったのじゃ……」
淋しい表情をして焚き火の明かりをじっと見つめている。
「もう、遙か昔から我らはあの山に封印されておったのよ」
「封印?」
「うむ、目に見えぬ結界が山を囲むように張られておってな、槍などは通過するのに体は通り抜けられぬのだ。忌々《いまいま》しかった……」
悲しいような、怒っているような複雑な表情であった。
「力を得るため竜に挑み、望む力を得た祖先は、その力を振るう場所を取り上げられたのじゃ。――なんと滑稽な話しよのう。――力を返すから結界を解いてくれと神竜に懇願したが願いは聞き入れられなかった。――神竜を亡き者にすれば結界が解けるだろうと戦いを挑んだ事もあった。しかし神竜は眉ひとつ動かす事は無かったのじゃ……」
淡々と昔話をハスエルに聞かせるネディラ。
「十年前の戦争……あれは酷かった。先代の父が見せたあの顔、生涯忘れる事は無い。まるで玩具を与えられた子供のようだった。――お主らも見たであろう? 大量の亡骸を。――山の深い場所まで進軍させ易々と逃げられない位置まで来るのを待ち包囲したのじゃ、そして……」
ネディラは足下の枝を拾うと腹立たしく焚き火に投げ入れる。
そして昂揚しながら語る。
「あれは鬱憤晴らしだ。槍を振るう度に軽々と人間が死んでいく、その力に全身が震えるほど歓喜したのだ、自惚れた、これが竜の力なのだと。そして改めて怒りが膨れ上がるのだ、なぜ閉じ込められているのだとな」
ネディラがふぅと息を吹き出すと落ち着きを取り戻したようで、優しい目になりガットを見る。
「ガット様はそんな我らに、自由に飛べる空を与えてくれたのだ、王と呼ぶ理由、貴方様に返せない程の恩が生まれたのをご理解頂けただろうか」
「知るか」、バッサリと吐き捨てるガット。
「もぅ、この王は冷淡よのう、またそれが良いのじゃが」
ネディラがガットにすり寄ると、すっと立ち上がり去ってしまう。
そんな姫を見て笑う竜人族の男たちだった。
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竜姫ネディラが昔話を語っている最中、隣の焚き火では密談が行われていた。
参加者はソフィー、トニエ、フェルネである。
「ねぇ、なんでアンタが付いてきたのよ、閃光の獅子でしょ? 留守番してなさいよ」
ソフィーがフェルネに話しかける。
怒っているわけではなく、じゃれあい程度の話し方だった。
「恩を返すためだよ」、素っ気なく答える。
「ンフフー、またまたぁ、そんな言い方して、ガットから離れたくはないのでしょ?」
小悪魔的な笑顔でトニエがツッコミを入れる。
「おまえらみたいにイチャイチャする気はない!」
「恩って、偵察任務でガットに助けられたヤツ?」
ソフィーが探りを入れ始めた。
「あ、ああ、まあそんな所だな」
「おやぁ? 何か怪しいですねー」、トニエの連携プレー。
「べっ、べつに怪しくなんてないよ! その後にもう一度助けられたんだ」
「ドジ」
「うるさいな!」
「それで、それで! どうやって恩を返すのですか?」
瞳を輝かせて話しを聞きだそうとするトニエ。
「え? あー……ちょっとだけ秘密を教えてもらったんだ」
その話しを聞き、さらに瞳の光を強くするトニエ。
「へぇー、コイツにも秘密教えたんだ」
ハッとして口を押さえるソフィー。時既に遅し、二人がじっとソフィーを見つめる。
「もしかして、私の知っている秘密と同じなのかな?」
トニエまで口を軽くする。
暫く沈黙が続く、まるで三竦みの状態であった。
視線で牽制しあう女性達。
その均衡を崩したのはトニエの知識欲だった。
「ちょっとだけ、ほんの、ちょっとだけ、話す?」
彼女たちは頷き、恐る恐る口を割る。
肩が触れあう程に密集し周囲に声が漏れないよう小声で話しを始める。
フェルネが先ず呟いた。
「……旅の目的」
「何それ?」
「私は知らないですよ!」
視線がトニエに集まる。
「……珍しい物」
「何よそれ!」
「アイツなに持ってるんだよ!」
視線がソフィーに集まる。
「……出身地」
「どこですか!」
「どこだよ!」
「アイツ、いったい何なんだよー」、頭をかかえるフェルネ。
「ちょっと連れてきて尋問しようか」、立ち上がろうとするソフィー。
「待って下さい」、そんな彼女の腕を掴み止めるトニエ、
「時がくれば彼から話してくれると思うの、それまで待ちませんか?」
真剣な眼差しだった。ソフィーはふぅとため息をつくと座り直す。
「そうね……そのほうが良さそうね。――私、待つと決めたもの」
自分に言い聞かせるように独り言を呟くソフィーだった。
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まだ朝靄が濃く視界を遮る早朝、馬車の前に繋がれている馬の吐く息が白い。
アスコンカ軍の視界の先、豆粒大に見える魔王軍の町ギルテール。
土色の壁が薄らと雲海に浮かんでいるようだった。
「出陣!」
アスコンカの国王が先陣に立ち、兵士へ号令をかける。
一斉に走り出す馬車、ギルテールの四方の門へと急ぐ。
城壁の真下まで急接近した馬車から兵士が飛び降りる。
そして馬車から組み立て式の梯子を取り出し急いでつなぎ合わせると壁にかける。
何本もの梯子に兵士がよじ登り始めた。
ほぼ同時に四方の門を攻めるアスコンカ軍、逃亡者をだして応援を呼ばれるのを阻止する狙いだ。
あっという間に城壁の上では近接戦闘が開始された。
いくら早朝と言えど警備する兵士がいる、なかなか門を開くには至らなかった。
南門の近くで門が開くのを待つ兵士達にガットら特攻部隊が含まれていた。
そこへ竜姫のネディラとそのお供が立て膝になる。
「ガット様、我らが城壁を越え門を開いてきましょう、どうかご了承を」
「いらん」
「ご恩を返す絶好の機会! どうか!」
少しの沈黙の後、
「俺はオマエらの王ではないし、戦闘して欲しくて同行を許したわけじゃない。だから好きにすればいい」と告げる。
どうやら好きにしろという言葉を了承と受け取ったらしい。
「ありがとうございます!」、そう言うと飛び去ってしまった。
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ギルテールの門の内側、そこへ竜人族がぶわっと降下する。
竜姫を中心とした円形陣。
「行け」
ネディラが一言呟くと円陣の輪が広がり周囲の敵兵へと襲いかかる。
彼らは敵兵を槍で突き刺すと、そのまま持ち上げ、付近にいる敵兵の頭上へ叩き落とす。
倒れた敵兵を何度もその槍で突き刺す。
彼らの甲高い笑い声が周囲の敵兵の耳にこびりつく。
「……悪魔だ」、敵兵の一人が呟いた。
ギルテールは大陸の西の外れだ。竜人族の話しなど伝わっていない。
初めて見るその種族の姿は、幼少の頃に読んだ絵本に登場する悪魔そのものであった。
口元は暴虐の喜びに緩み、目は弱き獲物をいたぶる獣、血に染まる槍を手に持ち、蝙蝠のような翼を持つ。
少しの間、その場は殺戮の宴が催された。
門を押さえていた閂が切られた。横へずらして外されたのではない、文字通り竜姫の一閃により太い木材が真っ二つにされたのだった。
観音開きで門が開くと、入ってきたアスコンカ軍の兵士がウッと口を押さえる。
立っている敵兵は一人もいない、それどころか、人型をした肉片が無かった。
その惨状を無視して先へと進むアスコンカ軍。
続いてガットたち特攻部隊が入ってきた。
「こりゃあ……」、その現場を見たルーベルガがぼそりと呟く。
フェルネを抜いた女性陣は引き返し門の外で蹲ってしまった。
「見たか王よ! 我の力を! この素晴らしき力を!」
何処を見ているかわからない瞳。口元は歪み、甲高い笑い声を上げ続けている。
竜人族全員が血塗れであった。
ネディラがガットに抱きつく。返り血が移りガットまで真っ赤に染まる。
「王よ! ありがとう! 解放してくれてありがとう!」
そんな彼女をガットはドンと突き飛ばす。
ゆらゆらと後退するネディラ。
ハッと我に返りガットの顔を初めて見たような驚きをする。
「山に帰って二度と出てくるな」
冷静とか、素っ気ないとか、その類いの声ではない。完全なる拒絶を伝える最後通告だった。
ガットはフェルネに門の外にいる女性陣に付きそうよう依頼すると、ルーベルガと共に先を急いだ。
その場には赤く染まった地面と、後悔に染まった竜姫が残されていた。
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ギルテールの町を走り抜けるガットとルーベルガ。
早朝の町とはいえ、あまりにも人の気配が無く、そこはまるで廃墟だった。
町の中央広場では兵士に指示を出す王の側近がいた。
ガットが彼に指揮官の居所を聞くと、先の屋敷にいると教えられるが既に倒した後だと言う。
念のため姿を確認しようとその館へ入るガット。
見張りの兵士が待機している部屋に入ると、机に突っ伏して倒れている一人の男を見つける。
部屋には殆ど争った形跡がない、おそらく無抵抗だったのだろう。
倒れている男に近寄り顔を確認するガット、それが兄クリスターだとは直ぐに気が付かなかった。
三年前の記憶に残る兄の姿は、綺麗好きで身だしなみに厳しく人目を惹きつける魅力に溢れていた。
それが、酒の匂いを漂わせ、頬を赤く染め、無精ひげが伸びている。
「何があった……」、ぼそりと呟く。
もう一人の兄の行方を探ろうと部屋を見渡したが、書類などどこにもない。
ここでいったい何をしていたのだろうと不思議がるガットだった。
外に出てルーベルガと合流すると、上空から一人の竜人族が降下してくる。
ターバンズへ王の書類と連絡を依頼した一人だった。
彼の話では連合軍が魔王軍に敗退し、オルレーゾとモンフォワに撤退、そのまま籠城戦を開始したと連絡が入ったらしい。
その話をアスコンカの国王に話し今後の方針を検討してもらうルーベルガ。
「ほほぅ、そのような状況になっているのか」
つま先でトントントンと地面を叩く、どうやら考え事をするときの癖らしい。
「二国には悪いが、そのまま囮となってもらう。このまま進軍する! 準備を急げ!」
王の下知が飛ぶと兵士たちが駆け足で散開する。
爺が小声でガットに話しかける。
「もし、クリスター王子が黒幕だったら真相はわからんのう……」
「ああ、そうだな……」
門前での出来事と、兄の死、何の収穫も得られなかった現状に苛立つガット。
手の平をじっと見ている。
自分の手の届かない所で事態が進んでいく、そんな見えない力に恐怖を覚える。
人を巻き込んでいるのか、それとも巻き込まれているのか判らなくなっていた。




