9-3 ローリングストーン
アスコンカ国の首都モンブローは他の国と違い城壁が無い。
オーストラリアのエアーズロックのように平地に飛び出した岩盤の上に城が建っているのである。
天然の山城で地表から百メートルほどの落差がある。
町を囲む塀もなく、ある意味開放感のある町だった。
本来ならば到達するのは難しいであろう城内に、上空から易々と降り立つ特攻部隊。
「おい! おまえら何物だ!」
当然ながら城内を警備している兵士が騒ぎ始める。
「あーすまん、すまん、ちょっとお邪魔するよ」
笑顔で対応するルーベルガ。
「止まれ!」
進もうとする特攻部隊に弓を構える兵士。
竜人族が翼を羽ばたかせて突風を兵士に向ける、すると弓を構えていられず矢が地面に落ちていく。
事前の打ち合わせで王と話しをするまでは、なるべく怪我人を出さないと決めていた。
剣で彼らを制止させようとした兵士は、ガットとフェルネの高速移動により翻弄され、その武器を叩き落とされていた。
まるで我が家のように平然とした顔で城内を進む一行。
謁見の間のドアを蹴り開く。するとそこへ矢が雨のように降り注いだ。
事前に気配を読み取っていたガットはドアの前に誰も立たないように指示を出していた。
途中で捕まえた兵士を盾にルーベルガが先頭を歩く。
謁見の間には長槍持ちの兵士が十名ほど入り口を囲むようにその槍先を向けている。その裏には十名ほどが弓を構えており、さらに奥には王を囲むように長剣と盾持ちの兵士が十名ほどいた。
王は逃げずにゆったりと王座に腰を下ろしていた。
年齢は三十歳中盤ぐらいだろう、まだ若々しく温厚な顔立ちのなかに知的さが含まれていた。濃いブラウンの艶やかな短髪が波のように曲線を描いていた。軍服のような高い詰め襟の濃い紺の服装である。
ゆっくりと室内に入る特攻部隊。
「そのほうら……私に何か用かな?」
落ち着いた声で彼らに問いかけるアスコンカの国王。
「ちょっと伺いたいことがありましてね、もしかするとターバンズに軍隊を派遣してませんかねー?」
顔は真剣だが、なるべく柔らかく接しようとするルーベルガ。エダフとは違い腹芸は苦手のようだ。
「如何にも、私の命令で進軍しているが、何か不都合でもあるのか?」
表情を変えず淡々と話す王。
「魔王軍が進軍しているのに、人間同士で戦争とは余裕ですなぁ」
「我が国は魔王軍と同盟を組んでいるのだよ。攻めるなら今が絶好の機会だろう?」
ニヤリと笑う王。
「あ? ……魔王軍と同盟? 奴らの餌になる気か?」
「それは、ごく一部の人間だけだ。魔王軍との戦争で戦死する兵士の数に比べれば少ないだろう?」
「ぐっ……狂ってやがる」
ルーベルガの額には青筋が浮き上がり怒りに震えている。
彼の隣で大人しく話しを聞いているガット、しかし目線は王ではなく、その隣に立つ黒装束の者を凝視していた。そして、誰もその姿を気にも留めていないことに不振を抱いているようだった。
「フェルネ、王の隣に立つ奴、見覚えは無いか?」
彼女に聞こえる最低限の音量で呟く。
「隣? 誰もいないぞ?」
そんな筈は無かった、彼女は森で奴と一戦交えているのだ。
誰にも見えていないと確信するガット。
ただでさえ幻惑系の魔法が効きにくい体質に加え、ガットの右目は竜眼になっていた。
真実を暴き出す竜眼、その前ではいかなる幻惑も無効化されるのだった。
「トニエ、足が速くなる魔法、かけてくれないか」
彼の背後にまわり小声で呪文を唱える。
「アネモス・プレッサ・ホーヴィ……」
「【加速】っ」
突然目の前から消えるガットにザワッとする兵士。そして次の瞬間、謁見の間に何かが激突する音と、女性の悲鳴が響き渡った。
ガットの体当たりで王座の後ろの壁に叩きつけられた黒装束の女性。
その肩には爺が深々と押し込まれていた。
頭巾をむしり取り兵士の前に蹴り飛ばすガット。爺を振り付いた血を吹き飛ばす。
それと同時に王が意識を失い王座から床へ倒れ込んだ。
謁見の間にいる全ての人が、一瞬の出来事に反応できず、放心状態で立ち尽くしてしまっている。
「そいつを調べろ、王を惑わしている犯人かもしれないぞ」
ガットの声で正気に戻る兵士、慌てて黒装束の女性を押さえようとする、しかし今までの奴と同じく異臭を放ちながら溶けてしまった。
そうなる事を予想していたのだろう、それほど驚かないガットだった。
側近らしき男が王に駆け寄り状態を見る。どうやら気を失っているだけのようだ。
暫くして王が目を覚ます。
「お前は誰だ? それに皆、何をしている?」
近くに立つガットに驚く王、そして現状が判断できないようでキョロキョロとしている。
「王よ、魔王軍と同盟を組んでいると言うのは本当か?」
「なんの冗談だ?」
王の発言に、ざわざわとする謁見の間。
ガットはその言葉を聞き緊張を解くと爺を鞘にしまったのだった。返答次第ではここが戦場になっただろう。
立ち上がり王座に座り直した王に、側近らしき男が事情を説明する。
「なん……だとっ……。私が操られていたと言うのか。くそっ魔王軍め卑怯な手を」
ギリリと歯ぎしりが聞こえそうなほど怒りを露わにしている。
「すまねぇ王様よ、ターバンズにいる兵士を退かせてくれねえか」
「無論!」、ルーベルガの願いに声を荒げて一言で答える王、
「このまま済ますと思うなよ魔王軍が!」
カッカッカッとつま先で床を叩く王。そして思い立ったらしく。
「全軍、出兵の準備をしろ! 敵にはまだ、私が操られているのが露見したと伝わっていない筈だ、この隙に魔王軍の町ギルテールを急襲する! いぞげ!」
王が手を振り上げると兵士が一斉に連絡に走った。
「ふぅーっ」、深い息を吐き出す王、その顔からは既に怒りが消え、温厚な顔立ちに戻っていた。
「そなたたち、礼を言わねばならぬな、助かったぞ。魔王軍を叩きつぶした後、十分な礼をするので暫く待っていてくれ」
ルーベルガの隣に戻ったガットが、
「俺達は傭兵だ、その進軍に混ぜて貰えないか?」と言う。
「兵は多い方が良い、こちらから頼む」
そう言うと王は側近にガット達の手配を任せた。
連絡ならば竜人族が飛んだ方が早いという提案に王も賛成し、ターバンズに侵攻している兵に戻るよう書いた命令書と、ターバンズの村長への詫び状を運ばせるのだった。
そして閃光の獅子にモンブローへ来るよう言伝した。
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ガットたちがアスコンカ国へ特攻を仕掛けている頃、オルレーゾとモンフォワの中間地点では三国同盟から集められた兵士一万五千が集結していた。
「んーん、一万五千の連合軍、素晴らしいですな」
兵士を前にリブルバック国の騎士長マルコットは感涙にむせんでいた。
そんな彼に冷ややかな視線を送るラガレーム国軍師のサラディオと、ブールジュ国魔法師隊隊長のストフレッドだった。それは、ここに到着するまでマルコットのわがままを散々聞かされたからであった。
やれ隊列が乱れているだの、先頭を歩くのは我が国だの、どうでも良い事で時間を浪費したのだった。
「マルコット殿、ここからは魔王軍の領地、偵察部隊を派遣し敵の動向を探るのが良いと考えますが」
ストフレッドが一応提案してみる。
「何を怖じ気づいているのです、我らの行く手を阻む者など現れませんよ」
マルコットはそう言うとリブルバック国の兵士を前進させたのだった。
暫くすると勾配の急な上り坂に差し掛かる同盟軍。
草の生えていない荒れ地、大きく角の鋭い岩がまばらに点在する以外、目に止まる物はない開けた空間、乾燥した地面には薄らと砂が沈殿していた。
足跡のない地面は、暫く誰も進入していない証であった。
先頭をリブルバック国が正方形の陣形で進み、その後ろをラガレームとブールジュ国が二列に並び長方形の陣形で追従していた。
上り坂をそろそろ登り切るという頃、地面に多数の鳥の影が映り込んだ。
手をひさしのようにして目を覆い上空を見上げる兵士たち、その視線の先には空を覆うほどの鳥の群れが飛行していた。
いや、鳥ではない、鳥人の群れだった。
頭と上半身が人間、腕の代わりに翼が生え、足は鳥の姿をしている。
人間と同じぐらいの身長だ。
魔獣なので文明を持たないが、魔人が飼い慣らすことで命令を聞く兵士として利用されている。
その鳥人が鋭いかぎ爪の足を使い、丈夫な縄で編まれた網の端を四匹で掴み運んでいる。そして、その網の上には大きな岩が大量に積まれていた。
鳥人が連合軍の上空に差し掛かると、上空からの投石攻撃が開始された。
四匹一組の内、前二匹が網から足を放し載っていた岩を落としたのだった。
地上からの弓攻撃が届かないほどの上空から加速しながら落下する岩石、為す術なくその絨毯爆撃に晒され続ける連合軍。
兵士たちの悲鳴が、寂しかった荒野を一瞬で敗戦色の濃い戦場へと変化させたのだった。
何もできずにオロオロとするマルコット。サラディオとストフレッドは鳥人の姿が見えた直後に敵の攻撃を予測し撤退命令を出していた。
坂の上に新たな敵の姿が現れる。炎巨人だった。
人間の二倍から三倍の巨体。体にめり込んだ首の短い頭に太い腕、短い足の姿をしている。
彼らの主食は岩である。そのため表皮は岩でできており、その岩と岩の間から絶えず炎が吹き出していた。焼けた岩の色をした肌は見ただけでその熱さが伝わってくるようだ。
炎巨人が約二十体、横一列に並んでいる。
彼らはしゃがむと体操座りのように膝を抱え込み丸くなる。そして前転して坂を転がり降りたのだった。
彼らの前転攻撃に轢かれ潰れる兵士、さらに炎が燃え移り火だるまになる。
火に包まれた兵士がもがき苦しみ暴れまわると、他の兵士に延焼が広がり被害者が増大していく。
鳥人の攻撃からいち早く撤退した二国の兵士だったが、坂を転がり落ちる炎巨人に易々と追い抜かれてしまった。
坂のふもとで体操座りを崩し立ち上がる炎巨人、兵士の退路が断たれてしまった。
兵士達の顔が絶望の色に染まる。
「撤退! 撤退!」
声が枯れるほど叫ぶサラディオとストフレッド。
二国の兵士は蜘蛛の子を散らすように逃げる。
掴まれ投げ飛ばされる者、踏み潰される者、炎に焼かれる者。まさに地獄絵図であった。
辛くも逃げ延び、オルレーゾとモンフォワへ帰国できたのは出兵した兵の半数だった。
リブルバック国の兵は、ほぼ全滅、騎士長のマルコットは鳥人の攻撃で戦死していた。
魔王軍は進軍を再開し、オルレーゾとモンフォワでは籠城戦が開始されたのだった。




