9-2 最後の勢力
雲ひとつない澄み切った青空が頭上を塗りつぶし、手付かずで伸び放題の草原が足下に広がる。
草原を縦に割るように、まっすぐ伸びる街道。
遮る物がなく地平線まで見通せる風景であった。
ターバンズに向かう閃光の獅子。
「なんだあれ」、先頭を行く馬車を操る団員が呟く。
地平線まで続く街道の先から、まるで空に延びるように一本の煙が立ち上っていた。
誰かが焚き火でもしているのだろうとそれほど驚かなかった団員だが、馬車が前に進むにつれその正体が明らかになり胸騒ぎが激しくなる。
ターバンズが燃えていた。
全焼ではなく西口方面の数件が火事のようだった。
町の人の慌てている声が遠くから聞こえてくる。
閃光の獅子が町に入ると豚人が走り回っていた。
「ちっ、戦争始めやがったか……」
ルーベルガが眉間にシワをよせ脇に置いてあった戦斧を握る。まだ傭兵として契約は結んではいないが見過ごせないのだろう、戦闘準備に入る。
「あ?」
馬車を跳び降りたルーベルガが抜けたような声を出す。豚人が剣ではなく水の入った桶を持っていたからだ。
井戸から汲み上げた水を桶に入れ荷車に載せている。どうやら消火を手伝っているようだ。
彼が井戸に近づき村人に話しを聞くと、どうやらどこかの兵士に火を点けられたようだ。
「おい、おめーら、消化の手伝いしてやれ」
ルーベルガが団員に声をかけると、力自慢の男たちが水汲みと運搬を交代しようとする。
そこにソフィーが現れ、
「ちょっと、任せなさいよ」と言い、井戸の近くにいる人たちを離れさせると、
「水無圧智よ、我の求めに応じ汝の力を示せ」と水の精霊に助力を請う。
大量の精霊が集まる影響で彼女の体が薄ぼんやりと光りを放ち始める。
長い髪と服の裾が揺らめくと、井戸から水の流れる音が激しく響いてくる。
ドウッとまるで噴水のように井戸から水が立ち上がり、そのまま蛇のようにうねうねと蛇行しながら炎上している家の上空まで飛ぶと雨のように水を降らせたのだった。
その光景を見て村人から歓声があがった。
ルーベルガが親指を立てニヤリと笑う。
そんな彼を見て、
「フヘヘッ」と照れくさそうに笑うソフィー。
そこへ、
「でかい人間、なぜいる?」
背後から一人の豚人に声をかけられるルーベルガ。
「あー、おまえは、あー」、名前を思い出せないようだ。
「ダルケだ、ガットもいるか?」
「そうそう、ダルケ、覚えてるよ。――おーいガット!」
遠くにいるガットを大声で呼ぶルーベルガ。
懐かしい顔を見たガットが笑顔で近寄ってくる。
「久しぶりだなダルケ、これはどうしたんだ?」
「西の人間、また襲ってきた、オレら逃げた」
「西……アスコンカ国か。それにしても村に入って豚人は大丈夫なのか?」
「ガットと別れてオレいっぱい人間と話した。村で取れた物持ってきた、人間もいっぱいくれた、ここの人間いい、ガットの話しわかった、いい奴、いやな奴いる」
「そうか、嬉しいよ。――襲われてダルケは大丈夫だったのか?」
「逃がしてくれた仲間、死んだ、女子供は無事」
ゴツい顔の豚人だが悲しんでいるのは見て取れた。
「辛かったな……」
「ガット、どうしたらいいと思う? やり返すか? にげるか?」
「……俺は、人間同士の争いには興味ない……だが、戦争を始めた奴は報いを受ける必要があると思う」
その言葉はダルケに話しかけていると言うよりも、自分に向けて発した宣誓のようにも感じられた。
「西の人間の長か?」
ガットが頷く。
「おいおい、また紐の付いてない矢が飛んでいきそうだぞ」
そんな彼を見て茶化すルーベルガ、
「まあ落ち着けよ、まずは情報を集めて相談しようや」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―5
夕食時、閃光の獅子が通い慣れた酒場は彼らで賑わっていた。
人数が増え店内に全員入りきれなくなったため、屋外に丸テーブルが3台用意され一部の団員はそちらで食事をしている。竜人族も翼が邪魔なので屋外組だ。ただし竜姫のネディラは店内でガットの側にいる。
ルーベルガ、エダフ、ケイン、ネディラ、ハスエル、ソフィー、ガット、トニエ、フェルネの順番で丸テーブルを囲む一行。テーブルには夕食が所狭しと並んでいた。
エダフは食事をしながら、村長から聞いた話を皆に聞かせる。
村に火を点けたのがアスコンカ国の兵士であること、豚人を追ってきたのではなくターバンズへの移動途中に遭遇したので戦闘になったこと、無条件降伏しアスコンカ国の領土となること、返答に三日間の猶予が与えられたという内容であった。
「――今、村長と村の代表者たちが話し合いをしていますよ」
一通り話し終えたエダフはぶどう酒を飲み一息つく。
「まあ、戦うって言うんなら傭兵にも声がかかるだろう、閃光の獅子はここで待機だな」
冷めた顔をしてブドウ酒を飲みながらルーベルガが答える。
「勝てますか?」
「まあ無理だろうな、後ろ盾のない村だ、もって数日だろう。村人の逃げる時間を稼ぐ程度だなぁ」
「アスコンカ国の狙いはどこだと思いますか?」
「そこだよなぁ、今さらこんな辺鄙な場所の村なんて領土に含めてどうするつもりなのか。――北に向かいラガレーム国を狙うのか、東に向かいリブルバック国を狙うか……」
「東……トラスダンが危ないんですか?」
故郷が危険に晒されるかもしれないという不安から心配そうな声をあげるハスエル。
「かもしれないって話しだ。ただし、リブルバック国を狙わないとしてもトラスダンに戦火が伸びるのは十分に考えられるがな」
「そんな……」
「ラガレーム国に応援を頼むのはどうでしょう? 同盟の件もあります、力になってくれるかも知れません」
エダフの提案に首を振るルーベルガ。
「結局は戦争になるんだよ。戦後、この村がラガレーム国になるかアスコンカ国になるかの違いだけだ。」
「なら、無条件降伏ですか……」
「降伏したとして、ターバンズまでで満足すればいいが、その先の国に攻め込む気なら、ここは最前線だ……」
絶望的な話しを押し流すようにブドウ酒をぐいっと飲み込むルーベルガ。
他のテーブルでは談笑が続き賑やかな酒場を華やかせていたが、彼らのテーブルは重い沈黙が続いていた。
その沈黙を破るようにガットが呟く。
「アスコンカの国王には、ダルケの里を襲った報いを受けてもらうけどな」
ドキリとさせる言葉にテーブルを囲む一同が一斉に彼を見る。注目を集めていることなど気にも留めない彼は平然とスープを飲む手を止めない。
「どうする気ですか?」と、エダフが問う。
「一人で潜入して、ちょっと苦情を言ってくるだけだ」
「連れていってくれないのですか?」
和やかに笑顔で確認するトニエ。
「マテマテおじょうちゃん、ここは止める所だろ」
何やらニヤリと笑いながら冗談っぽく言うルーベルガ。既に付いていく気らしい。
「――で、どうやって行くよ、アスコンカへ向かう道には奴らがいるぜ?」
「俺一人なら包囲を抜けるのは簡単なんだが」、トニエの顔を見るガット、
「止めても無理なんだろうな……他の手を考えるか」
上品に食事を続けていた竜姫のネディラが口を拭きおえると、
「ガット様、我を忘れては困るぞ、そのアスコンカ国という所まで空を飛びお連れしましょう」
「おぉ、その手があるか。で、誰が行くよ?」
小さな手を上げるトニエ。
「もちろん、ついてくわ」、ソフィー。
「オレも行くぞ」、フェルネ。
「私も行きます」、ハスエル。
「力仕事っぽいですね、私は留守番してましょう」
積極的な女性陣を苦笑いしながら見るエダフ。
「俺は行かない」
ケインがそう言うと、エダフとルーベルガは顔を見合わせ、仕方ないなという表情になった。
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幸いにも雲の多い夜で月明かりが殆どなかった。風はなく飛行するのには良い天候だろう。
戦闘準備を整えた特攻部隊が町の中央広場に集まっていた。
竜人族も戦闘服に着替えていた。
艶のある皮製の腹巻、籠手、膝当を装備し、身長よりも長い槍を持っていた。
その槍も何種類かある。シンプルな一本刃、フォークのような三本刃、三日月型など。そして竜姫は死に神が持つような柄の長い鎌だった。
見送りに来ているエダフが空を見上げながら、
「この暗さなら空を飛んでも見つからないでしょうね」と呟く。
数名の閃光の獅子に、
「後はエダフさんの指示に従ってくれ、もしアスコンカの兵が襲ってきたら村人を守りながらラガレーム国へ逃げるんだぞ」と、念を押すルーベルガ。
「ういーっす」
「じゃ後はよろしく」と、軽く手をあげるルーベルガに、
「お気を付けて」と見送るエダフ。
竜人族の腰には丈夫な縄が長い輪を作るように結ばれており、ブランコのように特攻部隊を座らせて運ぶように準備されていた。ルーベルガを運ぶのは一人では無理なので二人がかりである。
十人いる彼らが翼を羽ばたかせると中央広場に突風が吹いた。巻き上がる砂塵に目を瞑る一同。そしてふわりと上昇していく特攻部隊。あっという間に空高く舞い上がっていた。
町の中央から離れた場所にある宿屋の一室、その窓から外を無言で眺めているケイン。その視線の先には飛び立つ彼らが見えていた。
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光の無い夜間飛行、地上に比べ上空は温度が低く特攻部隊の面々は寒さに耐えるように縮こまっていた。
ただ、初めての光景に心を躍らせるトニエだけは、くりくりとした瞳を輝かせていた。
遙か下方に見える焚き火はアスコンカの兵だろう、ぱっと見では三十名もいないようだ。
「あれなら俺の団員だけで蹴散らせるな」と、ルーベルガが小さな声で独り言を呟く。
彼らの想像を上回る速度だった、ものの数刻でアスコンカ国の首都モンブローの手前まで到着してしまう。そしてもう一つ彼らの想像を超えたのは上空の気温の低さだ。唇は青くなり震えが止まらなかった。
地上に降下し焚き火を囲む一同、そしてそれを囲むように翼を広げ温度を逃げないようにする竜人族。カマクラのような形状になり、そこは楽園のような暖かさだった。
「もっと時間がかかると思ったが、あっという間だったな」
体の痼りを揉みほぐしながらガットに話しかけるルーベルガ。
「ああ、驚いたよ」
「どうじゃ、凄いじゃろう我らの翼は」
「ああ、助かるよ」
ガットの言葉に鼻をフフンと鳴らす竜姫のネディラ。
「で、どうするよ、このまま忍び込んで闇夜に紛れて王を暗殺するのか?」
「いや、それはやらない。甘いかも知れないが普通に軍を退くように話しをしてみるさ」
「ほぅーオマエが話しねぇー」
明らかに面白がっている顔をするルーベルガ。
「ガット様に失礼だろう」、竜姫のネディラがぷりぷりと注意をする。
「いやいや、こいつの短気は凄いぞ。俺は指を二本切り落とされた」
「流石だな、我が王は」
何やら話しが噛み合っていない二人だった。
「だが……話しを聞かない奴なら……。その時は悪いが皆は逃げてくれ」
「フフッ」、不敵な笑みを浮かべるトニエ。
「その気になれば城から逃げるなんて余裕よ?」、平然と答えるソフィー。
「心強いねぇこのおじょうちゃんたちは」
楽しそうなルーベルガ。
「じゃあ今夜はここで野営だな、明日の昼ぐらいに特攻するか」
その夜は鳥の雛のように身を寄せ合って眠る一行だった。




