9-1 オジサンと恋バナ
リブルバック国の首都サラブリナ、そこにそびえ立つ城の隣に併設されている館がこの国の国防部であった。その館の一室、ゆうに三十人は入れる程広々とした部屋の中央には、大きく頑丈そうな長机が鎮座している。正面には大きな黒板、壁にはこの国の国旗、机の上には大陸の地図と木でできた駒が置かれていた。
この部屋に集められたのは三国同盟に合意した各国の軍事担当であった。
リブルバック国で開催された理由は、他国に集まるなら同盟を辞めると言い出した者がいたからである。
まるで教師のように黒板の前に立ち自己紹介を始めるこの男が、その張本人である。
「集まったようですな、結構。私は騎士長のマルコット・オーガイである」
年齢は二十代前半だろう、まだ若いのに妙に偉そうで、相手を馬鹿にしたような目つきが印象を悪くしている。赤色の軍服を着ているが威厳が感じられない。
彼の前にある大きな長机には、ラガレームとブールジュの代表が向かい合って座っている。
「ラガレーム国の軍師、サラディオ・ランベルトです」
オルレーゾ奪還作戦では、町の人を見捨てると言いケインを怒らせた彼である。
見た目はきな臭いが職務に忠実な男である。それと、二人の従者が横に座っていた。
「ブールジュ国の魔法師隊隊長、ストフレッド・ルイ・レンタンスです」
モンフォワ籠城戦の最中、ソフィーに振られた美形のエルフである。
こちらも二人の従者を連れている。
サラディオとストフレッドは到着早々この男の態度に不安を感じていた。それもその筈で十年前の竜人族との戦争で主だった騎士は全て戦死、残った騎士から選ばれた棚ぼた管理職なのであった。
魔王軍との小競り合いで実戦経験のある二人と違い、このマルコットは戦闘の実績が無いのである。
指揮棒のような物を振りながら話しを始めるマルコット。
「早速だが両国はどれだけの兵を出せるのかね?」
いきなりの話の展開に躊躇するサラディオ。
「兵数を確認する理由をお伺いして宜しいですか?」
「これからの戦いは、魔王軍から両国を守る戦いな訳です。我が国は大国ゆえ多くの兵を用意できますが、兵士の親族に他国を守るために負傷するとは説明しづらいのですよ――」
さも大事のように語る彼を見ながら唖然とするサラディオとストフレッド。まだ戦いが始まってもいないのに、もう負傷兵の親族に対する言い訳を考えている。会議前の不安が確信へと変わっていくのであった。
「――ですから、我が国としては両国と同じ数だけ出兵しようと考えているわけでして」
「了解です、質問の意図は理解できました。そうですね、五千なら集まります」
「そのような話しでしたら、我が国も同数確保致しましょう」
サラディオに続きストフレッドも兵数の提案に応じる。
「それでは作戦を決め――」
サラディオが次の話を始めようと口を切ると、それを遮るようにマルコットが話しを始めた。
「総数一万五千の大軍です、ここは中央突破でしょう」
机上にある地図を指揮棒で指す。そこは魔王軍の中央に位置する町ルグミアンであった。
そんな彼を慌てて止めようとするストフレッド、
「敵の数や配備の情報も無い状態で中央突破は――」、しかしそれも遮られる。
「魔王軍など、連合一万五千の兵力に対抗などできませんよ、ハハッ」
彼らの前で腕を組みながら軽やかに笑い、まるで名案が浮かんだかのような顔つきである。
サラディオとストフレッドはお互い何を考えているか薄々理解したようで、二人同時にため息をついた。
これ以上話しをしても通じるとは思えないし、この地に招集させた過去の例からも、機嫌を悪くさせて同盟を破棄すると言い出す恐れもあったので、大人しく彼の提案を受けざるおえなかったのである。
背後からリブルバック国が襲ってこないという一分の望みだけが二人の心の支えであった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―2
魔王軍の町ルグミアン。町のほぼ中央に位置する官邸の執務室では、魔王の第一王子であるオズウェンが粛々と執務をこなしていた。
まるで町には人がいないのではなかと疑うほど静かだった。それは騒音を嫌う彼に気を使い、部下が人払いをしているのが理由であった。
机の上にあるつり下げ型の呼び鈴を軽く振り人を呼ぶオズウェン。
静寂の中に涼しげな鈴の音だけが響く。
暫くして入り口のドアが開く。
「お呼びでしょうか」、軽く礼をして男が入ってくる。
「アルベリク、報告書の中にアスコンカ国についての記載が抜けているが、どうなっている?」
部屋に入ってきたアルベリクと呼ばれた男、そう、ガットの動向を探らせていたその人である。第一王子の右腕と呼ばれるほど信頼される側近であった。
「潜伏中の淫魔により国王は傀儡と化しております。こちらへ進軍する可能性はありませんので報告から削除しております」
「ふむ。空席となったテスケーノの執政官について王からの返答は?」
「返答はございません、改めて確認の連絡を致します」
その後も報告書の細かな内容をアルベリクに確認し的確に指示を続けるオズウェン、淀みなく会話が続けられるのは側近の彼が優秀な証拠である。
「三国同盟の件、これは確度の高い情報なのか?」
「はい、諜報員からの確かな報告です。およそ十三日後、オルレーゾとモンフォワの間を通過し、ここルグミアンに到達します」
ほんの僅かな間、思考を巡らすオズウェン。
「敵軍が通過する地形に勾配の急な坂があったな。そこを――」
彼は作戦を手短にアルベリクに伝える。
「ではそのように」
軽く礼をして退室するアルベリク。
「王は何をしている……」
眉間にシワをよせている。恐らくテスケーノの交代要員の件であろう。
使えぬ者はたとえ父親であろうとも邪魔だと言わんばかりの不機嫌さであった。全てが自分の思惑どおりに進まなければ気が済まないのが彼の性格であった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
魔王軍の領地の南端に位置する町ギルテール。国境に近いためそれなりの城郭都市であったが、他の町と比べるとそれほど重要視されていない町である。
常備兵も第一線を退いた老兵が多く、それだけ見ても扱いが粗雑であると町に住む誰もが感じていた。
立ち並ぶ家と殆ど変わらない造りの館、そこがこの町の執政官の住居兼、執務室である。
ぱっと見では木造の寂れた旅館のような建物であった。
その一室で酒を浴びるように飲み顔を赤く染めている男がいた。
かつて絵本の中に登場する王子様のような風貌で、見る女性を虜にしていた第二王子クリスターの成れの果てであった。
最高司令官である兄オズウェンから厳しい叱責を受け、王都で謹慎処分となった筈の彼だが、なぜかここギルテールの町に赴任していた。
「俺は悪くないんだぁー」
呂律のまわらない口で愚痴をこぼすクリスター。
「オルレーゾは兄上の管轄じゃないかぁー……、それなのに視察した俺が悪い? なにぉーっぷぅー」
酒を飲みながら独り言を延々と繰り返している。
彼が赴任した当初は、魔王の第二王子が来るならば町が活気づくだろうと歓迎していた人々も、彼の醜態を見て早々に落胆した。
そんな彼に誰も近づこうとはせず、ここに赴任してからずっと孤独な生活をしていたのが、さらに彼の心を蝕んでいったのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―3
ラガレーム国の首都シュルドから南下し、ターバンズに向かう閃光の獅子。
同盟締結の報酬で懐の温かい彼らはのんびりと馬車の旅を楽しんでいた。
日が傾き始めると早々に街道の端にキャンプを張り夕食の準備に入る。
馬車にはシュルドで買い込んだ食料が豊富に積んであるため、飢えに心配する必要はなかった。
大人数の食事を作るのにもすっかり慣れたハスエルは、大きな鍋でスープを作っていた。
そんな彼女を離れた位置から眺めているケイン。
そこへエダフがゆっくりと彼に近づき立ち話を始める。
「夕食、楽しみですね」
「はぁ……」、気のない返事が返る。
リブルバック国を出たあたりからこの調子だった。
ハスエルへの告白に失敗したのを知らないエダフは、元気のないケインを心配し何度か話しかけているのだが、毎回このような返事だった。
「なにかあったのですか?」
「エダフさん……俺、ハスエルにフラれました……」
「そうでしたか……」
ケインと彼女の距離をそばで見ていたエダフは薄々感づいていた。しかし、幼い頃から二人を見ていた彼は簡単に諦めろとは言えず近くにいてやることしかできなかった。
そこへ、ルーベルガがのしのしと歩きながら近寄ってくる。
「よーにいちゃんどした? 元気ねえなー、もしかしてフラれたか?」
支え棒が外れたように、ぐしゃりとその場に座り込むケイン。
「おぃおぃ、マジか……」
まさか的中するとは想定していなかったルーベルガが頭を抱えている。
エダフとルーベルガはケインを挟むようにして座る。
「やっぱあのねえちゃんだろ?」と言いながら、ルーベルガはハスエルを指差す。
ケインが無言で頷くと、ルーベルガは深いため息をついた後、
「器量はいいし、優しいし、料理も上手いし、怪我も治してくれる。団員の中にも密かに狙っている奴は多くてな、にいちゃんが先を越されないかと心配してたんだ。――で、なんて言われたんだ?」
暫く時がたち、ケインが重い口を開く。
「今は無理、考えさせて……と」
ルーベルガはケインの背中を軽くバンバンと叩くと、
「なんだ、なんだ、まだ望みはあるじゃねえか」
「今は無理と言うことは、時がくれば答えてくれるかもしれませんよ」
二人の言葉は彼の心に届かないようで、まるで石像のように固まったまま動かない。
「まぁ、アレだ、結婚なんかしなくても楽しく生きていけるさ、ここにいる男達を見ろよ、全員独身だぜ!」
ルーベルガが腕を伸ばし、流れるように団員たちを指してゆくが、ぴたりとその腕が止まる。一人だけ女性四人に囲まれている奴がいたのだ。
「…………女ってのは危険な香りのする男に引かれるんだよなぁ。――もしかして、おじょうちゃんもアイツに?」
石像のように無反応だったケインがビクッと体を反応させる。どうやら彼もそれを気にしていたようだ。無言で首を振り違うという意思表示をするが、確認したわけではない。不安は積もるばかりだった。
「一人にしてください」、そう言い残すとケインは立ち上がりその場から離れてしまう。
「こりゃまいったな」
「まいりましたね」
中年男性二人も独身である。人生経験は豊富でも恋の悩みには弱かったのだった。




