8-6 三つ目の鐘が鳴る
リブルバック国からラガレームとブールジュ国へ同盟交渉の連絡が送られ一週間が経過した。
両国から先発の使者が訪れ、どちらも交渉の開始に応じるとの返事であった。
ブールジュ国からの使者は閃光の獅子へ報酬を持参してきた。
そして、貸し与えられた護衛の騎士十名は使者と共に国へと戻った。
ラガレーム国からは再訪願うと手紙が送られてきたので、閃光の獅子は報酬を受け取るため使者と一緒に首都シュルドへ向かうことにした。
幌馬車に乗り数日、目的地まで半分ほど進んだ頃。
街道の脇道で野営する閃光の獅子がいた。
夕食の後片付けを終え一段落しているハスエルをケインが誘い、一行から少し離れた所を歩いていた。
雲はまばらで遮る物が無い空は、月と星が光を放ち天然の照明となっていた。
虫や動物も寝静まり、二人の会話を邪魔する音は存在しなかった。
「ハスエル、村を出てから随分経つよな」、空を見ながら隣に立つ彼女に話しかける。
「そうね、ターバンズの村へ応援に行ったのに、いつの間にか三国を見て回るなんて」
思い出し笑いだろうかクスクスと楽しそうな顔をして微笑している。
「……ハスエルの願いは、もう十分満たされたんじゃないか?」
「どうなんだろうね……、まだ困っている人、いるかも知れないし」
「トラスダンの皆も困っているんじゃないかな、ハスエルがいなくなって」
「うーん、どうなんだろうね、へヘッ」、頭をポリポリとしながら照れ笑いしている。
「もうトラスダンへ帰らないか?」、真剣な表情で彼女を見つめる。
「なによー家が恋しくなっちゃった? 体は大きいのに子供ねぇー」
彼女は目を合わさず遠くを眺めている。
「三国同盟できたし後は軍隊同士の戦争だ、俺達の出番はないよ。――ハスエルは良くやったよ、もう十分じゃないか」
「そう? 私はこれから酷くなると思っているわ、戦争が始まればそれだけ多くの人が傷つくもの、そうしたら治癒の魔法が必要になってくる」
「竜人族の里に行く途中でトニエが言っていた、悔いは残すなって」
少し悲しそうな声で、
「そうねー、私も悔いは残したくないわ」と、囁く。
彼は小さな箱を出し蓋を開ける、そこには金色に輝く指輪が入っていた。
「ルシヨットで買ったんだ、これを君に付けて欲しい」
そう言われ、彼女は初めて彼の顔を見た。
「ケイン……」
「俺は本気だ。トラスダンへ戻って結婚してくれ」
僅かな冗談も含まれていない本気の顔。
そんな彼を見て複雑な表情をする彼女。
音の存在しない夜は、二人の間を隔てる空気を重くしていく。
「ごめんなさい、今答えは出せないわ、少し考えさせて……」
そう答えると、彼女は皆のいる場所へと戻っていった。
彼女の言葉が本心なのか、それともガットに操られ無理強いさせられた結果なのか、それは誰にもわからなかった。
その場に残されたケインの目からは生気が失われ、手に握られていた指輪の箱が地面へと落ちると、その衝撃で指輪が転がり出る。
月明かりに照らされた指輪は弱々しく光りを反射させ、誰にも付けて貰えない悲しみを訴えているようだった。
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ラガレーム国の首都シュルドに到着した一行。
今回は門で誰も止められず、全員が城の前まで案内された。
貸し与えられた護衛の騎士は役目を終え元の仕事へと戻っていく。
謁見の間はそれほど広くないので、入ったのはいつもの代表三名だけである。
満面の笑みをこぼす王は両手を広げ、
「よくぞ戻られた閃光の獅子の諸君、君たちは我が国の英雄だ、本当に感謝している」と、大げさに歓迎した。
立て膝ではなく、直立のまま返事をするエダフ。
「運が良かっただけです、それと傭兵の仕事をしたまでですから」
「それについてだが、どうだろう、我が国の正規兵にならぬか?」
「それは有り難い話しですな、ですが俺は根っからの傭兵、もう規律などに縛られるのは無理ですよ、もし個別に雇って貰えるなら団員に声をかけますが」と、苦笑いしながらルーベルガが返事をする。
「うむ、これから本格的に魔王軍との戦闘が始まる、兵士は多い方が良いのでな、ぜひ話をしてもらえるか」
「わかった伝えよう」
「それと、今夜は宴の用意をしてある、団員の皆さんも城へ呼んで大いに楽しんでいってくれ」
「それは有り難い、一番喜ぶよ」、ニヤリと笑うルーベルガ。
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正規兵雇用の話しを聞かされた団員だが一人も団を抜けることはなかった。
城内にある使用人の使う浴室に通された一行は風呂に入るよう強要される。
仕方なく体を洗い浴室を出ると貴族が着るような衣装が用意され、着ていた服は洗濯に出されていたのだった。
城内の大広間、ここには閃光の獅子と竜人族が席を囲んでいる。
広いテーブルには食べきれないほどの豪華な料理が並び、美味しそうな香りを部屋中に漂わせていた。
着慣れない服と豪華な雰囲気に緊張する閃光の獅子の一行。
食事が開始された時は、ナイフとフォークを使い頑張っていたが暫くすると酒場と同じ雰囲気に変貌する。
料理や酒を運ぶ給仕たちは苦笑いしていたのだった。
「俺達に王都は似合わない! 報酬を使い切るまでターバンズでのんびりと羽を伸ばすが、エダフさんたちはどうする?」
高そうな酒を飲みながらルーベルガがエダフに質問する。
「そうですね、一段落つきましたから故郷に帰るのを考えて良さそうですね。――皆さんどうしましょう」
スープを飲みながらガットが答える。
「俺は戦争の行く末が気になる、できれば前線に近い場所にいたい」
「私はガットに付いてくわ」
もちゃもちゃと肉を食べながらソフィーが答える。
「私もです」
トニエはお上品ぶってスプーンを使いながら食事している。
「我も王と共にゆく」
竜姫のネディラはマナーを知っているようで上品だった。
お酒が入り頬を赤らめたハスエルが答える。
「私もガットと同じ意見かな、怪我人が出る場所にいて少しでも役に立ちたいです」
「……俺は村へ帰りたいです」
いつもはハスエルの隣に座るケインだが、今日はエダフの隣だった。
「そうですか……私の考えですが、まだ戦争は始まりません。オルレーゾとモンフォワで痛手を被った魔王軍はたぶん立て直しの最中です。それと三国で同盟交渉が行われるでしょうが、それ程早くは纏まりません。トラスダンへ戻ってから戦地へ行くまで十分日にちはあると思いますよ」
エダフの話しを聞き、納得したガットとハスエルが、
「なるほど……そうですね、村へ戻るのに賛成します」、
「そうね、私も賛成です」と、答えた。
「おっ、決まったようだな、ならターバンズまで一緒に行くか?」
「ええ、お願いします」
その後、夜遅くまで宴会は続いた。
いつ解放されるだろうと青い顔をしている給仕達など気にも留めずに。
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いつものボロ布を身に纏った団員はターバンズに向けて旅を続けている。
報酬の一部だと説明されたのに、風呂で出された高価な衣装を全員返してしまったのだ。
閃光の獅子が保有する幌馬車は六台に増えていた。
ターバンズを出発したときは二台しかなかった貧乏傭兵も、三国を渡る内に貰ったり買ったりして徐々に増えたのだった。
今では全員が馬車に乗り移動することができるようになっている。
ボロボロだった装備も首都シュルドで買いそろえ、皆新しくなっていた。
街道の脇で野営する一行、焚き火の前で談笑する者半分、寝た者半分といった感じである。
野営から少し離れた林の中で、小人族のフェルネが夜間の単独訓練を行っていた。
「……クソッ、アイツはもっと早い」
林の木々を回避しながら素早く動く訓練を続けている。
アイツとはたぶんガットのことだろう。
一般人からすれば十分に早い動きだが、彼女は満足していない様子で、愚痴をこぼしながらも必死に訓練していた。
「あれは?」
彼女は慌てて立ち去る人の姿を発見。
「深夜の林に人? 怪しいな……」
後を追う彼女。そこへ、振り返らずに何かを投げる逃亡者。
間一髪で回避できた。
「気付かれた……オイ! 待て!」
彼女はナイフを抜き速度を上げ追尾する。
あと少しという所で逃亡者が急に反転し向かってくる。
静まりかえる林に金属が激しく衝突する甲高い音が響き渡る。
黒装束、身長から恐らく男だと思われる。
敵はショートソード、対するフェルネは短剣だった。
リーチを生かした突きで彼女を牽制する敵。
だがサイドステップで回避する彼女に剣が当たることはなかった。
回避を続け大振りになる隙を待つ彼女。
そこへ、剣を振り上げる敵。
今だとばかりに懐へ飛び込もうとする彼女に、敵の蹴りがめり込む。
誘い込まれたのだ。
そのまま蹴り飛ばされ木の幹に後頭部を強打。
意識を失ってしまった。
寝たふりかもしれないと、慎重に近寄る敵。
反応のない彼女を前に剣を振り上げた。
その時、投擲杭が剣を持つ敵の腕に二本刺さる。
ゴッという風切り音とともに黒い弾丸のようなガットが飛び込んでくる。
緊急回避する敵。その横を通り過ぎる彼。
草の生えた林の地面にドサリと音がする。
そこには、膝から下だけの足が転がっていた。
ゆっくりと敵に近寄るガット。
そこへヒュッと何かが飛来する音が聞こえる。
敵の投げた暗器だ。
キンキンキンと三回、軽い金属がはね飛ばされる音がする。
彼が爺で暗器をはたき落としたのだ。
「その姿は……おいキサマ!」
敵から煙と嫌な臭いが漂い出した。
じゅぐじゅぐと音をたて敵が溶けてゆく。
そして黒装束だけが残されたのだった。
「またか……クソッ」
「王子よ居場所が敵に知れていると考えるのが妥当じゃ」、爺が話しかける。
「ああそうだな……」
「しかし単独行動となると、命を狙っている訳ではないやも知れぬ」
「と言うと?」
「監視、悪く言えば泳がされている……」
「いつでも命は奪えると言うのか、クソッ」、苛立ちからか黒装束を踏みつける。
「敵の思惑が読めぬ内は慎重に行動したほうが良いのう。これからは何処にいても危険なのは同じじゃ」
「ああ……」、いつになく深刻そうな顔をしている。
「う……ん……、あ……ガット」、フェルネが目を覚ましたようだ。
「目が覚めたか、怪我は無いか?」
「多少痛むが問題ない……オマエに助けられたのは二度目だな」
少しふらつきながら立ち上がる。
「気にする必要は無い、どうやらコレは俺の客らしいからな」
いまいましく足下の黒装束を蹴る。
「客……なぁガット、オレは役立たずか?」
「何だいきなり、そんなの知らないさ。ルーベルガに聞けばいい」
少し気が立っているようだ。
「いや、閃光の獅子での事じゃないんだ、その……ガットの役に立ってないか?」
やや落ち着きを取り戻したのか口調が優しくなる。
「……ん? ああ、閃光の獅子に入る時に言ってたアレか、恩返しな。俺断らなかったか?」
「オマエは何も言わなかった、オレに要求しなかった、だからオレは閃光の獅子に入った、でも恩を返せる機会が無い」
「そんなの無理に作る必要ないだろう? その機会って俺が死ぬ目に遭うって事だろ、そんなの願い下げだ」
「ああそうなんだ、オマエの近くにはいつも仲間がいる。エルフに魔法使い、今度は竜人だ……私の出る幕がない、それにオマエは強い、問題は自分で解決してしまう……」
「わかっているじゃないか、不要なんだよ、これで諦められたな」
苦笑いをフェルネに向ける。
シュルシュルと布の擦れる音。
フェルネが服を脱ぎ出し下着姿になった。
林の中、生い茂る葉の間から月明かりが線になって差し込む。
年齢は十九歳、しかし体型は子供というアンバランスな彼女がライトアップされている。
「おい! 何をしている!」、背中を向け、目を隠すガット。
「……オレは戦闘バカだ、戦いで役に立てないのなら、もうコレしか残ってない! トニエは凹凸の激しい体だ、ソフィーは服屋のマネキンみたいな体型だ、ならオレは幼児体型で勝負だ! オマエは二人の求愛を断っている、ソレは成長した女性が嫌いなんだろ? 幼児が好きなんだろ?」
鬼気迫る雰囲気でまくし立てるフェルネ。
「酷い言い掛かりだ、誰が幼児好きだよ! そもそも女性の体型に好き嫌いは無いし、そんな目で見たことも無い!」
「なら何で二人の求愛を拒んでいるんだ?」
「拒んでない。俺にはやることがある、それ以外は考えられない、ただそれだけだ」
「その、足下の客が関係してるのか?」
「ああそうだ、俺が決着を付けないといけない相手だ」
「それだ! ようやく言ったな! オマエの願いはその相手を倒す事だな! よーしオレがソイツを倒してやる、な、それで恩を返せるだろ?」
光明を得たのか表情が柔らかくなり声のトーンが高くなる。
「あー、まあいいかー、ソレで気が済むならそうしろ、万が一フェルネが敵を倒せば俺も楽ができるしな」
「よし! よし! よし!」、飛び上がって喜ぶフェルネ。
「なぁ、そろそろ服を着てくれるか?」
「え? ……。キャーーーー」
「なにを今さら……」
こうして、ガットに付いていく口実を得たフェルネは曇りが晴れたような爽やかな顔になった。
それに対して、敵が接触してきた事実を重く受け止めるガットは眉間に深いシワをよせていた。
ただし、仮面の下なので誰にも気付かれないのだが。




