8-4 定番アイテム
案内の男は屋敷を出てすぐ別れた。山頂を指し一本道だとしか教えなかった。
苦情を言ってもどうしようもない、ガットは無言で山を登る。
草木も生えぬ一本道を半刻ほど登る。周囲は岩しか無い禿げ山となっていた。
さらに進むと開けた場所に出る。
そこに竜がいた。
少し長い首、大きな翼、太く逞しい腕、小さく細い退化した後ろ足、太く長い尾。
頭からは前方に一本の太い角が生えている。それはドラゴンランスと呼ばれていた。
濃い翡翠色をした魚に似た鱗で体は覆われていた。
体の大きさは野球グランドのダイヤモンドほどの大きさである。
その巨体が猫のように丸くなり寝ていた。
「ほう、これが竜か初めて見たぞ」
危機的状況にもかかわらずガットは子供らしく珍しい生き物に関心を寄せていた。
「わしは何度かあるがのう」と、爺が自慢する。
「何しに来た蟲よ」
神竜は動いていない。顔も口も目も動かさず、ガットの気配を察知し脳に直接語りかけてくる。
「この山を無事に下りたければ、アナタの鱗を持ってこいと言われてね」
まだ結構な距離があるがガットの声は届いているようだ。
「まだ下らぬ遊びをしておるのか……好きにするが良い」
「戦闘になるかと警戒していたが、案外話のわかる竜じゃないか」
いきなり襲われる恐れもある。
ガットは警戒を解かずに慎重に神竜へと近づく。
鱗が剥がしやすそうな首のあたりに触れるが神竜は何もしてこなかった。
「今までも同じ事があったのか?」
「ああ、何匹の蟲が来たかもう数えておらぬ、皆諦めて帰って行ったぞ」
「食べたんじゃないのか……あの姫は俺が食い殺されるのを待っているとばかり……」
「我は聖獣、精霊の集合体は生き物など食わぬわ」
「あー、前にソフィーがそんな事を言ってたな」
ガットは爺を使って鱗と鱗の間に剣先を滑り込ませようとしていた、しかし思った以上に固く難儀していた。
「アナタは竜人族に神として祀られているのか?」
「アレらは遙か昔、同胞を殺しドラゴンドロップを奪い、その身を竜に変貌させた人間の末裔よ」
「ドラゴンドロップ?」
「竜の核と言うべき精霊の結晶、それを食せば竜になれるという言い伝えがあるのじゃ」と、爺が説明した。
「へぇーアイツら昔は人間だったのか」
「それ故にアレらは同胞の恨みを買い、山から降りられぬよう呪いをかけられたのだ」
「なるほど、それで山から出てこないのか。……呪いを解く方法はあるのか?」
「我と連れ添い山から出れば良い、じゃが我はここを動かぬ」
「気の長い虐めだなぁ……まあ俺には関係ないが」
ガットは岩を拾い、金槌で釘を叩くように、爺の柄をガンガンと殴り押し込もうとした。
しかし傷一つ付けることができなかった。
「諦めて帰るがいい蟲よ」
「仕方ない、また剣が無くなるのは嫌だが命がかかってるからな」
爺を鞘にしまうと、かわりにククリナイフを抜く。
剣道の面を打つような構えで精神を集中させる、その目は鱗の隙間一点を狙っていた。
「【加速】っ……」、音にならない声で囁く。
ふぅと息を吐き出し呼吸を止める。
「っはあぁっ!」、気合いとともに剣が振り下ろされた。
三倍の速度、五倍の貫通力。
剣先が神竜の体に接触した瞬間、パンッと何かが弾ける乾いた音が山頂に響く。
剣はトニエの説明のように折れなかった、鉄なのに砕けて砂と化したのだった。
神竜の体から一筋の血が流れる。
ガットの渾身の一撃、剣一本を犠牲にした攻撃も、針で刺したような傷しか与えることができなかった。
しかし、思わぬ反応が返る。
「何をする蟲が!」
ガットの脳に神竜の怒号がこだますると同時に、神竜の口から獣の咆哮が発せられ大地を揺らした。
今まで微動だにしなかった神竜が体を起こす。
「おい待てよ、好きにしろと言ったのはアンタだ」
慌てて神竜から離れるガット。
「オマエも蟲が這うのは許すが、蟲が噛んだら潰すだろう、それと同じだ」
「無茶苦茶だが、まあそうだな間違えてはいない、俺も虫に刺されたら潰すだろう。だがな、俺は簡単に潰されない、全力で反撃させてもらう!」
今までの静寂が嘘のように神竜との戦闘が開始されてしまった。
ガットは腕を前に伸ばすと召喚扉を開く。
漆黒の渦から獣人が津波のうに溢れ出てくる。
今まで倒してきた大狼、蜥蜴人、狼人の大群が神竜を取り囲み攻撃を開始する。
神竜が太く逞しい腕を振るうと、はね飛ばされた大狼が岩壁に激突し、ぶしゃりと音を立てて潰れる。
そこには犬の形をした血の染みが描き出された。
神竜が太く長い尻尾を一降りすると、固い鱗で覆われた蜥蜴人もメキメキと音を鳴らしながら歪な形に折れ曲がり動かなくなる。
素早く動く狼人も神竜の頭に生えるドラゴンランスに触れただけで軽々と両断された。
召喚した魔獣の群れが、流血しながら空中に投げ飛ばされている。
灰色の岩山だった光景も、いつの間にか真っ赤に染まる地獄と化していた。
全滅させられるのは時間の問題だった。
いつの間にか返り血で真っ赤に染まったガットが、
「くそっ、無理か…………そうだ!」と何やら思いついたようだ。
ガットは腕を伸ばし上空を指し強く念じる。
召喚扉が神竜の上空に開く、だが今までにないほど巨大な漆黒の渦だった。
「来い! 巨鰐!」
仰向け状態の巨鰐が背中の甲羅に生えた棘を下にして召喚された。
手足を甲羅の中にしまった状態で、徐々に速度を加速させ隕石のように落下する。
ドンと地面が揺れたと同時に、串刺しとなった神竜が轟々と咆哮をあげる。
大地を揺るがし暴れる神竜。
しかし深く突き刺さった巨鰐の棘が抜けることはなかった。
暫くすると神竜の咆哮が徐々に治まってゆく。
「ぐ……あ……何だコレは……」、弱々しい神竜の声が聞こえる。
「済まない、貴方に恨みはない、だが人質がいるのだ……せめて俺の中で生きてくれ」
丁寧にお辞儀をするガット。
再び呼び出した漆黒の渦から象人が現れる。そいつは力任せに首筋の鱗を一枚剥いだ。
鱗が剥がれ肉が露出した場所に、ガットは爺で最後の一撃を加えたのだった。
黒い霧となりガットに吸収される神竜、呼び出された魔獣たちも漆黒の渦に戻ってゆく。
吸収される煙から翡翠色の輝く丸い玉が落ちてきた。
「これがドラゴンドロップか……」、まじまじと眺めるガット。
「おい、王子まさか」、と爺が嫌な予感を感じたようだ。
ひょいぱくっ。ドラゴンドロップを飲み込んでしまうガット。
「何も起きないじゃないか、迷信だよ」
「まだまだ中身は子供じゃ……」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―17
竜人族の謁見の間では、ガットが出発する前の状態が続いていた。
「今まで鱗を取ってきた者などおらぬわ、諦めて戻ってきた所を殺すのが愉快なのだ」
フフンと笑う女王。
口を開くと殺されかねない、一行は黙ってガットの帰りを待っていた。
「も、戻ってきました」、慌てて部屋に入ってくる案内の男。
「なかなか粘ったではないか」
血塗のガットが部屋に入ってきた。
そして、手にしていた竜の鱗を女王の前に投げ捨てる。
「ほらよ鱗だ、約束は果たした帰らせてもらうぞ」
「なぜ貴様は無事なのだ……」
目を見開きガットを凝視する女王、周囲の衛兵もざわざわと騒ぎ始めた。
今までに無く、なぜか不機嫌なガットが、声を荒げながら、
「あぁっ? 神竜と喧嘩して勝ったからだ! それがオマエの望みだった筈だ」と、感情を爆発させている。
理不尽な死を最も嫌う彼が自らの都合で神竜を殺した。それが精神を圧迫しているのか、感情のコントロールができなくなっていた。
「神竜はどうした?」
「知るか! 負けて悔しかったんだろ? どこかへ飛び去ったわ」
女王を含め、その場にいた竜人族全員がひれ伏す。
「貴方様はこの里の新たなる王だ、我らは古の盟約でこの地へ縛られていた、それを解放してくれたのだ」
プッと、ガットが口に入っていた血を唾と一緒に地面へ吐き出す。
「オマエは言ったよな俗世など関係ないと。なら俺も言おう竜人族がどうなろうと知ったことか!」
地面に頭を擦りつけながら、女王が悲痛な叫びをあげる。
「王よ! 今までの非礼は詫びさせて頂く! どうか、どうか我々に慈悲を!」
「断る! 手の平を返すような奴など信じられ――」
まるで操り人形の糸が切れたように、ガットがその場に崩れ落ちた。
「ガット!」、トニエが駆け寄る。
「待ってね」、ハスエルが治療を開始するが、
「なにこれ……披露でも怪我でもない、原因がわからないわ……。それに体が異様に熱い」
「ハスエルどうなの? 何すればいい? 冷やす? 温める?」、狼狽するソフィー。
「王よ!」、女王も近寄ってきた。
「どこか寝かせられる所はありませんか」と、ハスエルが女王に問う。
「我の寝所を使うが良い、この方は既に我らの王だ」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―18
女王の寝所へガットが運ばれる。彼女は華美な物を好かぬようだ。
調度品など置かれていない素朴で落ち着いた雰囲気の部屋だった。
装備が外され、体を拭くために上半身が脱がされ、ベッドへ寝かされる。
ハスエルが付き添い治癒の魔法を使うが効果は出なかった。
トニエが爺を持って皆から少し離れる。
「爺さん何があったのですか?」
「うむ、あいつ得体の知れぬ物を食ってな、もしかすると竜人になるやもしれん」
「それって安全なんですか?」
「わしにもわからん……初めての事じゃ」
「そんなぁ……」
ソフィーとトニエが交代で一晩中ガットの体を拭く。
ハスエルは絶えず治癒の魔法をかけ続けている。
「ガット……お願い目を覚まして……」、涙もろいソフィーは涙を流し続けていた。
そんな彼女たちを部屋の隅で眺めているフェルネ。
そして、ケインは思い詰めたような顔でハスエルを見つめるのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
ガットが倒れて三日目の朝、ようやく彼が目を覚ました。
「ん……ここは?」
ハスエル、ソフィー、トニエの目の下には隈ができていた。
「ガットー」、ソフィーとトニエが抱きつく。
ハスエルがほっと息を吐く。
遠くからフェルネがジト目で見ていた。
「いったい何が?」、状況が読み取れないガットが呟いた。
「あなたは倒れて三日ほど寝込んでいたんですよ」と、エダフが説明する。
「どうなるかと冷や冷やしたよ」、ケインも安堵の顔を見せていた。
「なんだか心配かけたみたいだな」
ガットの体に手をかざすハスエルが、
「うん、特に異常は無いみたい、もう大丈夫ね」と、診断結果を皆に知らせた。
この時、誰も気が付いていなかった。彼の右目だけが竜眼になっているのを。
仮面に嵌まっているカラーガラスがその異変を覆い隠したのだ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―19
三日間、飲まず食わずだったガットは出された食事を遠慮無く平らげた。
他の一行も客人待遇でもてなされた。
衣服を整えたガットが謁見の間に入ると、そこには竜人族が立て膝で待機している。
「王よ、貴方様の戦利品を盾に加工しておきました、どうぞお納めください」
女王がそう言うと、従者が盾をガットへ手渡す。
「へぇあの鱗を盾にしたのか、凄く軽いな。――ケイン貰ってくれ」
「え、俺?」
「ああ、ケインは皆を守る役目だしな、俺には似合わない」
「まあガットが盾を構えている姿は想像できないな、わかった貰うよ」
「王よ、どうか我々にお慈悲を……」、頭を下げたまま女王が懇願する。
「……俺にはガットという名がある、王などと呼ぶな虫唾が走る」
「それではガット様――」
「様もいらん。……ここへはエダフさんの付き添いで来た。もしエダフさんの望みをかなえるなら俺も態度を考えよう、ただし、竜人族の王にはならないからな」
「ハハッ、考えて頂けるなら何でもします」
「ゴホン、それでは改めてリブルバック国の説得に力を貸して頂けないだろうか」と、エダフがお願いする。
「我に指図するのか人間、いい度胸だ……ハッ、いやこれはその……」
「もういいよ面倒だ。これからリブルバック国の首都サラブリナへ行く、十名だけ同行を許す付いてこい」
「ハハッ、我が国の精鋭を揃えさせて頂きます。それと我も同行させて頂く」
「オマエはこの国の王だろ?」
「我が身は既に新しき王の物、好きにお使いください。改めて名乗らせて頂く、我は前王ネディラ・アリアニック、末永く宜しくお願い致す」
面倒なのが増えたなという顔のガットだった。




