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8-2 トニエの悪巧み

魔王軍の領地の中央に位置する町ルグミアン、王都ガビエドラに次ぐ規模を誇る城塞都市である。

この町は魔王の第一王子であるオズウェンが執政を任されていた。

さらに彼は魔王軍の総司令も兼ねている。


物音一つしない執務室で書類の整理をするオズウェン。

第二王子と同じく、ネイビーカラーの生地に金色の刺繍が贅沢にあしらわれた服を着こなしている。ブルーの瞳と中央で別れたストレートヘアが耳を半分隠すくらい伸びている。少し神経質そうな雰囲気のある鋭い眼差しをしていた。


静寂に発生するノイズのように、ドアをノックする音が部屋に響く。


「入れ」


「失礼します。――クリスター様がおみえになりました」


「通せ」


秘書の男性に案内され部屋へ入ってきたのは魔王の第二王子であるクリスター。


「兄上、ご無沙汰をしております」


部屋の入り口で軽く挨拶し会釈をするクリスター、兄弟だが執務中は上官である。

足音がしないほど毛足の長い絨毯を歩き、机の前まで進み直立姿勢となる。

書類を置き、机の上で軽く手を組むオズウェン。


「連絡は聞いている。モンフォワ攻略に失敗したそうだな」


「はい、約三千の兵を失いました」


「それで?」

敗戦した弟を勇気づけるでなく、淡々と質問を続ける兄オズウェン。


「テスケーノへ兵の増員をお願いしたく……」


「まだ報告があるだろう?」


「まだ……ですか?」

何を聞かれているか理解できないクリスターは困惑した表情を浮かべる。


暫くの沈黙が続いた後、オズウェンが口を開く。

「オルレーゾの件、お前を視察に行かせた直後に奪還されたのだ、いったい何をした」


「い、いえ私は何も! 指揮官のセルジェロは問題ないと」


「部下の言うことを真に受けた挙げ句にオルレーゾを奪われたのだろう……お前に目は付いているのか? 視察を甘く見すぎだ」


声のトーンに変化はない、怒っていないのか怒りが表に出ないタイプなのか、それとも怒る手間さえ惜しむほど見限っているのか、彼の表情からは読み取れない。


「ぐっ……」

奥歯をかみしめる、悔しいだろうが事実である、弁解の余地はない。


「モンフォワの敗因はなんだ?」


「指揮官の話では怪物が――」


「また指揮官の責任か? ……どうやらお前に監督は無理なようだな……いや、お前を派遣した私が愚かだった」


「いえ、そのような!」


「王都へ戻れ弟よ、お前は王子の椅子を温めているのがお似合いだ。替わりの者は王に選んでもらうよ」


「あ、兄上!」、両手を机につきすがるように見つめる。


「これも弟を思う兄の心だと思ってくれ、兄弟を二人失うのは寂しいのだ」


言葉では弟を思いやっているのだが、その瞳は口を挟むのを許さないほど冷たく、まるで凍てつく氷のようだった。


その目を見たクリスターは一度下された決定がくつがえらないことを悟り、

「……失礼します」と、一言残し部屋を去って行った。



「ああも使えぬとはな……まだ末弟まっていのほうがマシだったか……」


執務室に静寂が戻る。

今までの会話が無かったかのように、平然と書類に目を通し始めるオズウェンだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―8


ブールジュ国の首都ルシヨットに滞在中の閃光の獅子に連絡が入る。

それは、リブルバック国から返事が戻り、使者と面会すると言う内容だった。

その知らせを受けたエダフ達は、王に謁見し依頼を受けると返事したのだった。


ブールジュ国より護衛として騎士が十名貸し与えられる。

閃光の獅子に所属する団員が三十名、ラガレーム国から護衛として貸し与えられている騎士が十名、これで合計五十名の集団になっていた。

監視兼他国への牽制がその役割だろうが、敵対する二国の兵士が同じ隊に混ざっているのは不思議な光景であった。


リブルバック国へは数日の旅、それほど急ぐ必要はないので適宜に急速を取りながらの移動である。

街道の脇にある空き地に野営する一行、いくつもの焚き火が燃えていた。


「これから向かうリブルバックはどんな国なのですか?」


ハスエルが焚き火を挟んだ向かい側に座るルーベルガに質問する。


「元々は点在していた小さな国だったのを、今の王が武力で併合した軍事国家だな。そう言えば、ここ十年ほどは大きな戦争を仕掛けてねえな」


答えた彼の隣に座るケインが、

「そうですね、故郷のトラスダンの北に隣接しているけど、今のところ何の接触もないですし」と、頷きながら補足する。


「国ってーのは、あまりデカくなると内側から腐るって言うからな、今ぐらいが丁度いーんじゃねえか?」


「なら今回の同盟も上手く行きそうですね」、ニコリと笑うハスエル。


少し困った顔をするルーベルガ。

「どうかなあ……ラガレームとブールジュ国が弱った所で背後から狙う可能性もあるわけよ」


「そっかぁ……簡単ではないのね」


少し悲しそうな顔をする彼女に、ニカッと笑い不安を和らげようとするルーベルガが、

「まあ、そんな難しい話しはエダフさんにお任せよって、いないな」と、周囲の焚き火に目を向ける。


「もう寝ましたよ」と、ケインが答えた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


隣の焚き火では、ソフィーとトニエがガットを挟んで座っている。


「はい、あーん」と、干し肉を千切ってはガットの口へ放り込むソフィー。


無抵抗で餌付けされるガット。


「おい! オマエら! いちゃいちゃとーいい加減にしろよ!」

彼らの近くにいるフェルネがキレた。


「なによ、文句でもあるの? 戦闘狂のチビ」


「目障りなんだよ! デカ女」


「ならさっさと寝れば?」


「ぐぬぬ」、顔を赤くしたままフェルネが焚き火から去ってゆく。



「なんでオマエらは仲が悪いんだよ?」と、火種のガットが無神経に聞く。


「似たもの同士だからですよ」と、トニエが答える。


「私とあのチビが?」


「そうです、私にはわかります! 彼女の心にはメラメラと熱い炎が燃えています」


ぐっと握り拳を作り、瞳を輝かせている。

恋愛小説好きの彼女が何やら匂いを嗅ぎ付けたようだ。


「またこの子は……頭の中にお花が咲いているんだから」


「フッフッフ」

何やら悪巧みをしている顔をするトニエだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―9


リブルバック国の首都サラブリナまでの道中、幾つかの検問と村を通過した一行。

大人数、しかも他国の兵士が混ざっているということもあり何度か衝突する場面があった。

しかし、前もって謁見の許可が取り付けてあり、書状も持っていたため長い足止めになることは無かった。


馬車に乗る一行から王都サラブリナが見え始めていた。


遠くに見える王都を目の当たりにして、

「ふぇぇぇ……」と、変な声をあげるトニエ。


山一つが町になっていた。


例えるなら三段重ねのウエディングケーキのような姿である。

最上段の山頂には優美な城が建ち、その側には湖が雄大な水量を保っていた。

二段目には大きく綺麗な貴族層の住居、三段目には平民層の小さな住居が所狭しと立ち並んでいる。


それぞれの階層を隔てるように、高く無骨な城壁がそびえ立っている。

王城までは三回城壁を越える必要がある強固な要塞都市であった。


「流石に大陸一の国家だ、伊達じゃないね」、ケインが呟く。


「綺麗ですが何だか威圧感が凄いですね」、トニエも呟く。


ハスエルがまゆ毛をハの字に曲げる。

「そうね、いつも見下ろされている気分になるわ」


「さぞかし、ふんぞり返えった奴が王なんだろうよ。サッサと行って用事を済ませるか」

ルーベルガも気に入らないようで吐き捨てるように言う。


「王城までは遠そうだな……」、たぶんガットは深夜の潜入作戦を考えている。


エダフは難しい顔をしたまま、馬車の中で考え事をしていた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―10


平民層には閃光の獅子も入ることができたが、貴族層から先は謁見する者だけが通行を許可された。

エダフ、ルーベルガ、ケインは謁見のため王城まで進み、それ以外の者は平民層を散策することになった。


最も外側の城門から王城までの移動で軽く数刻が過ぎていた、まるで遠足である。

町中を走る馬車に乗れば良かったと後悔する三人は、ようやく謁見の間まで辿り着いた。


重々しい扉が開かれ室内に進む三人。

正面の玉座には、俺が王だと全身から滲み出ている男が座っている、王にしてはまだ若く四十代だろう。

王妃の椅子は無く、十代後半に見える王女だけが隣の席に座っていた。

部屋の内側をぐるりと囲むように甲冑を着込んだ兵士が槍を持ち警備している。


野良犬でも見るような目で、

「お主たちが同盟の使者か……」と、リブルバックの国王が問いかける。


「はい、ブールジュの国王より書状を預かっております」


係りの者がエダフに近づき書状を受け取ると、危険物でないのを確認した後、王へと渡す。


「……ふむ、この書面、どのような内容か聞いておるか?」


「いいえ」


「肝心なことが書いておらぬのよ。――わしは無条件降伏か、さもなくば戦争と返事をしたはずなのだがな、ここには同盟の話しを進めたいとしか書いておらぬ。これはどう言うことだ?」


書状をひらひらと振りながらエダフを威圧する王。


「どうやら私はブールジュの国王に買い被られたようです、嫌な予感は当たるものです」


「ほーぅ、それ程お主らは力を持つと言うのか?」


「偶然です。ラガレーム国の依頼でブールジュ国との同盟の橋渡しをしただけですよ」


「ラガレームとブールジュが同盟?」

片方の眉毛がぴくりと動き、声のトーンに若干の変化が現れる。


「ええ魔王軍は強大ですからね、力を合わせ対抗すると決めたようです」


「なるほどな、ブールジュの国王が強気なのはソレか……」


「私たちはどの国にも属さない傭兵団です、しかし全ての国が滅び魔王軍の支配下になるのだけは避けたい。――率直にお伺いします、もしラガレームとブールジュ国が魔王軍との戦闘に全戦力を注いだ場合、リブルバック国は背後から二国を襲いますか?」


「愚問だな、当たり前だ」、さげすむような笑い方をする王。


「残り一国になり魔王軍と戦って勝機はあるとお考えで?」


「当然だ。我が国が魔王軍に後れを取るなどあり得ん話しだ」


「了解しました、お話の内容をブールジュ国へ連絡しましょう。返事を受け次第また謁見の機会を頂けますでしょうか」


「良かろう。次に会うときは降伏か戦争の二択だ、忘れるでないぞ」


三人は何の成果も得られぬまま、謁見の間を後にした。

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