8-1 秘密の買い物
ブールジュ国の町モンフォワから西に約六キロ地点、そこに魔王軍の陣が敷かれている。
立ち並ぶテント、物資搬送用の馬車や荷車、食料などが詰まっている樽が所狭しと並んでいた。
その中央には一際大きく立派なテントが建ち、その入り口には見張りの兵士が二名並んで立っていた。
そこへ息も絶え絶えの指揮官が入り、
「も、申し上げます、モンフォワに敵の援軍が到着、南門を攻撃しておりました我が軍はほぼ壊滅、挟み撃ちの恐れもありましたので全軍撤退させました」と、報告する。
テントの中では魔王の第二王子であるクリスターが執務を行っていたが、指揮官の報告を聞き眉毛をピクリと動かした。
「我が軍の被害は?」
「四千五百の兵を二手に分け西門と南門に配しました。南門はほぼ壊滅、西門は千七百ほどが帰還しました……」
「今日だけで三千に近い兵を失ったと言うのか?」
「は、はい……」
声は冷静なクリスターだが、手に持つ羽ペンは微妙に震えていた。
「出発前の報告だと、敵の総数は推定二千ではなかったのか」
「はい、敵兵の二千は、ほぼ南門の防衛を行っていた模様でして、その……西門は百に満たない兵士が防衛、巨鰐の攻城兵器の活躍によりほぼ無傷で西門を破壊、町へと進入したのですが……」
「はっきりと申せ」
「兵士の説明では、町の中に怪物がいたと……」
「怪物? 魔獣でも飼い慣らしていたのか?」
「それが今ひとつ要領を得ず……」
「兵士の大半を死なせ、敵の正体も確かめず、おめおめと逃げ帰ってきたと言うのか!」
クリスターは激高し声を張り上げる。手に持つ羽ペンが根元からへし折れた。
勢いよく立ち上がると座っていた椅子が後ろへ飛ばされ転がる。
初めて見る上官の怒りに指揮官は青くなり、
「いや、あの、全滅して――」と言い訳するが、その声は最後まで続かなかった。
ドサリと膝をつき、そのまま突っ伏して倒れる指揮官。
少し離れた地面からは彼の頭が生えていた。
いつ抜いたかわからない剣が鞘へ戻される。
「……このままでは、この陣も危ういな。一旦テスケーノまで戻り体勢を立て直すか……」
クリスターは残存兵力をまとめ、その日のうちに陣を撤去させテスケーノまで撤退したのだった。
翌日、モンフォワから出発した偵察部隊が魔王軍の撤退を確認した。
そこに、埋葬されず放置された遺体を発見したが、誰も気に留める者はいなかった。
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モンフォワの中央広場には六台ほどの幌馬車が並んでいる。
その周囲には閃光の獅子が忙しく動き、荷物を幌馬車へ運び込んでいた。
篭城戦を終え契約を完遂した閃光の獅子は、首都ルシヨットへ移動する準備を行っているのである。
彼らが魔王軍を退かせた後、二日ほど偵察隊を派遣し様子を観察したところ、魔王軍が再び戻る気配はないため、一応の危機は去ったと判断したのである。
そんな彼らを見送りに来た警備隊隊長のジョナードと魔法師隊隊長のストフレッド。
二人の前にはエダフとルーベルガが対応していた。
「君たちのおかげでこの町も救われたよ、ありがとう!」
晴れやかな顔で挨拶するジョナード。
「俺たちゃ傭兵だ感謝なんていらね、金さえ貰えれば満足だ」
ニヤリと笑うルーベルガ。
「ハッハッハ。こちらの書類を首都の門番へ渡してくれ、褒美は多くしてくれと書いてある」
「それは有りがてえ、また手伝うことがあったら声をかけてくれ、割引価格で対応させてもらうぜ」
二人は同時に手を出すと力強く別れの握手を交わした。
「エダフさん、あなたの策で被害を最小限に抑えることができました。できれば軍師として迎え入れたい所なのですけれど」
美男子のストフレッドが女性なら惚れそうな笑みをこぼしている。
輝く笑顔のエルフを前にエダフの笑顔が霞む。
「私は小さな村の歴史研究家、争い事は範疇ではないのですよ」
「勿体ないですね。ここブールジュ国にも研究に値する資料があるかもしれませんよ。いずれまた足をお運びください」
「ええ、考えさせて貰います」
ストフレッドは出発準備をしている集団からソフィーを見つけると、ゆっくりと近寄り話しかけた。
「ソフィーさん、行ってしまわれるのですね……」
「はい、まだ見ぬ世界を探してこようと思いますわ」
「そうですか、私たちは長寿ですから世界を一周した後でも遅くはありません、お待ちしておりますよ」
「あの……」
ソフィーはチラリと出発準備をしているガットに目線を泳がす。
「フフッ、そうですか私はフラれてしまったのですね。――辛い別れよりも選ぶ価値のある男性ですか、素敵じゃないですか。里を出て良かった、そう思っていますか?」
「はい!」
前に立つ美男子エルフの笑顔が陰るほどの、満面の笑みを溢れさせるソフィー。
「ここへ来たときよりも随分と明るい顔になりましたね。この先の旅、貴方と彼に精霊の祝福のあらんことを」
「ストフレッドさんにも、精霊のご加護がありますように」
二人は相手を思いやる優しい握手を交わすと互いに振り返り、その姿を再び見ようとはしなかったのである。
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モンフォワを出発した一行は数日後、何事もなく首都ルシヨットに到着した。
西門の前では団員が全員中へ入れないかルーベルガが交渉していた。
「やっぱ全員はダメだとよっ、融通の利かねえ連中だ。――そっちの若いのは入るだろ?」
少々ふてくされているルーベルガは中へ入る人間をエダフに確認する。
「そうですね前回は私とケインだけでしたし、今回は美味しい物も出るでしょうから」
「私も入るわ。ここはエルフに寛容だって言うし」
「あーそんなことエルフ隊長が言ってたな、よし七人だな」
一行は門番の注意を聞いた後、首都の中へ入る。
エダフとルーベルガ、ケインとハスエル、ガットを挟むようにソフィーとトニエが三列となって歩く。
前回入った時は気に留めなかったが、エルフのストフレッドが言うようにチラホラとエルフを見かけることができた。
「エルフが沢山いるぞ、また婿候補を探したらどうだ」
隣を歩くソフィーへ声をかけるガット。
彼女は無言で彼の尻を膝蹴りする。
「ガット、無神経ですよ」、なぜかトニエに怒られる。
「スマン冗談だ」
流石に酷かったと反省しているのか、ちょっぴりしょげている。
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二回目のためか、すんなりと謁見の間まで通される一行、そこには前回同様、王と王子夫妻が王座に座り待ち構えていた。
シワの深い老王は鋭気に満ちた声で、
「良く戻ったな、案外、傭兵と言うのもしぶとい、ハッハッハ」と、一行を歓迎した。
不審者を見るような目つきだった前回の訪問に比べ、今は親しみのある暖かい視線を彼らに送っている。
「お約束どおりモンフォワを七日間お守りしました、つきましては――」
エダフの話しを遮り王は話しを続ける。
「そう急くなわかっておる、報酬の件じゃろう。……ラガレーム国と同盟を結ぶよう取り計らおう。詳細は追って使者を出すので心配は要らん」
「ありがとうございます、これで私たちの役目も無事に終えることができました」
「そこでだ、もう一仕事する気はないか? ――頭の切れるそちなら何が言いたいか薄々感じているのではないか?」
ニヤリと含みのある笑いをエダフに向ける老王。
「……リブルバック国との同盟ですか?」
自分の思惑を読み取った彼に、さらに機嫌を良くした老王は、
「フッフッフ、その通りよ。我が国とラガレーム国を合わせてようやくリブルバック国と対等の戦力だ、同盟を結ぶなら今しかない、そうであろう」と、断れないよう威圧してくる。
「可能性はどの位ですか? 謁見する前に問答無用で殺されるならお断ります」
「正直な所わからん、十年ほど前に先方から国交を断絶され国家間の交渉は行われておらぬのだ」
「……十年。わかりました、私たちより先に同盟の使者が行くとリブルバック国へ使いを出して貰えますか、その返事次第でお受けするか考えさせて頂きます」
「そうじゃのう、早速使いを出そう。返事が来るまでゆっくりと旅の疲れを癒やすがよい」
その夜、ラガレーム国よりも豪勢な食事を出された一行は満腹で動けなくなるほど食べたのだった。
同じ食事を首都の外で待つ団員に運んだルーベルガは、夜遅くまで宴会を開いていた。
こちらは食事より酒がメインであったが。
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深夜、空には雲が多く月明かりを遮り、夜の闇をさらに深くしていた。
城内に宿泊した男性陣は個室が与えられ寝ていた。
女性陣は三人で一室である。
ガットは手を前に伸ばし召喚扉を開く。
漆黒の渦から幻馬がゆっくりと姿を現した。
「やれ」
彼の命令で幻馬から睡眠を誘発する濃い霧が発生し、城を覆い始める。
「王子よ、もしや王子妃を狙うのか?」、爺がガットに問いかける。
「ああその通りだ」
「ブールジュの王に裏はあるまいて、なぜ王子妃を傀儡にするんじゃ」
「念には念を、だよ」
「教育を間違えたかのぅ……まさか他人の奥さんを欲しがる子になるとは……血は争えないのか、二代前の王は同じように――」
「ば、馬鹿なこと言うなよ爺! 趣味でやってない!」
「ならば、なぜエルフの娘に応えてやらなかった? 独身だから、じゃろ?」
「今は刺客と、その背後にいる黒幕しか俺は興味ない、彼女が俺を好きと言うなら裏切らないだろう、せいぜい利用させてもらうさ」
「はぁー、王子は女心がわかっとらんのう。裏切られはしないだろうが背後から刺されるぞ」
「何でだよ?」
「まぁ痛い目を見るのも修行じゃて」
ガットは腑に落ちない顔をしたが、それ以上、爺が話しをしなくなったので諦めて王子妃の部屋を探しに部屋を出た。
ラガレーム国では淫魔のヘルミルダが場所を特定してくれたおかげで早く済ませられたが、今回は自分で探さないといけない。
地図も案内板もない城内を一部屋ずつ見て回るガット、半刻ほど彷徨った後、ようやくお目当ての部屋を見つけた。
王子と妃が同じベッドで寝ている。
妃にキスする直前ガットが頭を振る。恐らく爺の言葉が脳裏を掠めたのだろう。
「これは趣味じゃない……」と、呟きながら妃を傀儡にしたのだった。
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リブルバック国からの返事が届くまで首都に滞在する一行、今日は町を散策することになった。
エダフは歴史的資料を見せて貰うとかで王城に残っている。
王都の中は裕福そうな人が溢れ、町は活気で満ちていた。
それに比べるとガット達の服装は貧相で少々浮いている。
前にガットとソフィ-、後ろでケイン、ハスエル、トニエがお喋りしながら歩いていた。
「ねぇ、昨日の夜、トニエから聞いたわよ」と、ソフィーがガットへ話しかける。
「何をだよ」
「彼女のアクセサリ、あれガットが買ってあげたんでしょ?」
「アクセサリ? そんなの知らないぞ」
「嘘言わない! 頭に巻いているじゃない」
ソフィーはガットの首を絞める。
慌てて彼女の腕をタップして緩めさせるガット。
「頭? ああ防具じゃないか、アレを隠しているんだよ知ってるだろ」
「知ってるけど! 私も欲しい……」、少しむくれた顔をする。
「ソフィーは戦わないから不要だろ」
「今までとは違うわ、なるべくガットを長生きさせるんだから」
「げんきんな奴だな……、まぁ報酬が出たし、俺の目が届かない所でトニエを守ってくれるなら何か買おう」
「ホント、ガットって酷いよね」、彼に聞こえないほど小さな声で呟く。
「何か言ったか?」
「ううん、その話乗ったわ、この国で一番高い宝石店へ行きましょう!」
彼の腕を取り強引に引っ張るソフィー。
「話しが違うぞ、買うのは防具だろ!」
説得の結果、高級店はなんとか回避され胸をなで下ろしたガットだったが、ここは王都である、入ったのはそれなりの店構えだった。
ショーケースに並ぶ宝石の数々、指輪、ネックレス、イヤリング、女性陣の瞳が輝いていた。
普段は貴金属に感心のない彼女たちも、やはり女性なのだろう興味はあるらしい。
汚い恰好の彼らにも嫌な顔をせず対応するプロの店員がアレコレと商品を薦めていた。
「ガットが選んでよ」と、ソフィーが催促する。
ヤレヤレと言いたそうな顔をしながらガットは商品を見て回る。
「……これでいいんじゃないか」と、ショーケースの中にある品を指差す。
「チョーカー?」
「エルフは人間よりも首が長いからな、コレは似合うんじゃないか?」
「へぇーふぅーん」、ニヤニヤと何やら含んだ笑みを浮かべている。
「なんだよ、嫌なら買わないぞ」
「店員さんコレください。――首輪ってね、独占欲が強い男性が贈る物なのよ」
「な?」、硬直して言葉が出なくなるガット。
そんな二人を見て笑うトニエとハスエル。そして彼らとは少し離れた所でケインがこっそり指輪を購入していた。




