6-2 携帯電話がないと不便だよね
酒場で夕飯を楽しむ一行。
日替わりメニューもあり味に飽きることはなかった。
二組が合流した後も、店を見て回った彼らは今日の出来事を談笑していた。
食事が終わる頃を見計らってハスエルが、
「あの、私……」、とやや深刻そうな顔で話し始めた。
「オルレーゾの件ですか?」
エダフは彼女が言い出すのを予期していたようだ。
「はい……、今回は私から話させて下さい。――私はオルレーゾの人を助けたいです、でも私の力だけじゃ足りないと思うの、だから皆の力を貸して欲しい」
いつもなら最後まで黙りこんでいるケインが胸の内を語る。
「ハスエル、俺は決めたよ。俺の目の前で誰かが傷つくのは我慢できない、俺の力で少しでも被害が減らせるなら頑張ってみようと思う。でも争いは嫌いだ誰も傷つけたくない、だから剣は振らないことにするよ」
「ありがとうケイン……」
彼を見ながら微笑む。意外な回答が聞けて嬉しそうだ。
「私は引率としてついて行きますよ、戦闘では役に立ちませんが相談ぐらいなら乗れますから」
「先生ありがとう」
「俺は一晩考えさせてくれるか」
ケインとは逆に、いつも彼女の背中を押していたガットが回答を保留した。
「……ええ。急に無理を言ってゴメンなさい」
そんな彼を見て少々驚いている。少し表情が陰り声の張りも落ちている。
「トニエとソフィーはどうしますか?」
そんな彼女に気を利かせたのか、エダフが二人にも確認を取る。
「私はガットについて行きますから、彼の返事次第です」
「私はどっちでもいいわ、皆が行くならついてくわよ。けど戦いはゴメンだからねっ」
結論はガットの返事待ちとなり、一行は宿へと戻ったのだった。
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宿屋の一室。ベッドと小さなテーブルに椅子、それしか無い一人用の小さな部屋。
ベッドの上で寝間着姿のトニエが今日買った本を読んでいる。
兜は外しテーブルの上に置いてあり、頭にはガットの服の切れ端がまだ巻いてあった。
いつもは兜の下に隠れている濃い藤色をしたショートボブの髪が、ロウソクの灯りに優しく照らされている。
旅の一行の中でトニエが一番凹凸の激しいボディーラインをしている、普段は男装しているので目立たないのだ。
「フフッ……、フヘヘヘ……」
にやにやしながら買ったばかりの恋愛小説を読みふけっている。
「いい、やっぱりいい! この前はブラウンの馬だから駄目だったのよ、白馬ならきっと私の理想を――」
ドアをノックする音が聞こえる。
夜更けに訪れる者などいないと考えたのか、トニエは兜をかぶり護身用のナイフを握りしめる。
「……はい」、恐る恐るドアの外に声をかける。
「俺だ」
「ガット? ちょ、ちょっと、あー、少し片付けるので待っていて下さい」
緊張感から急に解放され、そして思いもよらぬ来訪者に慌てふためいている。
「え、何、何の用事? まだ心の準備が出来てないのに、それに正式にプロポーズもされてないわ」
外に聞こえないほどの小声で独り言を呟くうちに、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
とりあえずナイフをしまい兜をテーブルの上へ置いたトニエは、
「ど、どうぞ」と、扉の鍵をあけ彼を部屋の中へ招き入れた。
「夜遅く済まない、確認しておきたかったんだ」
「何をですか?」
「ハスエルがオルレーゾへ行くと言うが、トニエはどうする?」
「酒場での回答に変更はありませんよ、私はあなたについて行きます」
にっこりと笑い、ガットを見つめる。
「首都シュルドとオルレーゾは、こことは比べものにならない程大きな町だ、それだけ正体がバレる確率が上がる。もしトニエが嫌なら俺はハスエルを止められるが」
「私はガットを信じていますし自分の運にも期待しています。里を出てから今まで無事に生きています、それにガットにも巡り会えた、なのでこれからも大丈夫と思いたいです」
何の不安も感じさせない笑顔をガットに向けるトニエ。
「……そうか、わかったオルレーゾに行くことにしよう。――遅くに尋ねて悪かったな」
不安の種が取れたのか、部屋へ入ってきたときよりスッキリとした顔をしているガット。
「え……」
「ん? どうした何かあったか」
「あ、いや……、話しってそれだけかなーと」、なにやらモジモジしている。
「ああ、俺からの話は済んだが、何か話したいことでもあったか?」
「いやいやいやいや、いいです、またにします」
顔を真っ赤にしながら、両手を前に出し振る。
「トニエがいいなら。俺と君は同盟関係だ気がねなんか不要だぞ」
彼女に優しく微笑みかけるガット。
「……そうですよね、同盟ですものね。――おやすみガット」
「ああ、おやすみ」
彼は軽く手を振ると部屋を後にした。
「あれ? 私たちの関係って同盟になって進展したの? なんだか前より後退している気がするわ」
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人目を避け町外れに足を伸ばすガット。
周囲に誰もいないのを確認すると、手の平から命珠を浮かび上がらせた。
それは淫魔の胸から取り出した玉だ。
血の色に似た黒ずんだ赤色をしており、薄ぼんやりと光を放っている。
「おい、ヘルミルダ聞こえるか」
「ちょ、何これ、どこから聞こえるの」
彼女の声は周囲には聞こえていない彼の頭の中で再生されている、また彼女のほうも同様であった。
「慌てるな俺だ」
「その嫌な声はあんたか」
「今どこにいる」
「ラガレーム国の首都シュルドよ、近々ここを攻めるから情報収集してたの」
「なるほどな、丁度良い。オマエはオルレーゾの様子を詳しく調べろ」
「何するのよ」
「オルレーゾを落とす」
「なにをバカなこと言ってるの? 魔王軍は既に守りを固めてるわ」
「だからオマエの情報が必要なんじゃないか」
「無謀よ?」
「それは俺が決める。オマエは情報だけ集めればいい、働き次第では命を返してもいい」
「それ本当ね?」
「ああ嘘は言わない」
「数日頂戴、調べるわ」
「俺もシュルドまで移動するのに数日かかる、また連絡する」
ガットは再び命珠を手の平に戻した。
爺がガットに話しかける、
「いよいよ魔王軍を相手にするのか……。王子よ、いいのか? 危険じゃぞ」
「あのトニエだって危険を承知で進むと言うのだ、それなのに俺が隠れていてどうする」
「ホッホッホ、なにをかっこつけとるか」
「かっこじゃないさ、つけたのは覚悟だよ」
「本気のようじゃな」
「まあな。目立つ行動はしないさ、敵軍の士官でも捕まえて情報収集してやるよ」
「ああそれが良い、まだ情報が不足しておるでの」
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酒場で朝食を済ませた一行、エダフが昨夜の続きを話し始める。
「ガット、オルレーゾ行きの件はどうしますか?」
「ああ返事が遅れて済まない、俺も参加するよ」
「そうですか、それでは――」
エダフがまとめに入ろうとしたのをガットは、
「待った……。一つ確認させてくれ。みんなはどこまでやる気だ?」
「どこまでとは?」
「オルレーゾは始まりでしかない。苦しむ人を助けたいと願うなら魔王軍の侵攻を全て止めるしかない、それは戦争をやめさせるのと同じ意味だ」
「そうですね、それは私も考えていました。ハスエルどうですか?」
「私に戦争を止める力なんてない……。平和なのが一番よ、でもどうすれば平和になるかなんて私には考えつかない……、だから平和を築こうとしている人の手助けができればいいと思っているわ。こんな中途半端な考え方って駄目かな?」
やや不安げな声を出しつつも、決心は変わらないという目力でガットを見つめるハスエル。
そんな彼女の思いに答えるようにケインが、
「俺はその考え良いと思う。誰だって世界を動かせる力なんて持ってないんだ、それでも力を合わせるから願いが叶うと思う。俺は、俺の目の届く範囲だけでいいから手助けがしたいって決めたんだ」
「二人の気持ちはわかった。どこまで進めるかわからないが俺も力になるよ」
オルレーゾだけで満足されてはガットを狙った黒幕をつきとめられない、なるべく魔王軍に近い位置に長く留まるよう二人を誘導しているようだ。
「ふぅーん、行くんだ。なら仕方ないな、ついてってあげるわ」
面倒くさそうに、それでいて表情は笑顔のソフィー。
「いや、森に帰ってもいいんだぞ」
戦いに参加しない彼女は不要とでも言いたげに冷たくあしらう。
「フフン、判ってるわよ、ホントは私がいないと寂しいんでしょ?」
「俺は静かなほうが好きなんだが」
「なによ、もぅっ!」
このやり取りにも慣れてきた一行が笑顔で二人を見守る。
「おーう、話しはまとまったか?」と、大男がノシノシと近寄ってくる。
そんな彼を見てエダフが話し始める。
「そうそう、ルーベルガさんにオルレーゾの話しを伺ったら彼らも戦いに参加されるそうです」
「そうだ俺たちにとっちゃ次の就職先よ! 戦いある所に傭兵団ありだ」
「ここにいる全員、参加することになりましたので」
「そうか! それは頼もしい。にいちゃんまた世話になるぜ」
ケインの背中をバンと叩くルーベルガ。
「は、はあ……」
少し咳き込んだケインが、嬉しいような恥ずかしいような表情をしている。
「じゃあ俺らと一緒に移動するか? そのほうが夜盗に襲われないし安心だろ」
「そうですね、お願いします」




