6-1 ショッピングを楽しもう
酒場には男達のツンとした汗の臭いとブドウ酒の甘い香りが充満していた。
巨鰐を討伐しターバンズに帰還した傭兵団は、無事に帰りついた喜びを分かち合うように一晩酒を飲み明かしたのである。
テーブルに突っ伏して寝る者、床に直に横たわる者、壁にもたれて寝る者などで酒場は埋め尽くされていた。
この世界に飲酒を年齢で制限する決まりはなく、トラスダンから来た若者達もブドウ酒をたらふく飲み二日酔いの状態であった。
頭を押さえながら酒場の惨状を見たガットは、
「いっつつつ……、これは酷いな……」と、呟いた。
「ガット、起きたか」
豚人のダルケもかなり飲んだ筈だがけろっとした顔をしている。
「なんだ寝てないのか」
眠気を飛ばすように大きく背伸びをする。
「寝た、起きた、少し前」
「そうか、昨日は楽しかったか?」
「ああ。――人間、いつも、こうか?」
「いや無事に帰還できた祝いだ、こんなのはたまにだ――いつつ、頭痛いな」
こめかみを押さえ渋い顔をしている。
「不思議だ、人間」
「なにがだ?」
「昨日、夜、殺せ言われた。ガット、でかい人間、助けてくれた」
「でかい? ああルーベルガのことか。当たり前だろ、ダルケは戦友だ」
「戦友、知らない言葉」
「一緒に戦った仲間って意味だ」
「仲間……。オレは豚人だ、それでも、仲間?」
「ああそうだ」
「……ガット、オレ、礼がしたい」
「いらない」
「オレ助けた、仲間、礼するあたりまえ。オレ、ガットについていく」
「遠慮する」
「ガット、酷い」
ゴリラに似た顔である、表情は読みにくいが落胆しているようだ。
「礼が欲しくて助けた訳じゃ――、いや、礼か……。欲しいな」
「何が欲しい」
「人間と仲良くしろ」
「ああ、ガット、ついて行く」
「違うそうじゃない、ここターバンズと豚人の里を仲良くさせろ」
「それ、難しい」
「だろうな。でも今のままだといずれ戦争になる」
「戦争、嫌だ」
「なら仲良くしろ」
「どうすればいい」
「そうだな……、まずは町長と話しをしろ、ダルケがどうしたいのか人間とどうなりたいのか」
「話を……」
「人間と話ができるのはダルケだけだ、これはオマエの役目だ」
テーブルに突っ伏して寝ていたルーベルガが体を起こし、首を振り眠気を飛ばしながら、
「話を満足にせず、一般人に斬りかかった奴が言うセリフかねえ」と、突っ込みを入れた。
「起きてたのか」
「話し声で目が覚めた。――にいちゃん、その話しは夢だ……まぁ実現しねえよ」
「なぜだ」
「俺たちの飯の種が無くなるからだ」
「それは冗談か?」
「いや、冗談じゃねえ。俺たちゃ人間同士の戦争にも参加する、そこに正義なんてねえ。話し合いで解決できない、だから力で解決するんだ」
「ダルケは戦友だろ?」
「もちろんそうだ。酒を飲み交わした仲間だ。だがな町長が豚人の壊滅を望み、俺の前に金を積めば俺たちは豚人の里を攻撃する。奴らに恨みなんてねえよ、だが仕事は仕事だ俺たちが生き残るためには受ける」
「ルーベルガ……」
「言った側からこれだよ、にいちゃんまた怖い顔してるぜ。話しあいだろ? すぐ熱くなるんじゃねえよ」
「…………」
指摘され昨夜の戦闘を思い出したのか、口をへの字に曲げ黙ってしまうガット。
「ダルケ、話しはわかったか? 悪いのは戦争をする奴じゃねえ、戦争を命令する奴だ。私利私欲、しがらみ、遺恨、理由なんて掃いて捨てるほどある。そんな理由を作らないようにするのがオマエの役目だ」
「話し、難しい」
「ハッハッハッそうだろうなあ、ガットに礼がしたいんだろ、取り合えずやってみろや」
「そうする」
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酒場で朝食を済ませたエダフ、ルーベルガはダルケを連れて町長に巨鰐退治の報告を行った。
そこでダルケは、ターバンズを襲った件を謝罪し今後は迷惑をかけぬよう里の長に直訴すると伝えると、町長も豚人と争うつもりはなく双方が平和に暮らせれば良いと答えた。
町の西口で里に帰るダルケを見送るガット、ルーベルガ、エダフ。
「ガット、約束は守る、オレ、人間と仲良くする」
自分の胸をドンと叩き意志の硬さを表現する。
「ああ無理はするな」
そんな彼を微笑ましく思うのか、ニヤリとしたガットが手をだし二人は堅い握手を交わす。
ルーベルガが、
「オマエのおかげで豚人にもいい奴がいるってのがわかった。町との関係は少しずつ変えていけばいい」と言いながら手を出す。
「でかい人間、オレもオマエ好き、またな」、出された手を握り返すダルケ。
エダフが袋を渡しながら、
「こちらには食料が入っています。気をつけて帰って下さいね」
「優しいな、人間。――またな」
彼は少し微笑んだあと何度も振り返りながら豚人の里に帰っていった。
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昨夜は酒場で一晩明かしてしまった一行、そのまま朝食を済ませると一旦宿屋に戻り、風呂に入って旅の汚れを落としたのだ。
小綺麗になってから再び酒場に集合し昼食と取る。
エダフは食事をしながら今後の予定を話し始める。
「町長への挨拶は済みました。少しばかりですが謝礼を頂きましたので今日は町で買い物を楽しみ、明日トラスダンへ戻ろうと思いますがいかがですか?」
「賛成!」と、全員一致の回答。
「どこへ行きましょうか」
「わ、私は本屋に行きたいです」、小さな手をあげながら答えるトニエ。
ハスエルも続いて、
「エダフさん私は服屋へ行きたいです」
「わたしもそこがいいわ」、肉をかじりながら賛同するソフィー。
「俺は剣が壊れたから武器屋だ」
スープを飲みながらぶっきらぼうに答えるガット。
「それでは二手に分かれましょうか、私とトニエ、ガットは本屋と武器屋へ、ハスエルとソフィー、ケインは服屋へ行きましょう」
彼らは食事を早々に済ませ、町へ繰り出したのだった。
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直射日光が入らないよう窓にカーテンが引いてある少し薄暗い本屋。
それほど広くない店内は、隙間なく本で埋めつくされた棚で囲まれていた。
背表紙の文字が消えかかっている古い本から、印刷されて間もない新作まで品揃えは豊富なようだ。
そこへエダフ、ガット、トニエの三人が買い物に訪れる。
「わぁ、わぁ、わぁー、本がいっぱい」
瞳を輝かせ店内の雰囲気に酔いしれるトニエ、まるで磁石でもあるように本棚に吸い寄せられていく。
そんな彼女を優しい目で見ながらエダフも、
「目移りしますね、私も何冊か買いましょう」と、本を選び始める。
「全部買う!」
「持てないだろ、それに金あるのか?」
テンションがハイになっている彼女に冷静に対処するガット。
「そんなに……ない。――ガット貸して! 後で返すからー」
お祈りをするように手を組み彼を見つめる。
「俺も昨夜おごったから無いよ」
「この甲斐性なし……」
頬を膨らませ、ぷいっと振り返り、再び本棚を見始める。
「何とでも言え、早く選べよ」
「どれがいいかなー、――こ、これは……」
平積みされている本を手に取りあらすじを読んだ彼女は、その一冊を手に持っていた本の間に挟む。
「これください」、店主に三冊の本を渡すトニエ。
「決まったのか。何々、生物学と歴史書かー難しい本を読むんだな」
「そ、そうね」
不自然に動揺しているトニエ。
「後の一冊は……」
店主の手元にある本のタイトルを覗き込もうとするガット。
「そ、それはいいじゃないですか!」
それを遮るように彼の目を覆うトニエ。
「お嬢さんお目が高いね、今売れている人気商品だよ」
店主が嬉しそうに話しかける。
「へえー、どんな本なんだ?」
「白馬に乗った王子様が町娘と恋に落ちるお話さ」
「…………」
兜を通して湯気が出るんじゃなかと思えるほど顔を赤く染めているトニエ。
鼻からふぅと息を吹き出しながらガットが、
「懲りてないのか……」
「いいじゃないですか! 好きなんです!」
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本屋よりも倍以上の広さがある服屋。
男性の作業服から女性のお洒落な服、さらには子供服まで取り扱っているようだ。
明るい店内には他にも客が来店しており、商品を選んでいた。
そこへハスエル、ソフィー、ケインが訪れる。
マネキンが着ている綺麗な服を見ながらソフィーが、
「へぇー、けっこう可愛い服あるのね」と、関心を寄せる。
ハスエルも自分に似合いそうな服を探しながら、
「そうね、私もこれだけの種類が並んでいるのを見るのは始めてだわ。いつもは行商人がトラスダンに来たときに数点売ってるのを買うだけだから」
「田舎ねぇー」
「それは森の民に言われたくないわ。――ソフィーも買ったら?」
「嫌よ、エルフにはエルフの服があるの」
「ふぅーん、同じ服ばっかりって飽きない?」
「百年この姿だと、衣服に対して無頓着になるのよ……」
ハスエルは少し申し訳なさそうな声になり、
「あっ……、ごめん」と、囁いた。
「べつに謝らなくたっていいわよ、この姿が嫌ってわけじゃないもの。――で、その手に持っている物は何?」
「これ? ガットのパンツ」
手に持つ布をふらふらと振りながら答えるハスエル。
「へ?」、ソフィーは意外な回答に目を丸くしている。
「あの子は放っておくとずっと同じの履いてるから」
眉をハの字に曲げ少し困った表情で、でも声は笑っている。
「なんでアナタがそんなこと知ってるのよ」
「そりゃーお隣だし、男二人の生活だからね、色々と面倒見てるわよー」
「アナタはママか!」
「失礼な! 姉と呼んでよ」
あまり慣れていない店で居心地の悪そうにしていたケインが、
「なー、まだかかりそうか?」と、催促する。
「ケインのパンツも買わないとねっ」
「い、いらないよ!」、彼は乙女のように赤面した。
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鉄とメンテナンス用の油の匂いが漂う武具店。
宝石がはめ込まれた宝剣から二束三文の鉄屑まで、広い客層に応える品が並んでいる。
武器、防具、飛び道具など、戦闘に必要な物はこの店で揃えることが出来そうだ。
そこへエダフ、トニエ、ガットが訪れる。
巨鰐との戦闘で摩耗したククリナイフとほぼ同じ武器を手にし、
「これでいいか」と、ガットが呟く。
そんな彼を見ていたエダフが話しかける。
「前と同じ物ですね」
「ああ、やはり使い慣れているほうが何かと都合がいい」
「そうですか、お金が足りなければ私も出しますよ。巨鰐との戦いではガットが一番の功労者ですからね」
「大丈夫、剣を買う分は残してあるよ」
トラスダン村では手に入らないような珍しい物まで揃えてある。
ガットは他にも役に立ちそうな物がないか物色していた。
「これ何ですか」と、トニエが聞いてきた。
「これは鉤縄だな、敵に絡めて縛ったり壁を登ったりするのに使うんだ。……そうだなコレも買おう」
三本の爪が折りたためるようになっており携帯に便利そうだった。
「良かった、まだいたのね」、ハスエルが店に入ってきた。
「これから会計を済ませるところだ。――ケインは買わないのか?」
「俺? 俺はいいよ、今回は壊れてないしな」
ガットの選んだ商品の値段を計算していた店主が、
「お客さんがた、もしかしてラガレーム国に行きなさるので?」と、聞いてきた。
店主の質問が気になったのか、エダフがその理由を聞くと店主が再び語り始めた。
「どうやら魔王軍が本格的に進行を始めたらしくてね、オルレーゾの町が陥落したらしいんですよ」
「オルレーゾってどこですか?」と、トニエがエダフに質問する。
「ラガレーム国の西に位置する町で魔王軍とにらみ合っていた地域ですよ」
「今はラガレーム国の首都シュルドで傭兵を募集していて、人数が集まり次第、奪還作戦が開始されるみたいですよ」
「戦争……ですか」
エダフが何やら考え込んでいる。
「ラガレーム国が滅べば次はここですからね、気が気じゃ無いですわ」
店主の前で会計をしているガットも渋い顔をしていた。




