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5-6 シュールストレミングって知ってる?

豚人オークの道案内で落とし穴の候補地へ辿り着いた。


平地の先にある断崖、落差は三十メートル以上はあるだろう。

そこに大きく切り裂かれたクレバスのような切り込みがある。

例えるなら、ホールケーキからワンピース切り取った形だ。


土翠殴智ドスオチよ、我の求めに応じ汝の力を示せ」、ソフィーが土の精霊に助力を請う。


地面が伸びクレバスの割れ目が塞がっていく。

魔法を唱え終えると、上からの見た目は元通りのホールケーキとなる、ただし上面より下は空洞だった。


「お嬢ちゃん、こりゃいいな。見事な落とし穴だ。何人ぐらいまで乗れる?」


「そうね四・五人よ、暴れたら割れるからね。――ねぇねぇ凄い? 私役に立ってる?」


「ああ今回は凄いな、驚いたよ」

眉毛をハの字にして喜ぶソフィーがガットの頭に絡みつく。


「よしよーし、豚人オークのにいちゃん頼むわ」


人間に隠すように干し草、粘土、薬草などを調合し始める。

「すぐに、呼ぶか?」


「あー、待ってくれ準備する。――おめーら、準備はいいか!」


「ういーっす」


ソフィーは精霊魔法で地面から突起物を作り傭兵が隠れる場所を用意し、さらに巨鰐タラスクが落ちた後、上から投石できるよう断崖の端に岩も用意していた。

落とし穴を挟み、傭兵団は二手に分かれて待機している。

ケイン、ガット、ハスエル、ソフィー、トニエは固まっていた、エダフはキャンプ地で荷物番をしている。


「いいぞー、豚人オークのにいちゃん、呼んでくれ」


豚人オークが干し草に火を灯すと、フルーツのような甘い匂いが漂ってきた。


「これが巨鰐タラスクの好きな匂いなのかな? 調合知りたいな!」


鼻をフンフンさせながらトニエが呟く、それを苦笑いしながらガットが、

「やめとけ面倒だ。……あとからこっそり取ろう、今後、何かの役に立つかも知れない」


「フフフ」、悪巧みする笑い顔のトニエ。


豚人オークがガットの近くへ来た。


「どのくらいで来ると思う?」、ガットが豚人オークに質問をする。


「わからない。人間、時計、これぐらい」


地面に時計の絵を描き説明する豚人オーク、約二時間らしかった。


「なんだい、まだ来ねえじゃねえか。おめーら二時間は来ないらしい、緊張を解いてくれ」


「ういーっす」


「偵察隊を出して監視したほうがいいな」


ガットの呟きにルーベルガが反応する。


「そうだな、おい! 三人ほど分散して奴が来ないか見張ってくれ」


乾燥した良い天気だ、匂いも風に乗り四散するだろう。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


「奴が来たぞー」


遠くから巨鰐タラスクの足音が聞こえる。

山にコダマする重低音がさらに反響し、音の出所を惑わしていた。

周囲から聞こえてくる音に威圧され、その場にいた傭兵たちは若干呼吸が困難だ。


上り坂から巨鰐タラスクの甲羅に生えているとげが見え始める。

一本、二本と徐々に現れるとげが恐怖を助長していく。



傭兵たちは生唾を飲み込んだ。

あと百メートルほどの距離、爬虫類にある特有の目、縦に長い瞳孔がギロリと傭兵を睨む。


誰かが見つかったようだ。


突進する巨鰐タラスク

ケインたちとは反対側に待機していた傭兵が襲われ始めた。

叫びながら逃げ惑う傭兵。


反対の岸、遠くで聞こえる悲鳴、今から助けに行っても間に合わないし、助ける方法がない。

「くそっ、まじいなあ、落とし穴から遠ざかっちまう」、苦悶の表情を浮かべるルーベルガ。


悲鳴はまだ続いている。

そこへ、隠れ場所から走り出し、落とし穴の上にある匂いの罠へ向かうケイン。


「おいケイン! 危ない!」、ガットが叫ぶ。


「もう嫌だ! 俺の失敗で人が死ぬのは見たくない。おい! 亀野郎! こっちに来い」


ケインは剣で盾を殴りながら大声で巨鰐タラスクの注意を引こうとする。


「おいにいちゃん! オマエの責任じゃないって言ったろ? 戻れや」


「嫌だ……、もう嫌だ……、戦いも……、犠牲者も……」、半泣き状態で、

「俺は平和主義者なんだー! 戦いなんて嫌いだー! あああー」



大声で叫び続けるケインを見て、周囲の者も立ち上がる。


青ズボンさんも剣で盾を殴りながら大声で叫ぶ、

「俺は戦いが好きだ-! 金もらって酒飲むのが好きだー!」


「俺は女が好きだ-! 金もらって娼館へ行くのが好きだ-!」、長靴さんも叫ぶ。


次々と傭兵が立ち上がり、何やら好きな物を叫び合う大合唱になってしまった。


「おめえらアホか……」、あきれ果てるルーベルガ、

「まあ、そんなオマエらが好きだ-!」、一番声が大きかった。団長優勝。



足を止めゆっくりと振り返る巨鰐タラスク、あの嫌な目がケインをじっと見つめた。

奴に睨まれ、びくりと体を震わせ固まるケイン、奴の威圧で声も出なくなった。


奴の六本の足が器用に地面を蹴りケインとの距離を縮めていく。


「おい、あのにいちゃん固まってないか?」


「手間のかかる奴だなあー」


ガットは腰からブルウィップを取り出すと棒立ちのケインの足に巻き付けた。


「ルーベルガさん、おもいっきり引っ張って下さい」


「ハッハッハ、任せとけ!」


巨鰐タラスクに食いつかれる間際、ケインがずるずると引き寄せられる。


奴の前足が擬態化した地面に触れた。


大木たいぼくの根のように幾重にも枝分かれしたヒビが地面に描かれる。

完全に意識外の出来事、奴は何の抵抗もできず頭から落下した。

まるでスローモーションのように、その場にいた人々の視界から消え失せた。


その頃ケインは足から宙づり状態となり、断崖の壁に顔を強打していた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


隠れ場所から走り出し巨鰐タラスクの状態を確認するガット。


仰向けになり身動きしていない、どうやら落下の衝撃で失神しているようだ。


「トニエ!」、ガットが呼ぶと彼女が駆け寄ってくる、

「頼む、前にかけてくれた移動速度の魔法、使ってくれないか」


「はい! アネモス・プレッサ・ホーヴィ……、かかりました!」


「【加速】っ!」


ガットは落下する速度よりも早く断崖絶壁を駆け降り、巨鰐タラスクの腹の上に着地した。


二本の剣を抜き巨鰐タラスクの腹に突き立てる。

鈍い音がした。

奴の甲羅は腹でも硬く、剣が刺さる様子はない。


そこへ、剣で岩を削るような音が周囲に響き渡る。


まるでコンパスのように回転するガット。

例えるなら爺が針、ククリナイフが鉛筆である。


【加速】の倍速で回転するガット、その姿は残像に近かった。



コダマを横にし、両手で掴み強く念じるハスエル。

新しい杖の力により、影響範囲が強化されている。

崖の上からでも回復の効果がガットに届くようになっていた。


「プロッディ・カフィコウ・シィフォス……」、トニエが呪文を唱える。

剣に雷の属性を付与する魔法だ、ガットの持つ剣の切断力が二倍に強化された。


絶壁に響き渡っていた岩を削る音に変化が現れる。

それはまるで、電車が急ブレーキで停止するときの金属が擦れ合う音だった。


その凄まじい音に耐えられなくなった傭兵たちは耳を塞ぐ。



巨鰐タラスクが目覚めた。


揺れる甲羅、回転できなくなったガットが停止する。

そこには円形のスジが出来ていたが、甲羅を貫通してはいなかった。


「くそっ! 間に合わなかったか……」


奴は背中のとげが地面に深く刺さり身動きが取れない。

六本の足をばたつかせ懸命に体を起こそうとするが無理なようだ。


起きるのを諦めたのか奴の尻尾が腹の上を叩く、しかし見当違いの攻撃を繰り返していた。

ガットの存在に気がついているらしいが、正確な位置は見えていないらしい。


尻尾が甲羅を叩く度に甲高い破裂音が聞こえる。

ガットを仕留めるために執拗に攻撃を繰り返していた。


バキッと何かの割れる音が絶壁にコダマする。

そう、ガットの付けたスジの上を尻尾が強打したのだ。

まるでマンホールが外れたかのようにポッカリと穴の開いた甲羅。

外れた蓋が近くを転がっている。


瘡蓋かさぶたを剥がしたように血が滲んで出てきた。

そこは小さな血の池になっている。


素早く駆け寄ったガットは血の池に剣を突き入れ十字に切り裂いた。

血管を裂いたのだろう、血が噴水のように勢いよく噴き出す。

亀にはあばら骨が無いため甲羅の下はすぐ肉だ。


大きく深呼吸し肺一杯に酸素を貯め彼は巨鰐タラスクの内部へ潜水する。


今日一番の大声だ。

ホラ貝を吹いたような鈍く低い絶叫が山々に響き渡る、それは奴の断末魔だった。

頭、六本の足、尻尾を力任せに振り暴れたが、次第に停止する。


巨大な敵は黒い霧に変化し彼の腕に吸い込まれていく。

そこに残るは全身を赤で染めあげ、深い呼吸を繰り返すガット。

手にしているククリナイフは刃の長さが半分になっており、甲羅を削る作業の過酷さを無言で訴えていた。



崖を降りてきた面々がガットに駆け寄る。


「臭っ!」


全員が急停止した。


「やばい、臭い!」


「これは臭い!」


「たまらん!」


誰もいなくなった、彼一人を残して。

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