5-5 オークなのにツンデレって需要ないでしょ
団長の手信号で静かに前進を開始する傭兵たち。
一歩ずつ進むたびに敵の威圧感が増していく。
逃げ出したい者もいるだろう、しかし誰一人その場から離れる者はいなかった。
弓の射程距離まで接近できた。まだ巨鰐はこちらに気がついていない。
弓に矢をかけすぐに発射できる態勢で待機する傭兵たち。
「ピーッ」、ルーベルガの口笛が緊張した戦場に響く。
弓から矢が一斉に放たれる。無数の矢が雨のように巨鰐に降り注ぐ。
それはまるでヘルメットに爪楊枝の束を落としたかのように、傷一つ付けることなく地面へぱらぱらと落下する矢。
己の無力さに唖然とする傭兵たち。
大量に用意してきた矢だが、第一射でその効果の無さが露呈した。
「槍だ、槍を投げろ!」
ルーベルガの声に我を取り戻した傭兵団たちは手に持つ投げ槍を力いっぱい投げた。
しかし結果は同じだった。
巨鰐の分厚い革鎧に阻まれ傷を付けることはできない。
槍の先端には毒が塗られていたが傷がなければ浸透しないため無駄だった。
「逃げて!」、ケインの【先読み】が発動した。
撤退の合図を受けその場を後にする傭兵団たち。
そこへ、巨鰐の尻尾が一振りされ地面をえぐる。
まるで力士が土俵入りをするときに撒く塩のように、岩や石、土の塊などが上空に舞い上がり彼らの頭上に飛来する。
落石音とともに悲鳴が響き渡る。
何人が岩の下敷きとなり絶命しただろう、しかし一目散に逃げる人々に確認する余裕は無かった。
傭兵団に気がついた巨鰐が彼らを追う。
馬車と同じぐらいの速度だろう、撤退する傭兵の最後尾を走る足の遅い者が襲われた。
果物が踏み潰されたような音が聞こえたが、それが何なのか振り返る余裕はない。
先頭を走る者たちの背後から悲痛な叫び声が何度も聞こえる。
「くそっ」、全力疾走しながら眉間にしわを寄せるルーベルガ。
助けに行けない、助ける手立てが無い、そんな余裕は団長である彼にもなかった。
「土翠殴智よ、我の求めに応じ汝の力を示せ」、ソフィーが土の精霊に助力を請う。
巨鰐の走る少し前で地面の液状化が始まる。
沼のように溶け始めた地面に敵は足を取られた。
しかし、敵の巨体に対して泥の沼は浅すぎた。
足止めできたのはほんの数秒だろう、しかし最後尾を走る者にとっては九死に一生だった。
その巨体ゆえ長時間の走行は不可能のようだ、奴は足を止めその場から動かなくなった。
馬車まで戻ってきた傭兵団たち、息が荒く、その顔には敗戦の色が濃く浮かんでいた。
ルーベルガが仲間の数を数える。
「くそっ、十人いねえ」
巨鰐の歩く音は聞こえない、もう追っては来ないのだろう。
その場で数刻待ったが後から合流する者はいなかった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
戦場から半刻ほど移動した小山の頂上に陣を敷いた傭兵団。
逃げるときに傷を負った傭兵はハスエルによって治療が済んでいた。
「ここなら巨鰐が移動してもすぐに発見できるだろう」
奴がいた方向を憎らしく睨みながらルーベルガが呟く。
ハスエルが夕食を作りトニエが配膳を手伝っている。
「俺がもっと早く撤退の指示が出せていたら……」
この陣に来てからケインはずっと下を向いたままだ。
トニエが食事を差し出しても受け取らない。
「にいちゃん、作戦を立てたのは俺だ気にするな。――しっかしどうすっかなあ」
「私は待機でしたので詳しくわかりませんが、戦闘はどうだったのですか?」
エダフがルーベルガに話しかける。
「全くもって歯が立たない、傷一つ付いてねえんじゃないか。矢と槍は無駄だ他の手を考える他ねえ」
「他の手ですか……」
「それと……人が減った。こればっかりはどうにもならねえ。今の人数で作戦を考えるかー、人を増やして人海戦術にするか……」
「人を増やすにしろ、その硬い皮膚への対抗手段を考えないとダメなのですね」
「ああそうだな、そっちが先かあー」、頭をガリガリと掻きむしるルーベルガ。
「何か弱点はないかな」、夕食を座りながら食べるガットが意見を述べる。
「生き物の弱点と言やあ皮膚の弱い所だな。有効なのは目と腹だ。だが俺の放った矢が目に当たったが跳ね返された、たぶん膜のようなものがあるんじゃねえかな」
自分の目を人差し指でさしたあと、跳ね返されたように指をポンと放り出す。
「じゃあ腹……しかし亀の腹って堅いよな」
ガットが食事の入ったお椀の底をスプーンで叩く。
「甲羅や手足に比べれば比較的弱いだろうが……、まずあの巨体の下に入るのは無理だ」
「相手は亀です、裏返すのはどうでしょうか?」
「エダフさん、あの図体だぜ。どうやるってんだ、やつはテコでも動かないぜ」
「転ばせるとか?」、配膳を終え自分も食事を開始したハスエル。
「そこらの岩なんて踏みつぶすバケモンだぜ」
「落とし穴はどうでしょうか?」、トニエも食事を開始した。
「ひと月はかかる大工事だな……、予算超過だ勘弁してくれ」
「じゃあ谷底に落とそうよ」、配膳すら手伝わないソフィーは食事を終えていた。
「後ろから押すのかい? 嬢ちゃん力持ちだな、ガッハッハッハ」
「いいえ、落とし穴よ。谷に吊り橋をかけるように地面を偽装するの」
「ほう、なるほどな……、良い考えだが二点。どこに谷があるか、どうやって誘き出すかだ」
食事を終えたガットが立ち上がる。
「それならアテがある。豚人は町に巨鰐を誘き出すと言っていた。何らかの手段があるはずだ。それに、この土地は奴らの住処だった、土地勘には詳しいだろう」
「奴ら素直に教えるか?」
「それは行ってみないことにはわからない。明日、豚人の避難所へ行く。馬車の馬を貸してくれ」
「ああ、ダメもとだな、頼んだ」
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敗戦の翌日、馬を走らせ豚人の避難所へ到着したガット。
前回と同じように隊長らしき豚人に先導され村長のもとへと案内される。
「人間、何のようだ」
村長の隣に座る通訳の豚人が、ガットに問いかける。
「巨鰐退治に苦戦している、手を貸してくれ」
「我ら、人間、嫌い、助ける理由ない」
「巨鰐が人間の町を襲えばオマエらが原因だ、戦争になるぞ」
「またか、人間、野蛮な奴」
牙を剥きだし、威嚇する豚人たち。
「野蛮? オマエらが先に仕掛けたんだろうが」
負けずとガットも怒りを露わにする。
「我ら、もっと西に住んでいた、人間、居場所を奪った。東からオマエ来た、戦争すると言う、野蛮どっちだ」
豚人の話しを聞き、ガットの興奮が冷めていく。
どうやら彼らは別の地方の人間に怒りを感じているようだ。
「……そうか。俺は西の人間じゃない、だからオマエらに謝らない。それに西の人間と東の人間は別だ、同じだと思うな」
「意味がわからない、人間、同じだ」
「そうだろうな……」
ガットは理解して貰えるとは思っていなかったのだろう、彼らの意見をあっさり受け止めた。
「なら情報を貰えないか巨鰐の弱点が知りたい」
「弱点、知らない、知ってたら、我ら、倒した」
「……そうだな。なら巨鰐を誘き出す方法を教えてくれないか」
「秘密だ、教えたら、人間、ここに奴を呼ぶ、危険だ」
「あーなるほどな、そんな考えもあるか……」
「人間、もう用はない、行け」
「ああ、邪魔したな」
ガットは馬に乗り来た道を引き返す。
「王子よ、やけに素直に引いたな」、爺が話しかける。
「奴らの言い分に間違いはない、まあ西の町ではなくターバンズを標的にしたのは間違いだがな」
「そうじゃのう、仕返ししたとして溜飲は下がらんだろうがの」
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陣に戻ったガットは馬を団員に返す。そんな彼をルーベルガが出迎える。
「おお、にいちゃん、どんな具合だ?」
「ダメだった。何の情報も得られなかった、済まない」
「いいって事よ。もともとダメ元だったからな、気にすんな」
トニエが駆け寄ってきて、ガットに話しかける。
「お帰り、怪我とかしていない?」
「戦闘になってない大丈夫だ。――それより、巨鰐はどんな状態だ?」
「交代で見張りに行ってるけど、今のところ動きはないようですよ」
「なによー、手ぶらで帰ってきたワケ? 子供のお使いじゃないんだから」
そう言いながら背後からガットに絡まり頭をなでるソフィー。
「ますます手詰まりかあー、っつとにどうしたもんかなあ……」
頭を抱えるルーベルガに団員が話しかける。
「団長! 近寄る影があります」
ここは小山の山頂だ周囲が見渡せる。監視をしていた傭兵が報告をしてきた。
「ありゃ豚人だな。ガットを尾行して来たのか? 見たところ一体のようだが」
「見たことのある奴だ。俺が行ってきます何かあったのかもしれない」
小走りで小山を駆け下り豚人のところまで進むガット。
彼に気が付き、豚人も馬を下りる。
「この先にキャンプしている止まってくれるか」
「人間、いた、良かった。俺、オマエに興味ある」、通訳の豚人だ。
「俺に? 何だ」
「オマエ、変なこと言った。西と東、違う、意味教えろ」
「そんな話しをオマエにして何の得がある」
「教えたら、俺、オマエ助ける」
「……いいだろう。豚人はおまえたちの集落以外にもいるか?」
「いるらしい、話したことない」
「なら、オマエの知らない豚人が俺を襲った。俺は仕返しにオマエを襲う。オマエは許せるか?」
「許せない、オマエと戦う」
「俺を襲ったのは豚人だ、オマエも豚人だ、違いがあるか」
「違いはない……」
「なら俺はオマエを襲っていいんだな?」
暫く考えた後、豚人が答える。
「……いい」
「よし動くな、今から切り刻んでやる」
ガットは腰から剣を抜く。
「マテ、やっぱり、許せない。俺、なぜ襲われる……わからない」
「ああ、わかるとは思っていないよ」
剣をしまうガット、
「さあ話したぞ、オマエは何ができる?」
「仕方ない、力貸す。巨鰐誘う、薬持ってきた。使い方、教えない、俺が使う」
「ああ、オマエ人間が怖いか?」
「俺、人間、戦ったことない、怖くない」
「ならキャンプまで付いてこい」
「わかった」




